吉夏社(kikkasha)


【哲学・思想】


カバー写真

狩猟の哲学

オルテガ・イ・ガセー

西澤龍生

四六判・上製・224頁
定価
本体2200円+税

ISBN4-907758-07-3


在庫あり







戦慄と歓喜に満ちた死活の〈理性〉
●巨大化する現代社会の本質と危機を鋭く洞察する、著作『大衆の反逆』などで知られるスペインの生んだ天才的思想家オルテガが、狩猟という行為の分析を通して人間の根源に迫ろうとする、スリリングで詩情あふれる論文集。表題作のほか、「渡り鳥の飛翔について」「孤独なる狩猟」を収める。
(発表はそれぞれ一九四二年、二九年、四五年)





著 者  

オルテガ・イ・ガセー
Ortega Y Gasset
 
一八八三年、スペインに生まれる。マドリード大学で教鞭をとるかたわら、雑誌や新聞などで多才な文筆活動を展開し、新しい思想や芸術の普及に貢献する。自ら雑誌『西欧評論』を創刊したり、人文学研究所を創設するなどスペインの知的復興に努めた。今日の大衆社会の到来を予告した『大衆の反逆』はあまりにも有名。一九五五年、歿。

主な著作
『オルテガ著作集全八巻』『大衆の反逆』『個人と社会』以上白水社
『ガリレオをめぐって』『哲学の起源』以上法政大学出版局など。


目 次  

渡り鳥の飛翔について

狩猟の哲学
 1 気晴らしの問題
 2 狩猟と幸福
 3 ポリュビオスとスキピオ・アエミリアヌス
 4 狩猟の正体
 5 獲物の稀少性-猟の基本
 6 突如、執筆の最中に鳴き声が聞こえる
 7 狩猟と倫理
 8 狩猟と理性
 9 人類の休暇
 10 油断なき人、狩猟者

孤独なる狩猟


訳者あとがき


訳者あとがき  
 思うに書く人は「血を見ることが何より嫌いな」狩猟にはとんと縁のない一個の哲人である。しかし狩猟そのものについては、狩猟者その人よりも明るく、その本質を間一髪、見事に射止めて、現代文明に欠如するある重大な核心をもそこに鋭利に抉剔しているであろう。それは人間が忘れ去ってたえて久しいあの本能的な知恵、猟人にのみなお保たれる四六時中八方に配られた覚めた感覚と、寸刻の狂いもない神速果敢の反応である。身をもって死生の境に崩壊の現実を目の当たりにしたこの明知の人にとって、病みほうけ衰え果てて自滅の危機に瀕している西欧を救うものは、もはや矮小なる西欧の枠、抹消化した文明の輪郭にとどまるものではあり得ない。どころか、それは人間の歴史世界そのものの限界をすら飛び越えた原古の荒々しい生の雄叫び、その戦慄と歓喜に満ちた強く逞しい感性にこそ他ならないのである。現代の不幸は、この「幸福なる仕事」においてのみ、初めて失われた生命力を回復し得るのではあるまいか。しかもこれこそはまた、オルテガに言わせれば、哲学が本来あるべき真の姿なのであった。狩猟を狩猟した哲人の面目は、この驚くべき結末において、実はかえって遺憾なく発揮されたものと言うことができるのではなかろうか。
  訳者・西澤龍生(筑波大学名誉教授)




書評・紹介  

「読み・解く」『朝日新聞』2002年12月7日(関連記事)
《「砂漠の狐狩り」の必然》

 
隠喩には魔がある。それを教えてくれたのは、機知の罠や網をいくつも隠喩の襞に仕掛けたホセ・オルテガ・イ・ガセットの文章だった。スペイン内戦の闇をくぐったこの老獪な批評家は、名高い「大衆の反逆」よりも、小品の「狩猟論」に今日性がある。
 野の一角で猟犬の遠吠えが響く。ぴんと大気が緊張し、追われる獣の恐怖が一直線に突っ走って、森が一つのベクトルに収斂していく……。
 この流麗な名文が狩猟家ならざる哲人、しかも血を見るのが何より嫌いなオルテガの手になるとは驚くほかない。戦火を避けたポルトガルのリスボンで、狩猟狂の貴族のために、狩猟を正当化する弁明の文章の執筆を買って出たが、案の定、趣味の内輪ぼめとはほど遠く、西欧社会の全的崩壊、つまりそのまま大戦の隠喩を書いてしまったのだ。
 禽獣と違って、本能の壊れた人間は、そのままだと何をなすべきかを知らない。この虚ろなる所与が、無聊という空虚から逃れるために、天職としての狩猟がある。狩猟を「人間の卓越性への自発的な断念」とみる彼の省察は、卓越を過信した無意味な殺戮のひそかな否定だろう。‥‥
 ケインズもオルテガも、大恐慌で露頭した、人間の内奥に発する「焦土」を透視していた。僥倖と言うべきは、続いて起きた大戦と冷戦が「外被」となり、この焦土を半世紀余も覆ってくれたことだろう。
 それが20世紀の終わりに剥げた。‥‥マンハッタンにぽっかり空いた「グラウンドゼロ」のように、先進諸国のそこかしこで、労苦なき空虚の爆心地が地上に現れたとも思える。インフレが無限の成長という夢想の余熱なら、米国でもその恐怖が指摘されはじめた「デフレ」は、自明を失った空虚の隠喩ではないのか。
 だが、不毛の原野に取り残された人間には、皮肉にも猟すべき獣がいない。そこで、人間自身を駆り立てるしかなくなる。砂漠の狐狩りにも似た「サダム・フセイン征伐」を米国が始めるのは、デフレからの遁走という切羽詰まった必然があるからではないか。‥‥

 【阿部重夫氏評】


『出版ニュース』2001年7月上旬号(紹介)
「狩猟スポーツの霊妙なる原理とは、この上もないくらいに原始的な状況、つまり人間がすでにして人間でありながら依然として動物的な生き方の圏内にあった初発的な状況を、人間の可能性として人為的に永続化することなのである」。……自然の隠喩において社会を語っていくオルテガのアプローチは、内戦後のスペインの状況を洞察するのみならず今日の文明が直面する危機をも予見している。


『第三文明』2001年9月号(紹介)
《思想家オルテガの残した"生"をめぐる論考集》
 
名著『大衆の反逆』でその名を残すスペインの思想家、オルテガ・イ・ガセーの本邦初訳二編を含む一書。狩猟者のごとき油断なき感覚と荒々しい生の雄叫び。自滅の危機に瀕した現代文明を救うのは、そうした強く逞しい感性によって蘇る、不屈の生命力にあると説く。



リンク  

Fundacion Jose Ortega Y Gasset