大阪観光案内 (3)

 

 野田がやってきたのはそれから10分後だった。
 「すっかりご迷惑をお掛けして」
 野田は部屋に入ってすぐ、ソファーで眠る大介に気付いて頭を下げた。
 「迷惑なんてとんでもない。久しぶりにのんびりと楽しく過ごさせてもらいました」
 「そうそう、ワシの相手そっちのけでな」
 部屋の奥から聞こえてきた辰巳の声に、野田が驚いて顔を向ける。
 「辰巳さん、いらっしゃったんですか」
 辰巳にも頭を下げる野田に、
 「アレのことは気にしないでください。それより早く帰って大介くんの話を」
 「ありがとうございます。だいだいの話は向こうに聞いてはいるんですが」
 野田が大介の肩を揺する。
 「大介、ほら、起きなさい」
 何度か肩を揺さぶられて、大介はようやく目を開けた。
 「お父さん」
 大介はまだ寝ぼけているのか、横になったまま言葉を続けた。
 「急に来てこめんなさい」
 しおらしい大介の言葉に、野田は優しく微笑んで首を横に振る。
 「よく来たな」
 「うん」
 「お父さんの所に行こうか」
 そう言われて、大介はやっとここが秀一の部屋だということを思い出した。
 「秀一さん」
 大介が立ち上がって秀一に近づいてくる。
 「今日はホントにありがとうございました。すっごく楽しかった」
 「俺も楽しかったよ」
 秀一は本心からそう言った。
 「よかった」
 大介が嬉しそうに笑う。
 「大介、ほら、いつまでもお邪魔してたら迷惑だから」
 野田が苦笑しながら大介の腕を引く。
 「うん」
 大介はドアに向かい掛け、それでもまだ名残惜しそうに振り返る。
 「どうした?」
 秀一は優しく尋ねる。
 「ううん、何でもない。秀一さん、バイバイ」
 手を振って、大介は野田と共にドアの向こうに姿を消した。
 野田が大介を連れて出て行ったドアを、秀一は何かはっきりとわからない物足りなさを感じて見つめていた。
 「なんや、その寂しそうな顔は」
 背後から辰巳の冷やかすような声が聞こえる。背中を向けている秀一の表情など、辰巳にわかるはずがなかった。
 「寂しそう? お前の気のせいだろう」
 振り向いて答えた秀一の顔には、辰巳の言葉のような翳りはどこにもなかった。
 「気のせいやったらそれに越したことはないわ。お前が父性愛に目覚めてガキが欲しい言い出されてもなあ」
 「言い出したらどうする?」
 「そら」
 辰巳は口元に好色そうな笑みを浮かべて近づいてくる。
 「そういうことを忘れさせるくらい、頑張るしかないわな」
 「何を頑張るんだか」
 秀一が苦笑して言った言葉への答えを、秀一は抱き寄せられ辰巳の腕の中で聞かされた。
 「子供も帰ったことやし、ここからは大人の時間や、そやろ?」
 「わかった。鍵、閉めてこい」
 秀一はスルリと辰巳の腕を抜け出す。辰巳は大げさに肩を竦めて、
 「今さらやろ。どういう心境の変化や」
 そう言いながらも辰巳は素直にドアに鍵を掛ける。
 「まだこのビルの中に大介くんがいるかもしれないだろ」
 「教育上よろしくないっちゅうことか」
 「そうだ」
 秀一は短く答えて部屋の奥に続くドアに手を掛けた。
 「おいおい、どこ行く気や」
 辰巳がそう言うのももっともだった。そのドアの奥にはバスとトイレが一緒になったユニットバスと、以前にクラブだった頃、ホステスの控え室になっていた窓のない狭い部屋、今は物置になっている、があるだけだった。
 「先にシャワーだ」
 「ワシはそのままでも構へんぞ」
 「お前が構わなくても俺が構う」
 秀一は辰巳を無視してバスルームのドアを開けると、ドアの脇に置いたバスケットの中に着ているものを脱ぎ捨て、それからドアを閉めた。
 シャワーのコックを捻ると、少し熱めの湯が勢いよく噴き出してくる。秀一はバスタブの中に入り、その流れを頭から全身に受ける。
 秀一が耳だけでドアが開く音を聞いたのはそれからすぐだった。
 「何しに来た?」
 秀一は目を閉じたまま言った。辰巳の気配を全身で感じる。
 「時間の短縮や」
 辰巳の手が肩に触れて、秀一はやっと顔を上げた。
 辰巳はその鍛え上げた肉体を惜しげもなく晒して、バスタブの外に立っている。
 「やっぱりユニットバスは狭いな」
 辰巳がバスタブを見下ろして、今更なことを呟く。
 「もっとデカイのに造り直すか」
 「そんな必要がどこにある」
 「2人で入るには狭いやろ」
 「入らないから大丈夫だ」
 にべもなく秀一に撥ねつけられても、辰巳は全く懲りた様子はない。
 「ま、そういうときはワシのマンションに来たらええだけのことか」
 辰巳は一人で納得すると、バスタブの中に体を入れてきた。
 「狭いと言ったはずだ」
 「ホンマに狭いなあ、こうも狭かったらくっつかなしゃあないなあ」
 秀一の背中から、秀一の腰に辰巳の腕が回される。
 「たった5分ぐらいのことが待てないのか、お前は」
 「待たれへんな」
 腰に当たった熱さが、辰巳の言葉が嘘でないことを秀一に教えてくれる。
 シャワーの湯で十分に濡れた辰巳の指が、秀一の中に入ってくる。秀一はそれを息を吐きながら受け入れた。考えられない場所で形を覚えてしまった辰巳の指が、秀一の中をほぐしていく。微かにもれる吐息はシャワーの音にかき消された。
 「こんな湯より、お前の中の方がもっと熱いぞ」
 揶揄するような辰巳の言葉に、秀一はただ首を左右に振った。まだ残っている理性が、秀一に声を上げさせることを拒む。
 「秀一」
 辰巳が指を引き抜いて、秀一の耳元で響く。
 「もっとケツを突き出せ」
 「出来るかっ。状況を考えろ」
 秀一の言葉とおり、男2人が立っているだけで精一杯の広さだった。
 「ほな、こうしたらええやろ」
 辰巳は秀一の腰に回した腕に力を込めた。半ば秀一の体を抱き上げるようにして、強引に90度、体の向きを変える。秀一の目の前には洗面台とトイレがあった。
 「手はそこや」
 そう言って辰巳は秀一の背中を押した。突然のことに咄嗟に反応できなかった秀一の体は、重力に従って前のめりに倒れる。秀一は体を支えるために、目の前に近づいてきた便座の蓋に手を着くしかなかった。
 「そうや、それでええ」
 「何がそれで」
 振り返って抗議しようとした秀一の言葉はそこで途切れた。熱く重量を増した辰巳が秀一の中に入ってくる。
 辰巳は自ら動くことなく、秀一の腰を掴んで前後に揺さぶることで秀一を追いつめ、自身も追い上げた。馴染んだ体はすぐに互いを高めあう。
 低く唸った声は秀一のものだったか辰巳のものか、シャワーの水音に混ざりどちらともわからなかった。ただ達したのはほぼ同時、秀一の方がほんのわずか早かった。
 崩れ落ちそうになる秀一の体を辰巳が抱え起こし、バスタブの縁に座らせた。
 「狭いは狭いなりに楽しめるもんやな」
 「俺は2度とごめんだがな。体中が筋肉痛になりそうだ」
 窮屈な体勢で辰巳を受け入れたせいで、体の節々が強ばっている。秀一は首の後ろに手を添えて、ほぐすように頭を回した。その姿を横目で見ながら、辰巳はバスタブから抜け出した。
 「マッサージやったら、ええとこ紹介したるぞ」
 いつも以上に上機嫌な辰巳の声に、秀一は訝しげに辰巳を見上げる。
 「楽しそうだな」
 「今日のはなかなか新鮮やったやろ?」
 「何だって?」
 「忘れられへんええ思い出になったんとちゃうか?」
 「こんなのが思い出になるわけないだろう」
 秀一の反論も辰巳を喜ばすだけだった。辰巳はにやついた笑みを浮かべたまま、秀一が用意してあったタオルで体を拭きながらバスルームを出て行った。
 「おい、俺のタオル」
 秀一の言葉は、もう辰巳には聞こえていない。
 「何なんだ、あの馬鹿は」
 呆れて呟くと、秀一は急に広くなったバスタブで、もう一度、体を洗い直した。
 シャワーに打たれながら、辰巳の言葉を心の中で繰り返す。辰巳には似合わない『思い出』という言葉が引っかかっていた。
 「まさか、本気で張り合おうっていうんじゃないだろうな」
 大介と水族館に行ったことは、この先、おそらく忘れはしないだろう。その記憶を蘇らせるとき、この狭いバスルームでのセックスも一緒に思い出してしまいそうだ。
 秀一がシャワーを止めて耳を澄ますと、辰巳が開け放っていったドアからは、まだ辰巳が鼻歌を歌っているのが聞こえていた。
  
 
 「秀一さん、入るわよ」
 そんな声と共にドアの開く音が聞こえ、秀一はその両方の音で目を覚ました。いつもなら目覚ましがなくても7時には目を覚ます。ただ、辰巳と関係した翌日だけは、疲れだけでなく体のリズムも狂うらしく、なかなか目を覚ますことができない。今日もそうだった。
 「寝てるの?」
 秀一の寝ているベッドはパーテーションで仕切られているため、入り口のドアから見られることはない。つまり秀一からも見えなかった。カオリだけだと思い、何も身につけずに眠っていたまま、ベッドの上に体を起こした。
 「おはよ、秀一さん」
 パーテーションから覗かせた顔に、秀一は驚いてすぐに言葉が返せなかった。
 大介が笑顔で立っていた。
 「寒くない?」
 秀一の剥き出しの上半身に、大介が首を傾げる。
 「ああ、いや、寝てる間は大丈夫なんだよ」
 秀一は何とかそれだけ答えると、
 「カオリさんは?」
 「いるよ。ちょっと待ってね」
 大介が仕切の向こうに姿を消すと、入れ替わりにカオリが顔を出した。
 「あら」
 秀一の姿にカオリはすぐに気付いたらしい。
 「剛史が来てたの?」
 「まあ、そういうことだ。すまないが俺の着替えを持ってきてくれないかな」
 「了解。大介くんにはちょっと目の毒よねえ」
 カオリは意味深に笑って、それから声を潜める。
 「大介くんは気付いてへんみたいやけど、キスマーク、いっぱい付いてるわよ」
 辰巳はとにかく秀一の体に跡を残すことを好む。所有の証だと思っているのだろう。
 カオリが奥に続くドアを開け、すぐに秀一の着替えを手に戻ってきた。
 「ありがとう」
 秀一はそれらを受け取ると素早く身につけ、ようやくパーテーションの外に姿を出すことができた。
 「野田さんもいらしてたんですか」
 大介の隣には野田もいた。
 「昨日はお世話になりました」
 「今日はわざわざそれを言うために?」
 「ああ、いえ、今日は大介と出かけるんですが、その後、大介はそのまま七尾に帰りますので、こちらに窺う時間はないと言ったら、大介がどうしてももう一度、秀一さんに会いたいと言って聞かないもので」
 野田が苦笑しながら事情を説明する。
 「それで先に?」
 秀一は大介に視線を移した。
 「今日はお父さんとUSJに行くんだ」
 「楽しんでおいで」
 「うん。それで、面白かったら、今度一緒に行こうね」
 大介の思いがけない誘いに、秀一は何と答えていいか言葉を探す。
 「一緒に?」
 「昨日の水族館、楽しかったよね?」
 「ああ、それはもちろん」
 「だから、俺が楽しいトコは秀一さんも楽しいよ、きっと」
 無邪気な大介に秀一も頷かずにはいられない。
 「そうだな」
 「でしょ」
 「なあに、2人だけ? あたしは誘てくれへんの?」
 カオリが割って入ってきた。
 「カオリさんも行きたい?」
 大介が尋ねる。
 「そら、こんないい男2人と一緒に行けるんやったら、どこでも行きたいわよ」
 カオリの言葉に大介が不思議そうに首を傾げる。どう見ても男のカオリが女性の格好をしていることに、大介は何も言わなかった。ただの趣味だと思っていたのか、カオリの性癖に気付いていないらしかった。
 「言うてなかったかしら」
 カオリも大介の様子に気付いて、
 「大介くんにはまだ分からへんかもしれへんけど、大人にはいろんな人がいんのよ。こんななりでも、あたしは男が好きやの。今は秀一さんにメロメロ」
 カオリの告白に、大介は数秒、考えるような顔になり、それから、視線を秀一に移した。じっと秀一を見つめると、やがて表情を崩した。にっこり笑って、カオリに向き直る。
 「俺にもわかるよ」
 大介が急に大人びて物わかりの良くなった理由を、秀一はこのときばかりは深く考えないことにした。 


end.

 



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