吉夏社(kikkasha)


【アメリカ文学】


カバー写真

ルブリンの魔術師

アイザック・シンガー

大崎ふみ子

四六判・上製・352頁
定価
本体2500円+税

ISBN4-907758-01-4


在庫あり







遊蕩者ヤシャの愛と新生の物語
●ノーベル文学賞受賞の物語作家シンガーの傑作の一つ。一九世紀末のポーランドの古都ワルシャワを舞台に魔術師ヤシャが繰り広げる愛の綱渡り。ロシアの統治下にあるこの地で、放縦な生活に血道をあげていたヤシャの心は、厳しい掟をもつユダヤ教と現世での幸福という相反する二つの価値観の間でゆれ動く。そして彼は大きな破局に遭遇することになる。そこでヤシャのとった選択は…。
 言葉の魔術師シンガーによる、一人の男の自己修復を描きながらユダヤ社会の状況をも浮き彫りにした作品。
(原著は一九六〇年刊行)

[同じ著者の作品『ショーシャ』『悔悟者』も小社から刊行されています]





著 者  

アイザック・B・シンガー
Isaac Bashevis Singer

 
一九〇四年、ポーランドのワルシャワ近郊でユダヤ教ハシディム派のラビの子として生まれる。二五年から、イディッシュによる短編小説を発表しはじめ、三五年に兄で作家のイスラエル・ジョシュア・シンガーをたよってアメリカへ渡る。その後もイディッシュで作品を書き続け、七四年に短編集『羽の冠』で二度目の全米図書賞を、七八年にはノーベル文学賞を受賞する。長編小説、短編小説、童話、回想録など、多数の作品が英訳されている。九一年、アメリカで歿。
 ユダヤ系アメリカ作家には他にソール・べロー、ノーマン・メイラー、バーナード、マラマッド、フィリップ・ロス、エイブラハム・カーンなどがいる。
『ルブリンの魔術師』は、シンガーのほかの作品と同じく最初はイディッシュで書かれ、 一九五九年にニューヨークのイディッシュの新聞『フォルヴェルツ』(Forward)に連載された。そして翌年の六〇年に英訳版がシンガー自身の協力を得て完成され、出版された。

主な著作
『短かい金曜日』『罠におちた男』『愛のイエントル』以上晶文社
『奴隷』河出書房新社
『羽の冠』新書館
『メイゼルとシュリメイゼル』冨山房
『敵、ある愛の物語』映画化・角川文庫
『よろこびの日』『お話を運んだ馬』『まぬけなワルシャワ紀行』『やぎと少年』以上岩波書店など

研究書・関連書
C・シンクレア『ユダヤ人の兄弟』晶文社
イスラエル・ザミラ『わが父アイザック・B・シンガー』旺史社
日本マラマッド協会編『ユダヤ系アメリカ短編の時空』北星堂
上田和夫『イディッシュ文化-東欧ユダヤ人のこころの遺産』三省堂
西成彦『イディッシュ-移動文学論』作品社など



目 次  

  著者はしがき

ルブリンの魔術師

 訳註
 ポーランド周辺図・ワルシャワ市街図
 訳者解説



訳者あとがき  
『ルブリンの魔術師』は、シンガーの傑作の一つである。……解説ではなく事実の描写を優先する、どこまでも具体的で平明なシンガーの文章に導かれて、読者はいつの間にかヤシャとともに旅をしている。
 ……一時的な情熱で紛らわすしかない埋めようのない空虚感、堕落と欺瞞に満ちた生活を送りながらそれに気付こうとしない周囲の世界への苛立ち、そして自分自身を省みたときに直面せざるをえない底なし沼のような罪悪感。そうした思いを抱え、痛む足を引きずりながら夜のワルシャワをさまよったわたしたちは、ヤシャの、独房に閉じこもってもなお癒されない罪意識と染み入るような悲しさを、まさに自分自身のものとして感じることになるだろう。
  訳者・大崎ふみ子(鶴見大学教授)




書評・紹介  

『図書新聞』2000年5月13日号(書評)
《破滅の深淵は今にも彼を飲み込もうとする…》

 
この小説の主人公ヤシャ・マズルは、手品や曲芸をなりわいにしている魔術師であり、ルブリンの町では謙譲の妻エステルとかなり裕福な生活を営み、ピアスク町には、夫に蒸発された女で派手好きのゼフテルや、曲芸助手として雇っている若い娘マグダがいて、ともに情欲行為の相手であり、主な興行地ワルシャワには教授未亡人エミリアと十四歳の娘ハリナがおり、その両方を熱烈に恋している多情多感の四十代男である。……だが、この一種の女性遍歴譚は、ヤシャの艶福な生活がいつまでも続く形では進行しない。……無頼無惨の精力を発散させつつ放縦の生活に血道をあげたヤシャが、階上からの失墜という破局に遭遇し、翻然と侮悟して、禁欲の聖者へと自己を修復する過程を形象化し、そこにシンガーは一つの完結した小説世界を創造した。
 【邦高忠二氏評】


『朝日新聞』2000年3月12日(書評) 
《愛は多忙で四苦八苦 男とはかくも悲しい》
 十九世紀末、ルブリンのおおもの魔術師ヤシャの、愛と波乱と反省の物語である。……シンガーの文章は、平明で文学的ではないので退屈気味。それだけにぼくはいつも、はじめて小説というものを知ったような、まあたらしい気持ちになれる。……ひとりひとりの言葉に、心の中にうそがない。真実だけがとうとうと流れていく文章なのだ。人はどの場においても、その人であること以上にその人ではない。そういう、人間の物語を書く。愛する。記憶する。それがいまも読む人を魅了する、作者シンガーの魔術である。
 【荒川洋治氏評】


『みるとす』2000年4月号(紹介)
 三十代後半のヤシャは、ユダヤ教の掟を愚直に守る共同体から離れ、西ヨーロッパの近代社会にあこがれる。彼の心は葛藤に苦しんでいた。旅先での自堕落な生活のむなしさ、危険な宙返りをする生活があと何年続けられるのか? ポーランド貴族の未亡人エミリアと結婚するために、カトリックに改宗すべきか? ついにヤシャは、彼女を自分につなぎとめておくために、金庫から金を盗みだそうとする…。…著者のシンガーはワルシャワのラビの子として生まれ、後にアメリカに移住。1978年にはノーベル文学賞を受賞しており、本書は著者の傑作の一つといわれる。



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