日記:2010年10月
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10月31日(日)  エコビレッジ収穫祭

 今日も朝から良く晴れて、暖かい一日だった。
 午前8時20分ころマンションを出て9時10分過ぎにコモンハウスに到着する。直ちに、収穫祭の準備に取り掛かり、10時から午後5時まで、エコビレッジ収穫祭の会場運営を行う。
 午後5時過ぎに収穫祭が終わり、会場を片付けて午後6時半ころコモンハウスを出て、野幌に立ち寄ってから帰宅した。



10月30日(土)  農カフェ

 朝から良く晴れて、比較的暖かい一日だった。
 朝10時前に長沼へ出かけ、ミニダイコン、ラディッシュ、ナス、インゲンを収穫する。
 小熊座で昼食後、野幌に立ち寄ってから帰宅し、明日の収穫祭のためダイコン、ナス、ラディッシュなどを漬ける。さらに、午後6時ころ、大丸地下の「壷屋」で干菓子を56個購入する。
 午後7時に「みんたる」に足を運び、農カフェに参加し、「ちょびりこ。ジャム研究所」の菅原慶子さんからお話しをうかがう。午後10時半に店を出て帰宅した。


10月29日(金)

 朝から抜けるような快晴の空が広がる、明るい一日だった。
 帰宅途中、KOさん、JOさんと三人で美唄焼き鳥の店「福よし」に足を運ぶ。最近、「根室食堂」と並んで「福よし」があちらこちらに出店している。
 午後9時ころ散会して帰宅した。


10月28日(木)

 朝から薄曇りで、肌寒い一日だった。
 午後6時から、JR札幌駅北口の「楽空」で開催された送別会に参加する。近くに住んでいるのに、店に入ったのは今回が初めてで、ちょうど良い機会だった。
 午後8時20分過ぎに散会して、真っ直ぐに帰宅した。


10月27日(水)

 昨日の荒れ模様の天気から一転して、朝から良い天気に恵まれた。
 今週は、これまで積み残してきた面倒な報告書の処理に取りかかっているのだが、丸一日悪戦苦闘して、ようやく目処が見えてきた。
 ノー残業デーなので、午後6時前に職場を出て帰宅した。


10月26日(火)  初雪

 早朝は晴れていたが、午前8時前から雪が降り始めた。札幌では初雪で、昨年より6日間早かったと報道されていた。
 午後7時近くまで仕事を処理してから帰路に着き、帰宅後は週末のエコビレッジ収穫祭に出す漬物の試作を行った。


10月25日(月)

 朝からどんよりと曇って、薄暗い一日だった。
 昨日は一日中休養に努め、睡眠時間もタップリ取ったので、いつもの月曜日に比べて疲れを感じることなく日中を過ごした。
 帰宅途中、昔ながらの居酒屋「かつら」に立ち寄り、午後8時半ころまで飲んでから帰宅した。


10月24日(日)

 朝から薄曇だが、穏やかな気候の一日だった。
 今日は、エコビレッジで明峯哲夫先生を招いて「この時代における自給の意義や技術」について話をうかがう予定だったが、体調が今ひとつだったので休養に努めることにした。 久々に丸一日、特に何をすることもなく休養に努めた。


10月23日(土)  今年の新米をいただく

 朝から良く晴れて、この時期にしては暖かい一日だった。
 午前11時ころコモンハウスに到着し若干作業をしてから、小熊座で昼食をいただき、午後2時過ぎから炭焼きを行った。午後2時半ころから火を燃やし始め、5時ころ土を被せて蒸し焼きにした。
 午後7時から、今年の新米と鍋で夕食をいただき、午後8時過ぎにコモンハウスを出て、野幌に立ち寄って帰宅した。


10月22日(金)  気象台と飲み会

 朝から良く晴れて、日中は暑く感じられるほどに気温が上がった。
 午後5時半から、根室食堂(北6西6)で開催された懇親会に出席する。午後8時半近くに散会し、帰宅した。


10月21日(木)

 朝はどんよりと曇っていたが、昼過ぎからは良く晴れて、この時期にしては比較的暖かい一日だった。
 10月7日まで仕事に追われて過ごした疲れが、どうにも抜けきらない。しばらく休暇を取って旅行でもすれば気晴らしになると思うのだが、今の職場では旅行もしていられないのは困ったものだ。


10月20日(水)

 朝からどんよりと曇った一日だった。
 溜まっている仕事を片っ端から片付けたが、週末に半ば徹夜で仕事をした疲れが抜けないので、午後1時半から代休を取得し、休養に努めて過ごした。


10月19日(火)

 朝から良く晴れてはいたが、気温が急に下がり寒い朝を迎えた。
 仕事の方は、7月下旬から今月上旬まで2ヶ月余りの異常な忙しさはなくなったが、年内に処理しなかればならない仕事に追われている。
 帰宅途中、蠍座で「我が闘争」を見る。1960年のスウェーデン映画で、ヒトラーの生涯とナチスの残虐な行為を記録したドキュメンタリー作品だ。ここしばらく、多忙のせいもあって蠍座から足が遠のいていたが、これからまた足を運びたい。


10月18日(月)

 出勤時は晴れていたが、その後はどんよりと曇った一日だった。
 仕事が終わってから、JR高架下の「美唄焼き鳥 福よし」で、ARさんを囲んで一杯やる。7月下旬から10月7日(木)まで慌ただしい日々が続いたが、ARさんがいればかなり仕事が分担でき、精神衛生上もっとマシな状態で過ごすことができたと思う。巡り合わせとは言え、残念だった。午後9時ころ散会して帰宅した。


10月17日(日)

 朝からどんよりと曇って、時々雨が降る肌寒い一日だった。
 一昨日の徹夜勤務の疲れが抜け切らず、昼近くになってようやく体が動くようになった感じだ。
 米が切れたので、イオン東苗穂ショッピングセンターで「ゆめピリカ」を購入する。炊いてみると、確かに美味しく感じられる。エコビレッジの新米も週末には配分になるはずだが、客観的な評価ではどの程度になるだろうか?


10月16日(土)

 朝から良く晴れて、暖かい一日だった。
 午前5時半から11時過ぎまで寝て、昼過ぎにヨドバシカメラで象印の精米機を購入した。家庭用では最高の処理能力のもので、1升を10分間で精米でき、連続30分間使用可能である。昨年は田んぼで収穫し、籾摺り機で玄米にした米をコイン精米機で精米していたので、エコビレッジライフ体験塾に寄付することにした。
 午後1時半ころマンションを出て、2時半ころコモンハウスに到着した。
 畑の収穫はほとんど終わり、後は、ダイコン、白菜などの秋野菜の生長を待つばかりだ。
 午後5時過ぎにコモンハウスを出て、野幌に立ち寄ってから帰宅した。


10月15日(金)

 朝から薄い雲が空一面を覆い、肌寒い一日だった。昨日までが暖かかったため、急に寒くなった感じだが、例年だと10月下旬には平地でも初雪が降る時期なので、ようやく平年並みに戻った感じだ。
 週末は久々にゆっくり休めると思っていたが、思いがけず登別、白老などで大雨があり、その対応のため残業となった。大雨警報が解除になったのは午前4時57分で、帰宅したときは午前5時半近くになっていた。


10月14日(木)

 朝から良く晴れて、この時期にしては暖かい一日だった。
 久々に何もない日は有難い。午後6時前に職場を出て真っ直ぐに帰宅し、休養に努めて過ごした。


10月13日(水)

 朝から薄曇りの一日だった。
 朝3時過ぎまで飲んでいたが、6時半まで熟睡したのでそれ程眠気を感じることなく過ごした。
 午後1時10分過ぎに車でホーマックへ向かう。午後2時から3時40分まで打ち合わせを行い、4時半近くに職場に戻った。
 午後6時過ぎから、ススキノの「だるま」でジンギスカンをいただき、その後パルコ8階のワインバーで午後10時ころまで飲んで帰宅した。


10月12日(火)

 午前中はどんよりと曇って薄暗い状態だったが、昼頃から雲が薄れ、柔らかな日差しが降り注いだ。
 午後1時半から振替休暇を取得し、リフレッシュを図った。
 午後10時少し前に、エルプラザで開催されていた『犬と猫と人間と』の上映会が終わり、II監督とMIさん、TOさんの3人を迎えて、一旦30階のゲストルームに荷物を置き、「凡々亭」で一杯やる。午前0時半ころ一次会が終わり、MIさんが帰った後、II監督、TOさんと私の3人で、マンションで二次会を開き、午前3時に散会した。

<今朝見た夢>
 午前2時過ぎにくらいに不思議な夢を見た。それは、職場で私が当番に当たっている日に事故があり、その日当番だった二人が結果を回避するための努力義務を果たさなかったとして死刑が宣告されてしまうというものだ。しかも、その執行は明日だと言う。その執行を待つ間に、何故か自宅の近くまで歩いて行っており、そのときわが国の裁判制度は三審制であり、いきなり死刑判決が出て翌日執行されることはあり得ないと気づいた。そして、夢の中でこれは夢であることに気づいたところで目が覚めた。
 午前2時半ころ目が覚めて、夢であったことにホッとするとともに、いつ起きるか分からない災害に対応すると言う職責が心の負担になっていることに気づき、また、生き物の命を奪うことには厳粛でなければならないと思った。



10月11日(月)

 薄い綿雲の間から日差しが降り注ぐ、穏やかな空模様の一日だった。
 昼過ぎに「小熊座」でケーキセットをいただいてから、午後1時ころコモンハウスに到着する。畑では、ミニトマト、トマト、シシトウ、キュウリを収穫したが、収穫量は激減している。その代わりに、ツルインゲン、ミズナ、チンゲンサイが育ってきて、大量の収穫があった。ミニ大根も試しに1本収穫した。つる無しインゲンを収穫した後に、ハクサイを移植したりしているうちに午後4時近くなり、コモンハウスを出てから野幌に立ち寄って午後6時前に帰宅した。
 その後は、収穫した野菜を調理したり洗ったりしているうちに時間が過ぎてしまった。


10月10日(日)

 朝から雨が降っており、畑に足を運ぶのはやめて休養に努めて過ごした。
 『八ヶ岳の食卓』(萩尾エリ子著)を通読し、気に入ったレシピをチェックする。畑で取れる大量の野菜を、簡単で美味しく調理するコツがつかめてとても面白かった。
 今日は、昨日畑で収穫したミズナやレタス、ニンジンなどを調理してみたが、これからいろいろ試してみたい。


10月9日(土)

 朝から良く晴れていたが、さすがに風が冷たく感じられるようになってきた。
 朝9時にマンションを出て10時ころコモンハウスに到着し、HEEP運営会議に参加する。昼ご飯を挟んで1時半ころメノビレッジへ向かい、米の脱穀を行う。コンバインを使っての脱穀はアッという間に終わったが、足踏み脱穀機を使っての作業はかなり大変で、午後5時ころ作業を終えて帰路に着いた。
 途中、野幌に立ち寄り。午後7時過ぎに帰宅した。


10月8日(金)

 今日も、朝から良く晴れて、さわやかな一日だった。
 昨夜は午後9時半過ぎに帰宅し、午前5時くらいまで前後不覚の眠りにおちた。その前夜は3時間しか寝ていなかったが、深い眠りで睡眠不足が解消した感じで、久々に爽快な寝覚めの気分を味わった。
 午後6時から、居酒屋「根」で開催された議会の打ち上げに参加する。午後8時過ぎに散会して帰宅した。


10月7日(木)

 朝から良く晴れて、この時期にしては暑い一日だった。
 仕事の方は、午前中でピークを過ぎ、昼過ぎからは後始末となった。夕方になってもう一つ仕事が降ってきたが午後6時20分過ぎに職場を出て、「ちょくちょく」で一杯やり、午後9時半ころ帰宅した。
 その後は、いつ頃寝たのかハッキリしない状態ですぐに寝てしまった。


10月6日(水)

 薄い雲の切れ間から青空が顔をのぞかせる、穏やかな秋の一日だった。
 仕事の方は今日がピークで、朝から慌しく過ごした。
 午後5時半から宿直になったが、仕事の方が相変わらずで、結局仕事から解放されたのは午前3時近くになってからだった。


10月5日(火)

 朝は曇ってやや蒸し暑かったが、昼過ぎからは良く晴れて、暑い一日となった。
 午前3時半過ぎに帰宅し、午前5時前に就寝したのだが、午前6時半の目覚ましは夢うつつのうち消してしまったらしく、午前7時26分ころ起床した。遠距離通勤なら慌てるところだが、それ程慌てる必要もなく、通常通り出勤した。
 出勤後は、相変わらず慌ただしい一日なり、アッという間に日中の時間が過ぎて、当然のように残業となった。それでも覚悟していたよりは早く、午前1時過ぎに職場を出て帰宅した。


10月4日(月)

 朝からどんよりと曇って、肌寒い一日だった。
 道南では強い雨が降った所もあるようだが、幸いにも気象警報が出ることなく、普通の時間に出勤することができたのでラッキーだったと思う。
 仕事の方は、今日も朝から忙しく、職場を出たのは午前3時を過ぎていた。


10月3日(日)

 朝から空を厚い雲が覆い、薄暗くて肌寒い一日だった。
 これまでの仕事疲れがここにきてドッと出てきて、疲労感が抜けないため今日は畑に足を運ぶこともなく、休養に努めながら過ごした。
 いつも日曜日は早く寝ようと思うのだが、就寝時間が近づくと目が冴えてきて逆に夜更かししてしまうのだが、今日は夕方から気象警報が出そうな様子だったので、夜中に呼び出されることを覚悟し、午後9時に就寝した。


10月2日(土)

 朝から好天に恵まれた一日だった。
 昼近くまで爆睡して睡眠不足を取り戻す。昼過ぎにマンションを出て、1時半過ぎに「小熊座」で昼食をいただいてからメノビレッジの田んぼに足を運ぶ。ハサガケや棒ガケの稲穂を近くで見ると、かなり乾燥が進んでいた。
 午後2時過ぎにコモンハウスに足を運び、共同の畑にニンニクを植えた。オクラ、キュウリ、ナス、トマトももう終わりの時期に近づいている。
 8月末にトウモロコシの根元近くに撒いたツルインゲンが育ち、収穫の時期に入った。秋野菜のミズナや白菜も目に見えて育ち始めた。
 午後4時半過ぎにコモンハウスを出て、野幌に立ち寄ってから午後7時前に帰宅した。


10月1日(金)

 朝から抜けるような青空が広がる秋晴れの一日だった。
 一年のうちでも滅多にない素晴らしい秋晴れの一日を、仕事に終われて過ごすのはバカバカしい限りだが、現実は思うようにいかない。結局今日も、朝から晩まで仕事に終われながら過ごし、職場を出たのは午前2時半過ぎだった。
 JR札幌駅前の「白木屋」で一杯やって、午前5時過ぎに店を出て帰宅した。