吉夏社(kikkasha)


【アメリカ文学】


カバー写真

タイベレと彼女の悪魔

アイザック・B・シンガー
大崎ふみ子

四六判・上製・256頁
定価
本体2400円+税

ISBN978-4-907758-17-2


在庫あり







イディッシュ作家シンガー
珠玉の短篇十篇
●子どもを亡くし夫にも去られた女と、家族もなく役立たずという評判の男が、身を寄せあうようにして一目を忍ぶ関係を続ける。子どものいない二人にとって生きた証とも言うべきこの秘密は、消え去るのではなく、時の果てるまで神のもとに留まる……。
 交錯する生と死、忘却と永遠、苦しみと救い、そして真実の愛。〈天の記録保管所〉に納められるべき珠玉の短篇十篇。

[同じ著者の作品『ルブリンの魔術師』『ショーシャ』『悔悟者』も小社から刊行されています]





著 者  

アイザック・B・シンガー
Isaac Bashevis Singer

 
一九〇四年、ポーランドのワルシャワ近郊でユダヤ教ハシディム派のラビの子として生まれる。二五年から、イディッシュによる短編小説を発表しはじめ、三五年に兄で作家のイスラエル・ジョシュア・シンガーをたよってアメリカへ渡る。その後もイディッシュで作品を書き続け、七四年に短編集『羽の冠』で二度目の全米図書賞を、七八年にはノーベル文学賞を受賞する。長編小説、短編小説、童話、回想録など、多数の作品が英訳されている。九一年、アメリカで歿。
 ユダヤ系アメリカ作家には他にソール・べロー、ノーマン・メイラー、バーナード、マラマッド、フィリップ・ロス、エイブラハム・カーンなどがいる。

主な著作
『短かい金曜日』『罠におちた男』『愛のイエントル』以上晶文社
『奴隷』河出書房新社
『羽の冠』新書館
『メイゼルとシュリメイゼル』冨山房
『敵、ある愛の物語』映画化・角川文庫
『よろこびの日』『お話を運んだ馬』『まぬけなワルシャワ紀行』『やぎと少年』以上岩波書店
『カフカの友と20の物語』彩流社、など

研究書・関連書
C・シンクレア『ユダヤ人の兄弟』晶文社
イスラエル・ザミラ『わが父アイザック・B・シンガー』旺史社
日本マラマッド協会編『ユダヤ系アメリカ短編の時空』北星堂
上田和夫『イディッシュ文化-東欧ユダヤ人のこころの遺産』三省堂
西成彦『イディッシュ-移動文学論』作品社、
など



目 次  

用語解説

タイベレと彼女の悪魔
最後の悪魔
ブラウンズヴィルでの結婚式
わたしは人をたのみとしない
アメリカから来た息子
祖父と孫
サム・パルカとダヴィド・ヴィシュコヴェル
ニュー・イヤー・パーティ
なぜヘイシェリクは生まれたのか
天国への蓄え

訳者解説



訳者解説より  
 ……本訳書は、英訳されているうちの四つの短篇集から訳者が任意に十作品を選んだものだが、選ぶに際しては、読んでおもしろく、優れていて、かつ、シンガーの全体像がうかがえるものとなるよう配慮した。……
  訳者・大崎ふみ子(鶴見大学教授)




書評・紹介  

『産経新聞』2007年12月3日(書評)
《イディッシュ語で描いた真実》
……既刊のシンガー短篇集(『短い金曜日』『羽根の冠』『情熱』『まぼろし』)から10作を選んで1冊にした独自の編集で、それだけでも出色に恥じない企画である。ここには、人間の孤独、心に住む魔性、生と死の交錯、無償の価値、といったシンガー終生のテーマがほとんど無造作ともいえる装いで提示されているのだが、その無造作の中に編訳者の慧眼が生きているところは見逃せない。
 闇があっての光という、価値の逆転、ないしは相対化もシンガーが好んであつかった命題である。この紙幅で個々の作品にまでは触れられないが、表題作「タイベレと彼女の悪魔」から巻末「天国への蓄え」に至る10編を通読すると、シンガーが虚構に真実を求め、またある時は、真実が虚構を生む人間のふるまいに微苦笑を浮かべている様子が知れる。
 訳者は本書を編むにあたって「シンガーの全体像がうかがえるものとなるよう配慮した」という。その意図は十分に果たされた。近頃、貴重な一書である。

 【池央耿氏評】


『週刊朝日』2007年12月14日号(書評)
《物語の背後に日常を超える「ひろがり」が見える》
人間はなぜ物語を求めて、書いたり読んだり、語ったりしつづけてきたのだろう。これはきっと人の心や言語の本質と結びつく問題なのだ。日常的な場面をこまかく描写すれば小説になる、というわけではない。遠いもの、目の前にないもの、けれど心の痛点に触れてくる、リアルな刺を持つもの。物語の背後に日常を超える「ひろがり」が見えるとき、それをただ「幻想的」という表現で片づけることはできない。……
 シンガーは確かに、ユダヤを描いた。流浪と迫害の歴史を負い、ユダヤ教とその習俗を受け継ぎ伝える民族に属する作歌として。とはいえ、その作品は、閉じられたものではない。むしろ開かれている。こんなにも特殊を描いたように見えて、なぜ深くから開かれているのだろうか。普遍的、という言葉でまとめる手前に留まり、物語そのものを味わいたい。個人の枠を超え、宿命的な流れに繋がるその小説には、重さと明るさがある。いつ、どこで読んでも。

 【蜂飼耳氏評】


リンク  

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Books and Writers
Farrar,Straus and Giroux