正造の生誕地周辺
田中正造の生誕地周辺について写真を中心に紹介します。なお私(kawakiyo)は、田中正造の故郷「栃木県佐野市」に住んでいますが、近隣には足利市、栃木市、館林市、岩舟町があります。 また、平成17年2月28日に旧佐野市・田沼町・葛生町が、市町村合併特例法に基づき合併しております。順次、紹介していきますので、お楽しみに…
佐 野 市
佐野駅周辺と市街地
【佐野駅】 右の写真は、佐野市の玄関口ともいえるJR両毛線・佐野駅です。 駅舎は平成13年に着工され、平成15年3月竣工、同年4月16日から使用開始されました。駅舎は自由通路が併設され駅の北側へと渡ることができるようになりました。 駅舎の後方に森のように見えるのは城山公園です。栃木県内で一番古く都市公園として指定された由緒ある公園です。 〔2004/11/7 Sun 撮影〕
【司馬遼太郎石碑】 左の写真は、駅前広場に設置されている司馬遼太郎の石碑です。司馬氏は昭和18年に学徒出陣し、佐野で終戦を迎えました。司馬氏の『私の関東地図』の中に、次の一文が記してあります。 「…下野の佐野という町は、機業地として知られている。いかにも富裕な町といった感じで、どんなに小さな家でもたたずまいが清潔であった。杉板の表面を炭化させた家々の側面がときどき露地をつくっていて、露地のむこうには軒瓦の列と格子戸が見え、その向こう通りをゆくひとの下駄の音がきこえるほどに静かだった。私は兵隊にとられて二年ぶりで日本の町というものの中を歩いていた。私自身、町育ちのせいか、佐野の露地から露地へ通りぬけるのが、たまらなく好きだった…」 〔2004/11/7 Sun 撮影〕
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【おしどり像】 右の写真は、駅前広場の中央に設置されている「オシドリの像」です。この像は、平成元年の「ふるさと創生」事業により、全市町村に一律1億円の交付金が配布されたときに、これを活用して製作されたものです。 他に「田中正造の像」も製作されましたが、こちらは郷土博物館の前庭に設置されています。 オシドリは、佐野に伝わる「オシドリ塚」の故事により、佐野市にゆかりの深い鳥となっています。 昭和52年に佐野市民憲章が制定されたときに市のシンボル(市の木=松、市の花=梅、市の鳥=オシドリ)として指定されました。オシドリのつがいは大変仲が良いことから市民の家庭円満と幸せを表しています。 〔2004/11/7 Sun 撮影〕
【旧佐野駅】 左は旧佐野駅舎の写真です。平成15年4月に新駅舎が完成し交代する形で取り壊されました。旧駅舎は昭和3年の建造で歴史を感じさせる風格があり、暖かみのある赤い屋根がノスタルジックなイメージを与えたものです。 〔2000/11/11 Sat 撮影〕
【佐野駅南口より南方を望む】 この写真は、逆光となりましたが佐野駅南口の自由通路から南方を撮ったものです。正面の駅前広場の中央に円形の池があり、この中に先に紹介した「オシドリの像」が配置されています。 その先を約200メートル行くと佐野市役所があります。正面の建物はNTT佐野支店です。 この写真に写っている正面の道路を中心とした101,373.39平方メートルの範囲が中心市街地となっています。 〔2004/11/7 Sun 撮影〕
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【散歩】 左の写真は、佐野市駅南口を出て、正面道路の左側歩道に最初に設置されている「こどもの像」です。「散歩」の題名が付いてますが、文字通り佐野の街を散策する出発点でもあります。 こどもの足下に「アヒル」が配置され、お姉さんの肩に平和のシンボル「ハト」が配置されています。 像の多くは兄弟姉妹がワンセットで構成されていますが、近年の少子高齢化が進む中、兄弟姉妹の一緒になった姿が見られるのは像の中だけになるのでしょうか…(寂) 〔2004/11/7 Sun 撮影〕
【トンボ釣り】 右の写真は、佐野市の中心市街地の歩道脇に据えられている「こども」をモチーフにした銅像です。写真の題は「トンボ釣り」ですが、佐野駅前を南に向かって歩いていくと歩道脇のあちこちに可愛らしいこどもの像が目に入ります。 佐野ラーメンを食べ、田中正造に思いをはせながら、ゆっくり食後の散歩を楽しむのも良いでしょう…。
〔2001/10/14 Sun 撮影〕
【笛を吹く少年】 左の写真は、「笛を吹く少年」の銅像です。これら「こども」をモチーフにした銅像は、市内の全てに設置してあるわけではありません。昭和57年2月から平成13年3月にかけて施行された佐野駅南土地区画整理事業によって再開発された101,373.39平方メートルの地域に限られます。目安は佐野駅の南側一帯ですので、直ぐ解ります。 〔2001/10/14 Sun 撮影〕
名 称; 足利・佐野都市計画事業 佐野駅南土地区画整理事業 施行面積; 101,373.39平方メートル 施行期間; 昭和57年2月〜平成13年3月 総事業費; 約162億円
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【佐野市役所庁舎】 右の写真は、JR佐野駅から南へ約200メートルにある佐野市役所庁舎です。昭和37年の建造で市の中心市街地のほぼ中央に据えられています。 佐野駅から伸びるメイン道路の両脇には高木がケヤキ、低木がサザンカ・ツツジといった街路樹が植えられており、散策すると潤いと安らぎを与えてくれます。 〔2000/11/11 Sun 撮影〕
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一瓶塚稲荷神社の初午
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 | | 〔2002/3/2 Sat 撮影〕 | 初午祭は、古来からの伝統により旧暦2月、現在の3月の初めての午の日を中心に3日間行われる。 この期間は道路の両脇に種々雑多な露天商や植木屋が軒を並べて店を張り、参拝客で雑踏する。露天商や植木屋は約500を数える。栃木県内はもとより東京・埼玉・群馬より参拝する信仰者も多く、3日間で約10万人に達する。
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 | | 〔2002/3/2 Sat 撮影〕 | この銅製鳥居は、延享3(1746)年9月吉日の建立で、鋳物師は天明金屋町(現栃木県佐野市天明町)の丸山善太郎毎昭以下4名です。 昭和28年8月4日、文部省により「重要美術品」に認定されました。 鳥居に向かって右柱に佐野豊前守、左柱に榊原安芸守の印刻があり、各柱に唐獅子3個がついている。 |
 | | 〔2002/3/2 Sat 撮影〕 |  | 写真は、一瓶塚稲荷神社の本殿である。 御祭神は、「豊受姫神」「猿田彦神」「大宮能売神」「久久能智神」「草野姫神」で、御神徳は衣食住の大祖神・福徳円満・商売繁盛・火防・交通安全の守護神である。 この神社は、文治2(1186)年に佐野荘司讃岐守成俊公が、唐沢城再興の際に富士村の稲荷大明神を今の地に遷し祀り、社領の地を寄進し、佐野荘百数十郷の総社として尊崇したといわれ、その折り各地の人々が瓶に土を入れてこの地に運び塚を築いたので、塚を一瓶塚と呼び社を一瓶塚稲荷神社と称したという。 本殿は、間口2.42メートル、奥行4.24メートル、銅板葺き、欅材権現造りである。破風飾りは上り下りの龍が高肉に彫刻され、組物は木鼻に龍頭、獅子頭等の丸彫りを用い、外壁面には精巧な龍と戦う騎馬武者、あるいは翳をかざす貴婦人の透彫等が用いられている。その他、各部に精巧な花鳥霊獣の浮彫、丸彫、透彫、篭彫等が
巧みに配されている。天保4(1831)年の竣工である。 |
 | | 〔2002/3/2 Sat 撮影〕 | 初午の3日間には、露天商や植木屋で約500軒が道路の両脇に軒を並べる。昭和期までは、植木屋の出店が多かったが、最近では露天商が圧倒している。 写真は、おばあちゃんと孫が記念樹を物色している姿が微笑ましく、思わずシャッターを切った一枚である。 |
 | | 〔2002/3/2 Sat 撮影〕 | 右の写真は、初午名物の「しんこまんじゅう」である。10個入りで800円。昔は初午祭の時期だけに売られていたらしいが、最近では需要も多く年中売られている。 |
2003年 くずう原人まつり
平成15年8月23日(土)の夜、「くずう原人まつり」へ行った。今回はイベントがあるのをすっかり忘れていたが、一昨年、祭りに一緒に行った近所の人から連絡を受け、急遽身支度を済ませ思い付いたように車を飛ばした。現地に着いたのが午後8時だった。 メイン・イベントの「ジョー山中ライブ」はすでに始まっていた。 〔2003/8/23 Sat 撮影〕
この日のジョー山中さんは、葛生原人のように逞しくノリに乗って約2時間ぶっ続けで歌いまくった。 特にバラードを歌う時のジョーさんは、彼の魅力的な声の質が良く出ていて感動ものだった! 映画「人間の証明」で歌われたテーマソングは、他の歌手では簡単には表現できないものだ。それを直接ノリに乗った山中バラードで聴く事が出来たのは、この日を忘れかけた自分にとっては誠に幸運であった。 〔2003/8/23 Sat 撮影〕
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午後9時30分を回り、ステージの最後の頃になると、山中さんはステージから降りて観客に混じり、一緒になって祭りを楽しむかのように盛り上げた。 山中さんのバラードはセクシーでとても魅力あるものだが、アップテンポのロックもまた素晴らしいものであった。 ライブを心得た者にしかできない観客をノリに乗せるパフォーマンスであつた。 〔2003/8/23 Sat 撮影〕
祭りのメインイベントは、この日も例年どおり、「かたやま公園」の原人ステージで行われた。 例によって出演者を表示する墨書の板看板が夏祭りの雰囲気を醸し出していた。 そして看板にあるように今夜のバックを務めるバンドのメンバーが超豪華だった。 〔2003/8/23 Sat 撮影〕
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2001年 くずう原人まつり
平成13年8月25日(土)の夕方、「くずう原人まつり」へ行きました。午後7時からサルサ・バンド「デスカルガ2000」のライブが行われ、まつりを盛り上げました。 バンマス・森村献さんをはじめ9人のメンバーに加え、ゲストにアブラの乗ったデーバ・ノリコさんが花を添え、熱く燃えたボーカルに降っていた小雨が止んでしまうほどでした。 〔2001/8/25 Sat 撮影〕
この日は、「かたやま公園」の原人ステージで行われました。丸太を組み合わせた屋根がムードを醸し出しています。屋根の奧には大きな岩石がそびえ立ち自然の反響板になっています。 〔2001/8/25 Sat 撮影〕
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出演された「デスカルガ2000」のメンバー紹介が、ステージの左手に掲示されました。木板を利用したものですが、墨書というのがサルサ・バンドに奇妙に合っているのは会場の雰囲気のせいでしょうか? 〔2001/8/25 Sat 撮影〕
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