如来神力品 (10) 経巻所住 きょうがんしょじゅう
 世尊
 「もうお分かりでしょう。法華経の教えは真理の教えですので
衆生の皆さん方は、
  如来の滅後において
この教えを一心に受持読誦解説書写教え通りに修行しなければなりません。
  方々
ほうぼう の国土のうちこの法華経の教えを一心に受持読誦解説書写し教えの通り修行して
  教えが正しく
実行されている所があれば、
  たとえ
 そこが花園であっても 林のなかであっても 樹木の下であっても 僧房そうぼう の中であろうと
  在家の信者の家の中であろうと
 殿堂であろうと 山や谷間や広野の草原であろうと
  その場所に
を建ててその教えを供養してください。
  なぜなら
その場所は経巻所住の処 きょうがんしょじゅうのところ なのです。
 経巻所住の処とは経巻という物もの の置く場所のことではありません。
  教えがとどまっている所
 教えが正しく行われ安定している場所のことです。
  つまり
そのところ とは世尊も諸仏も遠い過去に悟りを開いた場所であるのです。
  その場所は
 法華経が心から受持読誦解説書写されていて修行されて実行されている所です。
  その場所が
 まさ  諸仏が 阿耨多羅三藐三菩提 あのくたらさんみゃくさんぼだい を悟った場所です。
  その場所は
 諸仏が永遠に教えを説き完全な涅槃の境地に入られる神聖な場所なのです。
  大事なことは
法華経の教えが至高至尊しこうしそん であるから どこでも 経巻所住の処となるのです。
   
  皆さん
 もう一度言いますよ。 ボサツマンもしっかり聞くのですよ!    「ハイボサツマン
  至高至尊
しこうしそん なのは 法であり教えそのものなのです。
  
仏に帰依きえ するということは教えを受持し読誦し解説し修行し実行することです。
  仏に帰依することは
 たいへんに価値あることであり 功徳を授かる行為なのです。
  仏に帰依し法を実行する衆生は
 仏を見たてまつる衆生であり 菩薩をみたてまつる衆生であります。
  その衆生は
 仏の実在じつざい を確信しているのです。
  この自覚が整った衆生だけが
 大安心だいあんじん の境地に至れるのです。
 諸仏の”御心”に叶う衆生の喜びは教えを受持し修行し実行することから生まれるのです。
  又
 同時に 衆生が教えを受持し修行し実行することは 諸仏も心からお喜びになられるのです。
  諸仏への供養のなかで
 最大の価値ある供養とは 諸仏の”御心”に叶う供養なのです。
  ここは
 非常に大事なところです。 しっかりと覚えましょう。
 この法華経の真理の教えを受持し修行し実行する衆生は
 諸仏が道場に坐して得た深い悟りを
 久しからず 得られるのです。
 
久しからずとは 人間界の現実的な時間の観念の範囲ではありません。
 ある衆生にとっては
四生も八生も修行することもありましょう。
 しかし
永遠の生命の中では 四生でも八生でも きわめて短い時間なのです。 これが久しからずです。
 亦
この教えを受持し修行し実行する衆生は教えを人に説くときに必要となる自由自在の力を得るのです。
 それも あらゆる諸仏の自在神力じざいじんりき を得ることができるのです。


 
 次に 偈の意味を説きましょう。
 
  如来の滅後に於いて 仏の所説の経の因縁 及び 次第しだい を知って 義に随したがいて 実じつ の如ごと く説かん
   
日月にちげつ の光明こうみょう  よ く諸々の幽冥ゆうみょう 除くが如く こ の人間世に行じて よ く衆生の闇を滅し
  
 無量の菩薩をして 畢竟ひっきょう して 一乗に住せしめん。 
  
 こ の故ゆえ に智ち あらん者 此の功徳の利り を聞きて 我が滅度の後のち   の経を 受持すべし。
   
こ の人 仏道に於いて 決定けつじょう して 疑うたがい あることなけん…… とあります。
 この意味
  如来の滅後において
仏の教えがなぜ説かれたのか? どういう人にどういう所で説かれたのか?
  教えが説かれた後
 その結果がどうなったのか?という因縁 その順序をはっきり知ったうえで
  教えの趣旨
しゅし に従って 正しい法を 世間の人に正しく説くならば
  
日月にちがつ の光が暗黒を消滅させるように人々の迷いの闇を消滅してしまうでありましょう。
  そして
仏の教えを信仰する多くの衆生たちを 一仏乗の道いちぶつじょうのみち に導き入れるでありましょう。
 
是の故に智ち あらん者 つまり 本当に人生を深く考える者 仏の滅後において
 この功徳のすぐれていることを聞いたならば
 この教えを受持する心が強く起きるのは当然のことです。
 本当に人生を深く考える衆生たちは
必ずやこの教えに帰着きちゃく するでありましょう。
 すると
それらの衆生は必ず仏道を成ずる悟りを得ることは まさに 疑いなきところです。
 世尊 この神力品 本門ほんもん と迹門しゃくもん の教えを まとめて説きました。
  本門の教えも迹門の教えも
 その根本の真髄しんずい においてはただひとつの真実の教えです。
  平和な人間世界を確立するには
仏に帰依きえ することが最良なのです。
  つまり
 仏のこの教えは 人間と仏の一体化を説いている教えなのです。
  皆さん
ここのところを十分に理解しましょう」。                     本門/迹門とは

 
世尊如来神力品第21の説法を終えて おごそかに法座から立ちあがられました。
 そして
右の手ですべての菩薩たちの頭を撫で信任しんにん の意を表わし
 「
末世における法華経の布教を お前たちに任せるぞ」と仰いました。
 法座の菩薩衆たちは
嬉し涙を浮かべハイ確かに受け賜わりました声高く答えました。 嘱累品第22」へ