吉夏社(kikkasha)


【アメリカ文学】


カバー写真

悔悟者

アイザック・シンガー
大崎ふみ子

四六判・上製・192頁
定価
本体2200円+税

ISBN4-907758-11-1


日本図書館協会選定図書

在庫あり







イディッシュ作家による
〈現代ユダヤ〉への問いかけ
●大戦中、ナチスによるホロコーストを辛くも生き延び、難民となったポーランド生まれのユダヤ人シャピロは、運良くアメリカのビザを手に入れ、ニューヨークへと移り住む。
 彼はこの地で何不自由ない生活を手に入れ、「祖父たち、曾祖父たち」が持っていた信仰からは離れた人生を送っていた。しかし次第に、彼の言う「非ユダヤ人」的な、つまりアメリカが代表するような、欲望の充足を人生の第一目標とする価値観に対して疑問を持つようになり、さらに妻や愛人から裏切られたことを知り、逃げるようにしてニューヨークから先祖の地イスラエルへ向かう。
 しかしイスラエルの現代的なユダヤ人社会で彼が見たのは、非ユダヤ人の国々と少しも変わらない、「力が正義を生む」掟が支配し、「不正なる者の方が常に正しい」世界であった。
 そのことに失望した彼は、信仰の中心地であるエルサレムへ向かい、その地に住む、近代化から取り残され、非ユダヤ人のみならずユダヤ啓蒙主義運動に与するユダヤ人自身からも蔑視されている、ユダヤの教えを厳格に守る人々に出会う。そして、さまざまな葛藤や不信感を乗り越え、彼らの一人として生きていくことを決心する……。
 イディッシュ文学最後で最大の作家といわれるシンガーによる〈現代ユダヤ〉、そして〈現代社会〉への問いかけ。
(原著は一九八三年刊行)

[同じ著者の作品『ルブリンの魔術師』『ショーシャ』も小社から刊行されています]





著 者  

アイザック・B・シンガー
Isaac Bashevis Singer

 
一九〇四年、ポーランドのワルシャワ近郊でユダヤ教ハシディム派のラビの子として生まれる。二五年から、イディッシュによる短編小説を発表しはじめ、三五年に兄で作家のイスラエル・ジョシュア・シンガーをたよってアメリカへ渡る。その後もイディッシュで作品を書き続け、七四年に短編集『羽の冠』で二度目の全米図書賞を、七八年にはノーベル文学賞を受賞する。長編小説、短編小説、童話、回想録など、多数の作品が英訳されている。九一年、アメリカで歿。
 ユダヤ系アメリカ作家には他にソール・べロー、ノーマン・メイラー、バーナード、マラマッド、フィリップ・ロス、エイブラハム・カーンなどがいる。

主な著作
『短かい金曜日』『罠におちた男』『愛のイエントル』以上晶文社
『奴隷』河出書房新社
『羽の冠』新書館
『メイゼルとシュリメイゼル』冨山房
『敵、ある愛の物語』映画化・角川文庫
『よろこびの日』『お話を運んだ馬』『まぬけなワルシャワ紀行』『やぎと少年』以上岩波書店など

研究書・関連書
C・シンクレア『ユダヤ人の兄弟』晶文社
イスラエル・ザミラ『わが父アイザック・B・シンガー』旺史社
日本マラマッド協会編『ユダヤ系アメリカ短編の時空』北星堂
上田和夫『イディッシュ文化-東欧ユダヤ人のこころの遺産』三省堂
西成彦『イディッシュ-移動文学論』作品社など



目 次  

悔悟者
 第一日目
 第二日目

著者あとがき
訳註
訳者解説



著者あとがきより  
 ……私はいまだに生きることの悲惨と残虐さにとまどい、衝撃を受けるが、それは六歳の子供だったときと変わりはない。その頃、母が私に「ヨシュア記」の戦いの物語と、エルサレム崩壊の血も凍るような物語を読んでくれたのだった。私はいまだに自分に言い聞かせるが、飢えた狼の苦痛にも、傷を負った羊の苦痛にも、正当化は存在しないし、また、ありえない。私たちが肉体を持っていて、およそありうるすべての種類の苦しみを受けやすい以上、生きることにともなう惨禍に対してはいかなる現実的な癒しも見出すことができない。私にとって、神の存在を信じることと、生の法則に対して抗議することとは矛盾しない。あらゆる宗教には抗議という要素が大きく含まれている。自らの人生を捧げて神に仕える人々は、しばしばあえて神の正義を問いただし、善悪の狭間で人間が苦闘するとき神が中立の立場をとるように見えることに反抗する。したがって私は反抗と祈りのあいだにはなんら根本的な差異はないと感じる。




訳者解説より  
 ……〔主人公シャピロは〕たとえ善なる神が存在しなくても、また、ユダヤの神がただの偶像にすぎないとしても、昔からユダヤ人が信じてきた「倫理的だと思われている偶像、真実を愛し、人と動物に憐れみをもつあの偶像」、すなわちユダヤの神に自分は仕える、と言い切る。彼は、ホロコーストに行きつくような「非ユダヤ人」的な文化を拒否し、たとえ偶像であろうとも、そうした文化にもっとも縁遠い生き方を人間に求める神を最終的に選択する。シャピロはこうして、ユダヤ人が守るべきとされるさまざまな掟や慣習についての不信感を乗り越え、沈黙し続ける神に対する疑念を不問に付し、「ユダヤ人が本来あるべきユダヤ人」に立ち戻った。シャピロが悩み抜いたあげくに出したこの解答は、神や信仰について考える人々、そして、現代社会のありかたに真摯な疑問を抱く多くの人々に考えるよすがを与えるものと言えるだろう。……
  訳者・大崎ふみ子(鶴見大学教授)




書評・紹介  

『図書新聞』2004年2月21日号(書評)
《放浪性と孤立性を重ね合わせて》
 
私がシンガーを知り、数々の作品を読み漁った当時はまだ英訳されたペンギン版しか書店には並んでいなかった。あらかた内容は忘れてしまっているが、ユダヤ人なるがゆえのホロコースト(大虐殺)にさらされる悲惨と絶望に暗澹たる思いに捉われた記憶だけは今もたゆたっている。ユダヤ人の放浪性と孤立性はホロコーストの悪夢をはらんだ象徴でもある。
 ……〔主人公〕シャピロはシンガーの分身とも読み取れる。ユダヤ人の放浪性と孤立性に救済を求めるとすればどうした形が望ましいかという一つの答えが『悔悟者』ではないだろうか。

 【元秀一氏評】


『出版ニュース』2004年3月上旬号(紹介)
 ……現代社会におけるユダヤ人の生き方、あり方を描いた意欲作である。……著者は、イスラエル社会のマイノリティの存在を浮き彫りにすることで。「本来あるべきユダヤ人」とは何かを現代社会批判の文脈で問う。


『図書新聞』2004年7月31日号(紹介)
 同じ版元、同じ訳者のシンガーの秀作『ルブリンの魔術師』(2000)より控えめの内容だが、どこにいても行っても世界は同じというこの世界の正しい味わいが伝わり印象は濃い。……

 【荒川洋治氏評】


リンク  

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