ワンシーン

 

 「これはどういうつもりだ」
 夜遅く、辰巳が秀一のマンションを訪ねると、いつものような険しい顔と険しい声の秀一に出迎えられた。
 「どういうて、気に入らんかったら別のに取り替えさせるぞ」
 「気に入るとか入らないとかいう問題じゃない」
 秀一の目の前にあるのは、今日届けられたばかりの最新型のパソコン一式だった。もちろん辰巳が用意させたものだった。
 「必要なものがあったら自分で買う。お前に買ってもらういわれはない」
 「せっかくお前がやる気になっとんのや。こういうモンもあったほうが便利やろ」
 「仕事の依頼が来るかどうかもわからないのに、設備投資だけしてどうするんだ」
 「仕事やったらワシがなんぼでも回したるがな」
 「ヤクザの下請けなんかできるか」
 秀一が露骨に顔を顰めた。辰巳はその秀一の表情に楽しげに笑う。そして、秀一の部屋のソファーに我がもの顔でふんぞりかえって座る。
 「心配せんでも、お前のファンがそのうち仕事持ってくるやろ」
 「ファンって何だ?」
 「しょっちゅうここに顔出してる奴らや。お前のためやったら何でもするやろな」
 「お前の言い方はいちいちオーバーなんだよ」
 「ほな、試しにあのガキに」
 「賢治のことか?」
 「ああ、あのガキに車が欲しいとでも言うてみろや。借金してでも持ってくるぞ」
 「それはオーバーすぎるだろ」
 「言うてみるか?」
 口元に笑いを含んだ辰巳にそう問われ、秀一は眉を寄せて考える。そして、
 「やめておこう」
 「賢明な選択や」
 辰巳が声を上げて笑う。
 「おい、立っとるついでにビールをくれ」
 「欲しけりゃ勝手に取ってこい。どうせ、平が用意したものだ」
 定期的に平が秀一の部屋に足りない物を補充しにやってくる。それを断ることを諦めたのは、平が生真面目な顔でトイレットペーパーを持ってきたときだった。
 「サービスが足らんなあ」
 辰巳はそう言って、自ら立ち上がりキッチンの冷蔵庫に向かう。秀一は辰巳のその背中に、
 「ついでに俺の分も取ってくれ」
 「おいおい、なんやそれ」
 辰巳は呆れて笑いながらも、自分と秀一のために片手に2本の缶ビールを持って秀一に近づいていく。
 「ワシに命令すんのはお前くらいやぞ、ほら」
 手渡されたビールを受け取ってから、秀一はキッチンカウンターの椅子に腰掛けた。
 「命令してもいいんなら、もう一つついでだ。冷蔵庫の中身まで平に用意させるのはやめろ」
 「それは聞かれへんな。ワシが好きでやっとることや」
 「だから何度も言ってるだろう。お前にそこまでしてもらう謂われはないってな」
 「いやいや、十分謂われはあるぞ」
 好色な笑みを浮かべて秀一の目の前に立った辰巳は、秀一の腰に手を回す。
 「モノに見合うだけのモンはもうとるしな」
 秀一は複雑な顔で辰巳を見上げる。
 「何や、その顔は」
 「相場を知らないから換算しずらい」
 「相場て、これのか?」
 辰巳の手が秀一のシャツの中に忍び込む。
 「ああ」
 「換算する必要はないぞ。ワシがもらいすぎとるくらいや」
 「だったらやめろ」
 「残念なことに、その命令も聞かれへんな」
 「だろうと思ったけどな」
 辰巳が顔を近づけてくる。秀一は冷えたうちには飲めなくなりそうなビールをカウンターの上に置いた。

end.

 



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