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「佐野お祭りシリーズ」の第1段は「さの秀郷まつり」です。佐野に引越してきて1週間足らずで佐野市最大のイベントを体験できて大変幸運だったと思います。祭りのメインイベントの一つが「秀郷流流鏑馬」で流鏑馬を間近に見るのは初めてなので始まる前から興奮気味でした。秀郷まつりは第1回目が平成5年、今回で17回目を数えますが、流鏑馬は昨年からはじまったそうです。 |
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藤原秀郷 生没年不詳。武勇に長け、軍略に優れることで戦上手と崇められた平安中期の武将。俵藤太(田原藤太)の通称で知られ、「百足退治の伝説」はご存知の方が多いと思います。延長5年(927)に下野国押領使(治安維持担当)に任じられ佐野の唐沢山に関東七堅城の一つと言われた城を構えました。その後。天慶3年(940)に平将門の乱を平定した功績で下野守に任ぜられ、下野国の政治と軍事力を一手に握りました。また、秀郷の子孫も小山・結城・佐野などの諸氏に分かれて、下野国内で重要な役割を果たしました。(栃木県HP参照) |
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秀郷流流鏑馬 奈良・平安期、貴族の間で季節の節目の身の穢れを払う行事として、5月5日に邪鬼を退治するために午(うま)から弓矢を射るようになります。この行事を騎射(うまゆみ)と呼び流鏑馬の原型といわれています。やがて騎射は天皇家や公家を守るため、都にいた武官や地方から実戦で鍛えた優秀な射手達を集めて、業を競う中から最も優雅な形が少しずつ創られていきました。その集約された最高の騎射流儀が藤原鎌足の流れを組む秀郷流だといわれています。(秀郷まつり資料参照) |
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流鏑馬には月光仮面、日之丸、白星、牛若丸、木曽雅の5頭の倭駒が使われます。倭駒は日本古来の馬で精神的に強く野性的とのこと。時刻は16時、流鏑馬行列の入場開始です。 |
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天地人をあらわす三才之儀 |
扇舞を先頭に陰陽をあらわす撫子舞之儀 |
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16時半から騎射が始まります。第一部は女性3名、第二部は男性5名、それぞれ2走ずつ行われます。馬場は長さ2町(218m)で一尺八寸(54p)ほどの檜の的が3箇所に立てられています。矢を抜いて構える動作があり、馬の速度も高まるため、一の的より二の的、二の的より三の的が難しいようです。やはり迫力がありますね。 |
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秀郷まつりはこれからが本番、佐野駅前はご覧のとおりで2日間多くの人で賑わいます。 私は引越しの荷物の片付け等もあり、ここで帰途へ。翌日は雷雨(これがうわさに聞いていた雷かと実感)のため恐ろしくて家の中に引きこもっていました。 |
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2010年8月7日の様子を追加しました。 |
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昨年は矢が的を捉えるシーンを撮れませんでしたが、少し技術が向上しまして今年はバッチリ撮ることができました。 |
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Kazのお散歩日記♪ 佐野編「佐野のお祭り」 |
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