Present for Me?

 

 秀一が遅めの昼食を外食で済ませ、ビルに戻ると、ちょうど大きな花束を抱えたカオリと出くわした。
あら、秀一さん、おはよう」
 水商売のカオリには昼過ぎであれ、顔を合わせた時間は『おはよう』になる。
「どうしたんだ?」
 出勤には早すぎる時間と、店に飾るにしては大きすぎる花束に秀一は声を掛けた。
「これ? 今日ねえ、ルミの誕生日なんよ。うちの店では誕生日の子を店中でお祝いすることになってんの。それで、これは店からのプレゼント」
 何度か『花音』に顔を出したことはある。ルミが『花音』の中では最年少の二十二歳だと教えられたのは二度目に顔を出したときだった。
「誕生日か」
 秀一は小さく呟いた。毎年忙しさにかまけて忘れていたが、一週間後に秀一は三十一歳の誕生日を迎える。だが、それをカオリに伝えることはしなかった。カオリが知ればプレゼントだなんだと余計な気を遣わせることになる。
「それじゃ、俺も後で店に顔を出させてもらおう」
 お祝い事は人が多い方がいいだろうと言った秀一の声に、何か考え事をしていたのかカオリが取り繕ったように慌てて笑顔を作る。秀一の前でカオリがそんな態度を取るのは珍しい。
「ありがとう、ルミも喜ぶわ。そしたら、待ってるから」
 カオリがビルの中に消えていく。秀一に必要なことならカオリも隠したりはしないだろう。そう思い、秀一はそれきりカオリの態度がおかしかったことを忘れることにした。
 
 
 仕事が忙しいのは秀一にとっては有り難いことだった。儲けではなく、何もすることない時間がなくなることが有り難かった。今日も一つ仕事を片づけたばかりだが、次の仕事はもう入っていた。秀一は部屋の中でデスクに向かって、依頼人への報告書を仕上げていた。後三十分もすれば日付が変わる。それでも秀一は手を休めなかった。すぐに次の仕事に取りかかるためにも、今日中に仕上げておきたかった。
 秀一が立ち上がったのは日付が変わる五分前だった。報告書を封筒に詰め、後は明日、依頼人に手渡すだけ。秀一は一息入れようとキッチンに向かった。ヤカンを火に掛け、紅茶の缶とポットをカウンターに用意する。元々はコーヒー党だった。それが警察に入ってからというもの、煮詰まったコーヒーを一日に何杯も口にする生活が続き、そのうち胃がコーヒーを受け付けなくなった。紅茶党に変わったのはそのときからで、同じ飲むのであれば美味い方がいいと、ティーバッグではなくポットに茶葉を入れて飲むようになった。衣食住、全てにおいて頓着しない秀一の、それが唯一の拘りだった。
 ヤカンから蒸気が吹き出し始め、秀一はコンロの火を止めた。後はポットに湯を注げば秀一のささやかな休息の時間が訪れるはずだった、ノックもなしにドアが開くまでは。
「ちょうどええトコに来たな」
 いつものようにいきなり現れた辰巳は、キッチンに立つ秀一を見つけて言った。秀一はわずかに眉を上げて驚きを示す。いつもは手ぶらの辰巳が右手に小さな紙袋を提げ、左手には一週間前のカオリが持っていた以上に大きな花束を持っていた。嫌な予感を秀一を襲う。
「何も言わずにそれを持って帰れ」
「おいおい、せっかくのプレゼントにその言い方はないやろ」
 秀一の予感は的中した。今日は秀一の誕生日だった。秀一のことを調べ尽くした辰巳が知らないはずはない。
「どうせ平に買いに行かせたんだろう?」
「金を出したんはワシやないか。それに誰が買ってこようが中身は変わらんやろ。ほら、お前の好きな紅茶や」
 そう言って辰巳は手にしていた紙袋を秀一に差し出した。
「一番ええヤツを買うてこい言うたら、紅茶とは思えん値がしよる。さぞかし高級な味がするんやろ」
 秀一は紙袋の店の名前を見ながら、
「紅茶専門店か。どこにあるんだ?」
「ここからやと歩いていけるぞ」
 辰巳が店の場所を具体的な通りの名と目印になる建物を上げて教える。
「わかった。こっちだけはもらっておこう」
 花束は依然として辰巳の手に握られている。辰巳はそれを肩に担ぐと、
「花屋が気合い入れて作ったんやけどなあ。気にいらんのやったらしゃあない。返品してくるか」
 辰巳の言葉に、秀一は苦々しく顔を歪める。ヤクザの返品が一般市民に恐怖を与えるだろうことは想像するまでもない。
「それも受け取ればいいんだな」
 秀一は辰巳の手から引ったくるように花束を受け取った。
「全く、俺が花束を貰って喜ぶと思ったのか?」
 辰巳はにやついた顔で首を横に振る。
「花を買うたんはワシ用や」
「何だって?」
「お前が嫌そうな顔をするやろ思てな」
 相変わらずの悪趣味だった。辰巳には秀一を嫌がらせて喜ぶ悪い趣味があった。
「どうして自分の誕生日にお前を喜ばしてやらなきゃいけないんだ」
「残念やったな。お前の誕生日はもう終わった」
 辰巳が壁の時計を顎で示す。いつのまにか十二時を過ぎて日付が変わっていた。
「二分前からワシの誕生日や」
「今、何て言った?」
「誕生日が一日違いいうんも、なかなか運命的なモンを感じへんか?」
 秀一を嫌がらせるためだけに、およそ信じていない『運命』などという言葉を使う辰巳に、秀一は喜ばせるだけだと知りながらも眉間に皺を寄せてしまう。今にして思えば一週間前のカオリの物言いたげな様子も、カオリが辰巳の誕生日を知っていて、あのときそれを思い出したからなのだろう。秀一に言っても秀一が興味を示さないどころか嫌な顔をすると思い、カオリは黙っていることにしたに違いない。
「これではっきりしたな。星座占いがいかに当てにならないのか」
「それを言うんやったら血液型もやな」
 世の中に氾濫する占い本の類にどこを探せば辰巳との共通点が見つけ出せるのか、秀一は半ば呆れたような溜息を吐く。
「どうせ帰れと言っても帰らないんだろうな」
「当然やろ」
「だったらそこに座っていろ。この最高級の紅茶をお前にも入れてやる」
 思い返してみれば、この数年、警察に入ってから互いの誕生日を二人きりで過ごしたことなど一度もなかった。忙しさにかまけて記念日を祝う余裕などなかった。その相手が辰巳だということに引っ掛かりがないでもないが、余裕が出来た生活を喜んでみてもいいのかもしれない。
「紅茶で乾杯いうんも洒落ててええか」
 辰巳の言い方に秀一は思わず口元を緩めてしまう。
「洒落てるか?」
「洒落てへんか?」
 逆に問い返されて秀一は今度は声を出して笑った。そんな秀一に釣られたように辰巳も笑い出す。辰巳と二人でいてこれほど穏やかな時間を過ごすのは初めてだった。秀一は鼻腔をくすぐる紅茶の香りを楽しみながら、こんな誕生日もありだなと、ふとそう思った。


end.

 



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