第7回フィールドワークnotta-kun.jpgさ〜のって号に乗って

平成22年11月3日(祝)名水赤見線(さくらの里〜佐野駅)

佐野駅バス(名水赤見線)〜さくらの里バス停(下車)⇒淵龍寺⇒本願寺⇒八幡宮⇒神明社⇒赤見城跡⇒西光院⇒星宮神社⇒八坂神社⇒愛宕神社⇒二柱神社⇒徳蔵寺⇒安楽寺⇒妙音寺⇒佐野駅

【徒歩距離約17q

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額縁: 概 要
 


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「さ〜のって号に乗って」第7回「名水赤見線」です。第1回目の「飛駒線」から早いもので1年が経過しました。春は花粉が嫌い・・夏は暑いからパスということで、どうしても秋から冬に集中してしまいますね。「名水赤見線」は運行範囲が広いため2回で回りたいと思います。下見はまずバスで1周し、相模原の友人と番外編でも歩きました。そして自転車でも回りましたので準備だけは万全です。

今回は一番奥に位置する「さくらの里バス停」をスタートして、旧赤見町の西側(足利市寄り)を名水赤見線の左回りのルートを歩きます。長めの距離もなんのその、清々しい秋の景色を楽しみながらの一日でした。


 

額縁: 写真集 

 


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佐野駅前0755発の「さーのって号」に乗って約40分。さくらの里バス停に到着しました。旧佐野市の北端、寺久保町にあります。テラクボという地名には山間の小さな平坦地という意味があるそうです。寺久保町は平成20年に公開された映画「結婚しようよ」のロケ地になったそうですが、北関東自動車の建設でその家屋等はもう残っていないとのことでした。北関東自動車道の太田桐生IC〜佐野田沼IC間は平成23年3月に開通します。自動車道の高架の下をくぐり、出流原方向へと進みます。

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稲刈りの終わった田んぼを眺めながら歩くと寺久保バス停前に“熊に注意”の看板が。各地でクマに襲われたとニュースが報道されていましたので他人ごとではありませんね。市内でもイノシシによる被害が急増しているという新聞記事がありましたので、気を付けて歩く必要があります。本日最初の石仏は川沿いの西部公民館にありました。左から十九夜塔と庚申塔2基で、庚申塔は寛政12年(1800)の庚申の年に建立されたものです。

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その先にある「淵龍寺」です。真言宗豊山派のお寺で観音堂は佐野坂東三十三観音の第22番札所です。天暦2年(948)藤原秀郷が一宇を建立したのがはじまりだそうです。境内にある青面金剛の庚申塔は天明5年(1785)に建立されたもので、ショケラと独鈷を持ち邪鬼を踏みつけています。そして邪鬼の下には三猿が・・お手本のようなものです。地蔵坐像は明和8年(1771)の建立ですので、干支は平成23年と同じ辛卯(かのとう)ですね。

農作業をされていた方にお話しをうかがうと昭和22年頃まで相撲が奉納されていたそうで、本開帳のときの賑わいはすごかったと懐かしそうに話されていました。

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美しい出流原の風景を楽しみながらいったん西へ進みます。出流原の磯山弁財天の赤い建物が見えますね。途中、西根という地区に墓地があり馬頭観音が建立されていました。

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佐野ゴルフクラブのクラブハウスに向かう道の左側に「本願寺」があります。曹洞宗のお寺で山号は裏山と同名の鳩峯山、天慶3年(940)に藤原忠則の帰依によって本願庵というお堂が建立されたのがはじまりとのこと。ペット霊園のあるお寺としてけっこう有名です。ご住職と奥様のご厚意によりお茶とお菓子をご馳走になりました。

下段左の写真は身替地蔵です。身代わりになって、傷病苦を背負ってくれるのでしょう。また、中央の写真は阿弥陀如来(左)と延命地蔵です。お地蔵さんといえば、最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩ということで一番人気があり、私たちに生活にも密着しています。死後の救済だけでなく現世の利益も期待する人々の我がままを聞いてくれて・・・厄除け、病苦の身代わり、子宝・子育て、そして延命までと大忙しですが、こうした名前は地蔵を建立した人々が何を祈願するのかできまります。

境内には樹齢4百年を超える梅や地蔵栢(カヤ)と呼ばれる古木があります。

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隣にある神社は「八幡宮」です。境内には神楽殿もあり、朱塗りの本殿も立派なものです。駒場地区には駒場神楽と呼ばれるお神楽があり、明治28年から昭和12年まで続いていました。昭和57年に復活しましたが、近年では後継者不足で休止しています。春と秋の年2回開催され、田沼の初午祭りに次ぐ賑わいだったそうです。

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国道293号線を駒場入口の信号で横断し、赤見町の中心地へ向かいます。右手に「神明宮」の石碑が見えたので寄ってみることに。神明造りの鳥居の先、鬱そうとした森の中の石段を上って行くとひっそりと社殿がありました。神明宮の入口周辺は「円城院厳島泉」という公園になっていて、ここは枯れることのない湧水とのこと。冬は温かく夏は冷たく、古くから地元の主婦たちの洗濯場、野菜などの洗場、井戸端会議の場として親しまれていたそうです。

公園の先のお堂(薬師さんかな?)前に石仏が並んでいたのでここにも寄ってみました。

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写真左から「馬頭観音・勝善神・十九夜塔」です。勝善神とは蒼前神という馬の神さまで、北関東から東北地方で多くみられます。馬頭観音には馬を供養する意味合いがありますが、勝善神は名馬の誕生を祈願して建立されたようです。それから十九夜さまですが、栃木県は十九夜信仰が盛んな地域で佐野市内でも多くの十九夜塔をみかけます。十九夜は満月と十五夜と半月の二十三夜の中日で、十九夜の月を信仰するのは十九歳が女性の厄年だからとする説、観音様の縁日である十八日の翌日だからとする説が有力だそうです。「十九夜講」は女性だけの講中で、主尊は如意輪観音。安産を願う風習があり、妊婦の家に集まり念仏を唱えた地域も。また、灯明を灯した蝋燭を持ち帰り、陣痛がおきた時にこの蝋燭に火を灯すと、その火が消えるまでに出産できるという俗信があり、蝋燭は短いほどよいとされました。

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佐野市指定文化財の「赤見城跡」に到着です。治承2年(1178)に足利俊綱が築城しました。いったん落城しましたが、建久元年(1190)に戸賀崎義宗が城主となって城を再興しました。その後、永禄2年(1559)に佐野氏の領有となってからは、足利方面への抑えとして、義宗の子孫である赤見氏が居城しましたが、慶長6年(1601)に廃城となりました。本丸跡は赤見城保育園になっていて保育園を囲むように土塁と水堀が残っています。立派な門構えのお宅の前を通り、出流川を渡ると赤見町の市場地区に入ります。ご城下ということで昔はここで定期的に市が開かれていたのでしょう。

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赤い鐘楼門が見えてきましたね。ここは佐野七福神(毘沙門天)のひとつ「西光院」です。真言宗豊山派のお寺で山号は阿弥陀山常楽寺、長和4年(1015)で小坂上人によって創建されました。もとは出流原の湧釜郷にありましたが、天文11年(1546)に現在地に移りました。鐘楼にある銅鐘は市指定の有形文化財で享保17年(1732)天明の鋳工太田甚左ヱ門尉藤原秀次の作とのことです。ここにも興味深い石仏が数多く並んでいました。青面金剛の庚申塔には脇侍の童子がいます。元禄7年(1694)のもので右方童子は柄香炉を左方童子は宝珠を手にしており、石仏の刻像としてははじめて見ました。佐野は奥が深いです。(^u^)

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水色のレトロな洋館は「すながクリニック赤見診療所」です。その先の左手、石垣の上に立つお社が猿田彦大神を祀る「星の宮神社」です。境内には多くの庚申塔があります。

下段の庚申塔は左が剣人型青面金剛、中央は分かりにくいのですが青面金剛と四薬叉(よんやしゃ)、右は文字塔ですが金文のような書体で彫られています。社殿の石垣の周りにも多くの庚申塔が置かれていました。庚申講は中国の道教の教えに由来していて、生まれたときから人の体内にはいる三尸の虫(さんしのむし)が、60日目ごとにまわってくる庚申の夜、寝ている間に抜け出して天に昇ってその人の罪過を天帝に報告にいくというものです。そのため、庚申の夜は眠らずに過ごすようになり、地域で講が結ばれ庚申塔が建てられるようになりました。

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蔵のある風景のなかを赤見の萱場・市の沢地区にきました。さーのって号でここを走ると気付くのですが一回だけではどこをどう走ったのか覚えられません。運転手さんも間違えたことがあるとか。水田地帯の中を歩いて行くと市の沢掲示場バス停前に「生馬大神」が建立されていました。このタイプも佐野ではよく見かけます。馬に関係の深い職業、荷駄を運ぶ馬子などの集団や個人が馬の健康祈願、死後の供養のために馬頭観音を建てられました。古い時代の馬頭観音は像容の彫ったものが多いのですが、その後文字塔に代わり、さらに明治に入ってから生馬大神といった新しいタイプのものが建てられるようなりました。

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市の沢にある「八坂神社」です。やや草に覆われて寂れた感じがしますが、本殿はなかなかのものです。また、境内には如意輪観音の念仏供養塔や庚申塔といった石仏が並んでいました。

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昭和のはじめ、石灰を運ぶために富田駅から出流原まで敷かれていた鉄道は、おそらくこの辺を走っていたのだと思います。県道の二手に分かれるところに鳥居があったので、坂道を上って行くと「愛宕神社」がありました。この小高い山は愛宕山というそうです。古くから火伏せ・防火に霊験のある神社として知られる神さまで、愛宕信仰は全国に広がっています。屋根の鬼瓦が“”の文字というのが印象的でした。

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旗川橋を渡る手前、市場町山崎公民館にも石仏がありました。写真では良くわかりませんが、この青面金剛の庚申塔も脇侍の童子がいます。右方童子は柄香炉を手にしていますが、左方童子は宝珠ではなく笏のようです。興味深いですね。

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小中町に入り、しばらく旗川に沿って南下します。途中イチゴのハウスではミツバチによる受粉が行われていました。

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並木町に入ると前方に煙突が見えてきました。建物は古いですがとても立派です。入口には「栃木縣安蘇足利醤油醸造組合」の看板が掲げられています。江州屋(ごうしゅうや)さんは明治の初めから昭和40年代まで味噌と醤油の醸造を行っていました。建物は大正時代に造られたもので、レンガ造りの煙突は歴史を感じさせてくれます。

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今日の目玉ともいえる並木町堀之内の「二柱神社(ふたはしらじんじゃ)」です。創立は確認された棟札によると貞亨元年(1684)で、もとは聖天宮として神仏混合でしたが、明治期の神仏分離令によって安楽寺と分離し、神話に登場する高天原に現れた三柱のうちの高皇産霊神(タカムスビノカミ)と神皇産霊神(カミムスビノカミ)を祀って二柱神社としました。

神社の本殿・弊殿・拝殿は、装飾彫刻が最高潮に達した18世紀前後の神社建築の典型を示す貴重な建物として栃木県指定有形文化財になっています。古代中国の故事に基づいた豊富な画題が美しく精彩に表現され、これは必見ですよ。

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近くにある「徳蔵寺」で、山号は福聚山です。宗派はわかりませんでした。参道に普門品供養塔がありましたが普門品(観音経)は各宗派で読経されていますので判断できませんね。

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そのまま南下を続け並木町大門に入りました。ここは「安楽寺」、真言宗豊山派のお寺で山号は積水山、佐野七福神(恵比須)の一つです。寺伝では詳らかではありませんが、大宰府の安楽寺の伽藍を船で運び、元永3年(1120)にこの地に建立されたと案内がありました。すばらしい仁王門は佐野市指定有形文化財になっています。

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並木町花岡の「例弊使街道」です。花岡町公民館前に「芦畦(アシグロ)の獅子舞」の案内板がありました。佐野市無形民俗文化財に指定されていて、毎年7月の第3日曜日に獅子舞が奉納されます。約700年前から続いていて、親獅子、雌獅子、子獅子の3頭で構成される典型的な一人立三匹獅子舞です。一般的に獅子舞は関西が二人立ち、関東が一人立ちで、一人立匹獅子舞に関しては地元相模原周辺が南限だそうです。ここでもつながっていましたね。例弊使街道らしい趣きのある建物があり、石碑や看板が掲げられていました。

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佐野駅近くに戻り最後に「妙音寺」に寄ってみました。日蓮宗のお寺で山号は天満山です。嘉暦年間(1326)のはじめ、相模国から日盛上人が当地に来て、唐澤山麓天神沢にあった天満宮の傍らに一寺を建立したとのこと。その後唐沢城主佐野宗綱公によって慶長8年(1603)に現在地に移ったとあります。下段の写真は日限浄行菩薩で、病気で病んでいるところや治してほしいところを一心で洗い日数限って願をかけると望みが叶うそうです。八王子市にあった浄行菩薩も日蓮宗のお寺にありましたので宗派と関係があるようです。

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例弊使街道には見世蔵造りの歴史ある建物が並んでいます。建物を見ながら市内を散策するのも楽しいと思います。

朝から歩き通しだったので少し疲れましたね。次回は赤見線の東側を歩きます。

Kazお散歩日記 佐野編「さ〜のって号に乗って

佐野市ホームページに掲載されている「町会のお宝・自慢」を参考にさせていただきました。

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