
| ラ・カンパネラ |
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こんな衝撃的な感動を覚えるなんて!しかもこの歳になって・・・。そう思わせた曲がラ・カンパネラ。 ピアノの音の向こう側にはっきりと風景がイメージできた。というより勝手に風景が流れ込んできた。“徹子の部屋”という番組に出ていたロシアのピアニストが弾いていた曲。思わず近くにいた息子に「これ、なんて曲?」と聞いてしまった。息子いわく、「ラ・カンパネラ。曲の表現は演奏家によって解釈が異なるから、CD買うなら演奏家をよく考えて買ったほうがいいよ。」とのこと。わが息子ながらなんと的確な!同じ曲でも、解釈により異なる表現、まさにその通り、絵画も音楽も皆そうなんですよね。 又一歩、表現という果てしない道に魅力を感じた一日となった。 |
| 佐伯祐三 |
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二十歳くらいのときであろうか。一人の画家の絵に時間が止まった記憶がある。その絵は、美しさというよりも、心に深く突き刺さるような感動と動揺を与えた。「佐伯祐三」という若くして亡くなった画家の作品であった。 佐伯祐三の「わたしの絵は純粋ですか?」という問いかけが、心を打たずにはおかない。この言葉は一秒たりとも私の心から離れたことが無い。純粋な設計をして、純粋な建築をつくりたい。そしてそれは、作家の虚栄心を満足させるものでも、クライアントの虚栄心を満足させるためのものでもない。心豊かに暮らし、幸せに笑い、人に感謝し、真剣に涙を流す、そんな心を育み包む純粋をつくりたい。 |
| 風景 |
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まだ子供の頃。暗くなるまで駆け回って遊んだ信州の山。 写真や絵画の良さとは、こうした二度と生じない「瞬間」を描いているからだろう。心奪われ、芸術性を強く感じる風景画は、作家が描こうとしたこうした瞬間である。 しかし、現実の風景は時間と共に変化し固定的な姿で凝固してはいない。つねに生き続けている。私の中にある風景とは根源的な共感によって創りあげられているといってよいのかもしれない。現に安定した価値や固定的な姿で残っているのは私の思い出の中だけなのだから。 自然は常に変化し、一時も同じ姿を見せはしない。私の思う自然とは、常に生きて変化し、進化し、時に後退しつつも動き続ける「運動」である。これこそが生のデザインであろうと思う。今日の都市景観が論じられる際いつも疑問に想うのは、この変化を認めないノスタルジックな人々や、一部のしたり顔の建築家達の景観論である。 私は過去を持ち出して賛美し、思い出にふける趣味は持ち合わせていないし、新しいものを拒絶するほど老化してはいない。などと言うと反感を買ってしまいそうだが、保存する価値があるものは、当然その価値に見合った残し方があるだろうと思っている。問題はただノスタルジックというだけで残そうとしたり、価値の曖昧なものまで保存すれば万事良しという短絡的な風潮が理解できないのだ。新しくても古くても、そこに運動を理解する心が重なる限り「美」は生まれ、「風景」は生まれると信じている。 |
| 「男と女の家」 |
| 私が敬愛する建築家“宮脇檀氏”が書いた「男と女の家」という本があります。共感するところがたくさんありますので、下記にご紹介したいと思います。 戦前は日本人の73%ほどが農民で、その人たちが日本の産業化により次第に都市へ出てサラリーマン化しました。そして、戦前の社会組織の形態は戦後の会社という組織に生かされ、人々はこうした組織に従屈するようになっていきました。その結果、村に縛り付けられていた時と同じ体質が、そっくりそのままサラリーマンに受け継がれたのです。 縛り付けるシステムは、、村と同様におきてを作り、男たちを縛り付け、同時に社会に従屈させるため手練手管で会社に隷属する奴隷ならぬ社隷を育て、欧米を驚嘆させる「日本の家としての企業システム」を作ったのです。会社ごとに勝手なルールを作って守らせ、縛り付けるのです。 縛り付けるシステムのひとつに、、退職金制度があります。退職金は会社が支給するのではなく、国が支給すればよいのです。退職金をもらおうとするから会社から逃れられなくなるのです。残業手当もそのひとつ。それが無いと生活できない資金体制にしておいて、ダラダラと会社に引き止めるのです。最近は少なくなったようですが、接待も業務円滑化ということで会社が便宜を図り、男を惹きつけておくのです。 その結果がどうでしょう。男たちは会社に隷属した人間となり、朝がんばって会社へ帰っていく人、夜悲しそうなつらそうな顔をして家へ通勤している男たちの姿がありました。欧米人をして「日本人は会社に住んで家へ通勤するようになった。」と言わしめたのです。 ある東京大学の先生によると、“そんなの平安時代からやっていて、清少納言も紫式部もそうだった。平安時代からの日本の伝統だもの。” さて、家を一緒に考えなくてはいけない夫婦の関係にもかかわらず、男は家にいる場も無く、会社に住んで家に帰ってこなくなったという事です。 宮脇檀著男と女の家」より |
| 家族の居場所 |
| 上の文書を読んで、一建築家として妙に納得してしまう現実があります。だからこそ私は、日ごろから設計において常に心がけていることがあるのです。それが家族の居場所というものです。家族それぞれに居場所がある家には、心の安らぎがあります。 町を歩くとアーチ窓の付いた家や偽レンガの家などをよく見かけます。しかし外をいくら着飾って見せても、それは通る人へ、自身の趣味を見せ付けているだけで、住む人の幸せを作り出すファクターではありません。そして、その外へ向けた趣味性は数年で色あせ、家中花柄で囲まれた空間には男たちは帰って来たくなくなるのです。 居場所・・・これはケースによって異なりますが、私が思う居場所とは、部屋と言う概念ではなく「場」という概念のことです。子供も大人も、椅子ひとつぶら下げて空間をさまよい、気に入ったスペースでくつろぐ・・・といったことでもよいわけです。こうした考えによって作られている家は、世間一般のメーカー住宅を見ても見当たりません。人間にとって部屋イコール居場所ではないと言うことを考えていなければならないからです。日本の多くの家はただ必要な部屋を集めたパズルの構成のみです。パズル構成の住宅は、アパートや借家がただ部屋数の多い一戸建になったものと言っていいでしょう。 |
| 帰りたくなる家 |
| 私が設計で常に考えていることは、「家に帰りたくなる家」。その帰りたくなる「鍵」を設計していくということです。私の設計する家の鍵とは一言で言うと「居場所」と言うことになります。先に述べたように、それは部屋と言うよりむしろ「場」という概念で考えるべきであると思います。なぜかと言うと、最初から部屋としての意味を決め付けて部屋を確保しても、用途どおりには使われていないからです。 子供部屋が良い例です。さらにお父さんの書斎はもっと残酷で、いつの間にか納戸になってしまっているという家がほぼ9割です。男たちには書斎に閉じこもってじっと学問をしたり、本を読んだりする強さは無いわけで、ずるずると部屋から出てきてしまう。家族からすれば、造った部屋はもったいない。そのうちそれが納戸になるという結果です。 では、なぜ男たちは「書斎書斎」というかというと、自分の居場所が欲しいだけなのです。お父さんが酔っ払って横になったりテレビを見たりするためのソファーは子供たちに占領され、たまの休日に寝ていると邪魔にされ、家の中でうろうろ、落ち着いて過ごせない。その結果、男は家から自分に戻れる居場所が欲しいだけなのです。 一般的に、建築家のプランがメーカーや工務店などと違うのは、こうしたリアリティーに基づいた、個々の家族の夢に対応していこうとした結果でしょう。リアリティーの無い家は、家族にとって悲しい家を作り出します。夢のない家もまた、家族にとって悲しい家を作り出します。 私は家族が幸せになる家を作り出そうと思っています。そのために常に描いている設計テーマは「帰りたくなる家」ということです。我々建築家にとって、使いやすい間取りを作ることは難しいことではありません。それよりも、家族が幸せな時を過ごすことのできる家造りこそ、実は大変難しく、時間と手間、会話が必要となります。個々の家族に合わせて時間をかけてじっくりと造らなければならないのです。これは、家という建築物の、逃れられない宿命だと考えています。 「家族が幸せに過ごせる家」とは「帰りたくなる家」 そしてこれこそが、私が家を設計する上での重要なコンセプトのひとつでもあります。 |
| 甘納豆 |
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最近、甘納豆が食べたくてしかたがない。 こんなちいさな一粒が、オーバーに言うと自分の日々の暮らしまでも変えていることに気が付くのである。建築家であることの性か、甘納豆一粒をじっと見つめて、こんな建築が造れないものかと思ってしまう。 甘納豆という小さな粒の中にある宇宙・・・やすらぎであったり、楽しさであったり、至福の時間であったり。言い尽くせぬスペックに、じっと魅せられている今日この頃である。 |
| 初夏の出来事 |
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7年前に設計を手掛けたTさんから電話があった。 「先生、実はヒーターのボイラーが壊れてしまって・・・業者のかたが、“一、二年くらい早いですね。機械ものだからしかたがないですね。”って言われるんです。私、くやしいけど、どこにも言っていくところが無くて・・・しかたがないのはわかってるんです。つい先生にご迷惑と知りつつ電話してしまいました。」 私は「そうですか・・・一般的には10年くらいはもつものなんですけど・・・」としか言えなかった。業者に電話して詳細を聞くと「ちいさな部品交換で済みそうです。○万くらいです。」という。Tさん宅は娘さんと母上の二人暮し、あまりにもかわいそうなので請求書を私の事務所に回すよう業者に言って聞かせ、こっそりと私が支払いを済ませてしまった。 一ヶ月ほどしてTさんから電話が入った。「先生この前は愚痴を言っちゃってスミマセンでした。あのぅ、請求書がこないんです。業者に聞いても君島先生が・・・というだけでよくわからなくって。」というので「ああ、大丈夫、ボクが手当てしときましたから。」と答えたところ「先生、わたしお金使う所なくて、バヴリィーなんです。こうみえてもお金持ちなの。」と後日お金を持って事務所にやってきた。スイカのお土産付であった。私はなんて素敵な人の家を設計したんだろう。 |
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寸法、サイズ、そして、さわり魔 |
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職業柄、どんなものでも寸法が気になってしかたがない。美しいものや不思議なものを見ると思わず目視計測してしまう。あげく、さわってまで確認して見ないときがすまないというやっかいな性格をもっている。 好きな自動車もそうだが、3ミリ程度の寸法でデザインは一気に変わってしまう。良い例がタイヤホイルのスペーサー、たった3ミリで雰囲気が一新する。 私の設計も同様で、ある部分を1.5ミリにするか3ミリにするかで部屋のムードがまったく違ったものになってしまう。私の設計した家を真似てつくっても、似たものは出来ても、ぜんぜん違うものになってしまうと某設計士が言っていた。そういう小さな部分の押さえ方が私特有の美学に基づいて決定されているから、他人は真似が出来ないのだと思う。 体育館の真ん中に立たされると妙に落ち着かなくなり、隅に集まってしまうのも、このスケール感に起因している。この寸法という妙技はおもしろくて、アメリカ人が親密さを得られる人との距離と日本人が親密さを得られる人との距離は違っている。もちろん各国、各人種に各スケールが存在するのである。西洋メイドの応接セットを置いた距離1.5から1.8メートル程度がアメリカ人にとって落ち着いて人と話せる距離らしい。日本人の場合はより近くなり御炬燵の距離となる。それより近いと、日米共、より親密な関係性をつくりあげた人達の距離らしい。茶室というのはそうした「心」を巧みに利用した設計といえる。 ただ間取りだけでつくってしまった家と、そうした心理を設計した家との違い。「なんかよいなぁ。」というものは、そのような巧みな感性によって操作され造られていることに気が付く。タッチもそうだ。肌触りとでもいえばよいのか、視覚を通して肌触りを感じたり、実際触って安心したりという動物特有の五感は大切だ。さまざまな要素を巧に駆使して設計するというのが設計術であり、建築家が一般の一、二級建築士と区別されるところでもあると考えている。 |