第4回フィールドワーク 

 


平成23年11月26日(土)

豪徳寺駅(集合)⇒@世田谷八幡宮⇒A豪徳寺⇒B世田谷城址公園⇒C勝光院⇒D大山道道標跡⇒E実相院⇒F代官屋敷(郷土資料館)⇒G若林公園(昼食)⇒H松陰神社⇒I常盤塚⇒J駒留八幡神社⇒K大山不動尊道標⇒三軒茶屋駅(解散) 約7.1q

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額縁: 概 要
 

 


「津久井道」の第4回目はいよいよゴールの三軒茶屋に到着です。2月にスタートしたのですが、3月の東日本大震災、連続の雨による延期により、順調なら5月か6月に(当初は3回を予定)終わるはずであった本シリーズはとうとう11月の紅葉シーズンを迎えてしまいました。世田谷区立郷土資料館のパンフレットによると、徳川家康の関東入国により世田谷のほとんどの村はその直轄領となりました。世田谷領内の農地は大部分が畑地で、野菜などの換金作物が主要産物で大消費地江戸へと送られました。今は近郊農村から都市郊外の住宅地に生まれ変わっていますが、今回歩いたルートには古き時代の面影を感じ取ることができました。また、気になったのが「彦根藩」です。現在住んでいる佐野市は、江戸時代市域の一部が、彦根藩井伊家の直轄領で、彦根市とは親善都市として交流があります。不思議な縁を感じますね。

ここで復習です。なぜ我々は三軒茶屋を目指したのか・・・。いわゆる津久井道は登戸から東へ、多摩川を渡って都内に入ると世田谷を通り三軒茶屋で大山道と合流し赤坂御門まで続きます。分岐点となる三軒茶屋が津久井道のゴールに相応しいということからでした。もちろんゴール地点は駅入口にある大山不動尊道標です。そして今回の担当は1班です。旧道を辿りつつ紅葉の美しい寺社を巡ることができ充実した1日でした。我が班の打上げは町田駅前、美味しい生ビールを堪能しました。(^−^)


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朝9時30分、天気は晴れ。小田急線豪徳寺駅に27名のメンバーが集合しました。豪徳寺駅ではなぜか招き猫がお出迎え。この理由は後ほど「豪徳寺」で・・・・。三軒茶屋と下高井戸を結ぶ東急世田谷線は路面電車方式の車両。開業は大正14年(1925)で86年の歴史があります。この線路沿いの商店街を歩き、まずは世田谷八幡宮へと向かいます。

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「世田谷八幡宮」のご祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。八幡太郎の通称でも知られる源義家が、寛治5年(1091)後三年の役の帰りにこの近くで豪雨に会い滞在した際に、宇佐八幡宮からご神体を勧請したという話があります。

境内にはご覧の通り立派な土俵があり、例祭の日には東京農業大学の相撲部により奉納相撲が行われています。江戸時代は「江戸三大相撲」の一つといわれるほど有名だったそうです。赤い鳥居と紅葉が見事にマッチしています。

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美しい紅葉が見えてきました。大きなお寺は「豪徳寺」。曹洞宗のお寺で山号は大渓山、ご本尊は釈迦如来です。世田谷領主彦根藩井伊家の江戸菩提寺で、藩主直孝の法号から豪徳寺となりました。まず目に飛び込んできたのが紅葉に彩られた三重塔です。平成18年(2006)落成した塔で高さは約22メートルあります。

中央の写真は東京都都指定史跡の井伊直弼のお墓です。周りには井伊家の墓所が並んでいて江戸時代の幕藩体制と大名文化を考える上で欠くことのできない貴重な遺産であるとのこと。一括して国の史跡に指定されています。下段中央の石仏、馬頭観音像は新しい時代のものです。馬頭の部分がややまんがチックですが、現代でも馬頭観音が建立されているということにとても興味をひかれました。

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そして、何よりも不思議に思ったのがたくさんの「招き猫」。駅前での疑問がここで解決です。江戸時代の初期、井伊直孝が鷹狩りの帰りに馬で通りかかった際、門前で一匹の猫に手招きされた・・・・不思議に思いながらも寺に入って行くと直後に雷雨が。猫のお陰で落雷に見舞われずに済んだこと喜びここを菩提寺にすることに決めたとか?。その後寺は栄え和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔ったそうです。そして後世、猫が片手を挙げている姿をかたどった「招福猫児(まねぎねこ)」が作られるようになり、ここ豪徳寺が招き猫の発祥の地ともいわれています。

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豪徳寺の近くの「世田谷城址公園」です。案内板によると世田谷城は十四世紀後半に足利氏の一族である吉良治家が居住したしたのが始まりと伝えられています。南北方向に延びる細長い土塁とその間を隔てる堀をはじめ、一段高いそびえる廓が残っています。

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竹林に囲まれ静寂の中にある「勝光院」です。曹洞宗のお寺で天正元年(1573)、吉良氏朝が父頼康の菩提のため、吉良治家が開基となって創建した龍鳳寺を再興し、頼康の法号である勝光院を寺名としたのが始まりとのことです。墓所には明暦3年(1657)に没した吉良義衹以降、代々のお墓が並んでいます。竹林を背景に存在感を示す梵鐘は元禄11年(1698)に製作されたもので世田谷区内に伝わる梵鐘としては2番目の古さとのこと。世田谷区の文化財に指定されています。

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旧道を実相院に向かって南へ進むと途中に「大山道道標跡」の石碑があります。この碑はレプリカで本物は世田谷区立郷土資料館にあり、右がその写真です。延享3年(1746)に建立されたもので正面に大きく“大山道”と刻まれています。大山道とは江戸界隈から当時の人気スポットであった大山阿夫利神社へ参拝するための道を総称して呼ぶものです。

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「実相院」に到着しました。ここも紅葉がきれいですね。曹洞宗のお寺でご本尊は薬師如来です。寺伝によると開基は吉良氏朝とも子の頼久ともいわれています。慶安元年(1648)、徳川家光より朱印地十石二斗ニ升を賜りました。入口には“朱印寺”の石碑が建立されています。

山門をくぐり境内に入ると左手に七重塔がありました。石柱碑には「高橋是清翁之鬚墓」とあります。NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で西田敏行が演じていますね。第21代首相を務め2・26事件で暗殺されてしまいました。是清翁の愛顧を受けた永井如雲画伯がその鬚を生前にもらい受け保存していてその後お墓を建立したとのことです。

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黒板塀、寄棟造りの立派な長屋門は「世田谷代官屋敷」です。パンフレットによると江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20カ村の代官を世襲した大場家の役宅で、大場代官屋敷とも呼ばれています。大名領の代官屋敷としては都内唯一のもので東京都の史跡に指定されています。代官の職務は実に多忙で屋敷には犯罪人捕縛のための三ツ道具(刺股・突棒・袖搦)や手鎖が常備され、お白州がありました。

また、同じ敷地内にはオリンピックイヤーである昭和39年(1964)に開館した「世田谷区立郷土資料館」があります。入口には庚申塔や道標など貴重な石仏が並び、常設展示場には世田谷区に関する歴史・民俗資料が公開されていてけっこう楽しめます。

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世田谷区役所前を通り、イチョウの美しい国士舘大学図書館前を右に曲がるとお昼の休憩地「若林公園」に到着。時刻は12時半を過ぎています。ここで昼食をとり午後はお隣の松陰神社からです。・・・と思ったらその間に「桂太郎墓所」が。遺言により松陰霊域に接している当初に葬られたと案内板にありました。

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松陰神社です。入口の案内板は次のとおりです。『松陰先生は、幕末の思想家、教育者で私塾松下村塾を主宰し、明治維新を成し遂げた多くの若者を教育しました。しかし、安政の大獄に連座し江戸の伝馬町の獄中にて三十歳の若さで刑死されました。その4年後の文久3年(1863)に、松陰先生の門下生であった高杉晋作、伊藤博文等によって、当時長州毛利藩主毛利大膳大夫の所領で大夫山と呼ばれていたこの地に改葬されました。明治15年(1882)11月松陰先生門下の人々が相談し、墓畔に社を築いて先生の御霊を祀り神社が創建されました。』

上段右は「松陰神社道の道標」で、大山道から松陰神社に至る道の入口に建てられていたもので、明治45年(1912)乃木希典によって寄進されたそうです。参道を進むと正面が拝殿で、境内には32基の石灯籠が並んでいます。毛利元昭公をはじめ伊藤博文、山縣有朋などの縁故者によって明治41年(1908)に奉献されました。社殿向かって右側には萩にある松下村塾を模した建物があります。また、左側には「松陰先生他烈士墓所」があります。中央が松陰のお墓だそうです。

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松陰神社前駅に続く商店街を抜けて三軒茶屋方面に進みます。住宅地の片隅にひっそりとあるのが「常盤塚」です。世田谷城主吉良頼康の側室で奥沢城主大平出羽守の娘、常盤を埋葬した塚とされています。伝承によると頼康の寵愛を一身に集め、懐妊したことから他の側室に嫉まれ、常盤が家臣と密通していたと頼康に進言され、結果殺されてしまいます。その後訴えが虚偽であることを知った頼康は、このことを悔やんで駒留八幡神社に常盤を弁財天として厳島神社、胎児を一社相殿の若宮八幡として祀り、虚偽の訴えをした側室12人を処刑したとあります。

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「駒留八幡宮」のご祭神は天照大神と応神天皇です。鎌倉時代の領主、北条左近太郎入道成願が八幡宮を勧請するのに、馬の留まる所こそ鎮座の地であると祈誓して馬を放したところ、この場所に馬が止まり駒留八幡と名付けたという伝説があります。

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駒留陸橋交差点からゴールの三軒茶屋駅を目指します。緑道を抜けると・・・駅前交差点で田園都市線入口のところに「大山不動尊道標」が堂々と立っています。寛延2年(1749)に建立され文化9年(1812)に再建されました。左側面に右富士世田谷登戸道、右側面には此方二子通と刻まれています。メンバー全員が交替で道標を熱心に見つめていると・・・他の通行人の方々は不思議に思われたことでしょう。

短いはずの「津久井道」は今日ようやくゴールイン。日程の都合で全部繋ぐことはできませんでしたが、4回の合計で約34qの道程を歩きました。来年のフィールドワークは南下して藤沢に出てから東海道を歩くとか?ますます佐野から遠くなりますね。ちょっと大変かも。我々3班のメンバーは町田駅前で美味しい生ビールを飲んで疲れを癒しました。

Kazお散歩日記 津久井道

主な資料の出典

新編武蔵国風土記稿、世田谷区産業振興公社「歩いて出会う世田谷24の物語」、中平龍二郎「ホントに歩く大山街道」、「世田谷区立郷土資料館パンフレット」ほか

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