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6月12日
兆候
あれは何時だったか。
いつものように子供達3人を、お風呂に入れていたとき。
友人からもらった赤ちゃん用の、洗い場に座れる椅子に恵太を座らせて、お兄ちゃんたちの体を洗っていた。
その椅子は、前部におもちゃがくっついているタイプで、恵太はそのおもちゃでおとなしく遊んでいた。
なにげなく、作業の合間に横目で恵太の動きを見ていたとき「?」と何か引っかかりを感じた。
しばらく作業の手を止めて、じっと恵太の動きを眺めてみる。
「右手」でおもちゃを触る、つまむ、にぎる。何の違和感もない動き。
「気のせいか・・」とおもいながら「今度は左で・・」と左手をおもちゃの上に置いてみる。
なぜか手のひらが「力が抜けている」感じがする。
「気が乗らないだけなのか」
そんなふうに思いながら深く気にすることも無く、作業を続けた。
主人が帰って来たとき「そういえば・・」というふうな程度で、お風呂の違和感を話してみた。
「ふーん」といってしばらく考えていて、こう答えた。
「それは、服の袖のせいだよ」
「あっ」
すぐに思い当たる節が在った。
「服の袖」とは、三男坊の恵太はあちこちからの服のお下がりも多かった。サイズも様々で、少し位大きな服でもお腹が出るよりはいいだろうと、長い袖を捲り上げて着せていた。
その袖が「ずいばり」しているうちに落ちてきて、手を隠してしまうことがよくあった。
その度に捲り上げてはいたが、きっとその隠されている手は偶然左手が多く、結果として出ている右手ばかり使って、左手が忘れられた状態になっているのではないか。
主人はそう思ったのだ。
そして私もすぐに気がついた。
「そうか。それは、そのまま袖の長い服を着せていた私の責任なんだね」
なんとなくそう思い、でも
「それなら、袖の件を改善して左手を使うように仕向ければ、それほど難しい問題ではないな」
と勝手に解釈した。
医療の知識も無いのに、自分達の子供は「なんとなく大丈夫」と、そんな錯覚にとらわれていた。
「まさか」
自分達も上の子も大丈夫なんだもの。
「左手だけ。発達の段階で、これからいくらでも取り返せる」と。
根拠の無い自信だけを持って、病院にはいかなかった。
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それから、袖の長い服はやめてジャストサイズにし、気が付いたときには左手を開いたり閉じたり、何かを握らせて刺激を与えようと勤めた。
ただ自分で思いついた「リハビリ」というのもおこがましいような運動だった。
その間生活は普段通りで、吐き気やひきつけ等の症状も無く、本当に只の発達のちょっとした遅れだと思い込んでいた。
そのとき恵太は、寝返り移動から「ずいばり」に移行しつつある時期だった。
左の手は動きが芳しくなかったが、足も腕も上手に配って「ずいばり」している。
「そのうちお座りしたら、自分で動かすようになるのでは?」
と、本当にのんびり思っていた。
1ヵ月続けた刺激も、少しづつ成果が見え始めていた。
お母さん同士が集まる席でも
「(動いてきているなら)大丈夫なんじゃない?」
と言う声が多く
「そうだよね」
と、私達も思っていた。
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3人目は大らかな気持ちで。
ちょっとくらい立つのが遅れたからって、騒ぐことじゃない。
そんな先入観を、自分で植え付けていた。
神経質なお母さんなら、やはり母子手帳の「発達の記録」にある曲線からはずれはじめたら、何かと原因を確かめたくなるに違いない。
「3人目だから」 と、自分で大らかさを装っていたのか。
今になると当時はそう思い込んでいた、そんな気がする。
とにかくその時は、もう少し様子を見てもいいんじゃないかとひたすら思っていた。
恵太は9ヶ月になっていた。早い子供は、つかまりだちを始める。なのにまだ、ずいばり。
手の機能もそれ以上は回復しない。 日ばかりが、過ぎて行く。
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