Succubus Quest 短編 老司書の短い夢

Side Merja

- 賢者の贈り物 -

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「アイゼクト様、何か御用でしょうか?」

いつものように、メルヤがアイゼクトに問いかける。
いつものように、アイゼクトはメルヤにあれこれと頼みごとをする。

―――そんないつものやりとりが。
今日は、ほんの少し違っていた。

「今日は、メルヤ。お前に…その、感謝せねばと思うての」

「はわわわ…か、感謝なんてっ!そのようなお言葉をかけて頂けただけで
 メルヤは幸せですぅ!幸せで死んじゃいそうですぅ!」

「まあ、そう言うな。お前にはいつも助けて貰ってばかりじゃからの。
 たまには、わしにもお前を労わせてくれぬか」

「あぅう、そういうことでしたら…メルヤは、アイゼクト様に
 お願いがあるんですよぉ」

「何じゃ?何でも…いや、流石に何でもはマズいが…
 この間のようなことでなければよいぞ」

アイゼクトはこの間の一件―――メルヤとの交わりを思い出すと
ほんのりと頬を染め、一応釘を刺しておくかとばかりに先手を打った。
その言葉にメルヤも同様に紅くなり、慌てて否定する。

「あ、えっと…勿論、そういうことして頂けるなら嬉しいんですけどぉ、
 そうじゃなくって…ええっとぉ」

「なんじゃ、歯切れの悪い。遠慮なぞすることはないぞ?」

メルヤの様子にアイゼクトはじれったくなり、
思わずそんな言葉が口を衝いて出た。

「はぅ…それなら…メルヤ、アイゼクト様が作った
 『恋のお話』を読んでみたいですぅ!」

「…は?」


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*           騎士と魔物と夢物語             *
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―――今は昔のお伽の国で。

国中からいつくしまれ愛される、
それはそれは美しいお姫様がいました。

彼女はその美貌から白百合に喩えられ、
白百合の騎士、と呼ばれていました。

一方、隣の国…
国中から畏れられ敬われる、
それはそれは勇ましい王子様がいました。

彼はその勇敢さから黒薔薇に喩えられ、
黒薔薇の魔物と呼ばれていました。

―――魔物?

そう、隣国ドルヌスの王子は魔物。
ここネルトゥプ島、お伽の国ラミエル。
いわゆる『ヒト』の住まう国の、
本当に目と鼻の先には…
魔物の国があったのです。

ラミエルとドルヌスは火と油。
或いは炎と氷。はたまた、昼と夜のごとく
互い交わろうとせず、対立しあう国。

しかし、ラミエルの姫ケイトと
ドルヌスの王子イクスは…
悲しいことに、とてもとても深く、
誰よりも深く、愛し合っていたのです―――

(中略)

ケイトとイクスは互い手を取り合い…
全てを捨ててでも結ばれんと、茨の道を
進む決意をしたのでした。

(中略)

気づけばそこは、『言の葉の王』と呼ばれる
この世界の創世の神―――唯一絶対神と
崇められ拝まれている無二の存在の城でした。

イクスとケイトは覚悟を決め、
城への一歩を踏み出していました。

(中略)

言の葉の王は言います。

そなたらは何ゆえもがき、苦しむのだ?

イクスとケイトは答えます。

それは愛ゆえだ、と。

言の葉の王は憐れむように言います。

愚かなことよ。叶わぬ恋に身を堕とし
全てを投げ打つとはな。

イクスとケイトは言います。

私たちにとって、それが全て。
世界の全て。

言の葉の王は激しく嘲笑い、
どこか悲しげな面持ちで二人に言い放ちます。

そうか、ならばそなたらには…
我が夢の端くれを紡ぎしそなたらには、
せめてもの救いを与えよう!

我が胸の内…深き闇の中へと
いざなってくれようぞ!

そして、夢でひとつになるがいい!
陶酔のうちに、我と一つに!

そう言い切ると、言の葉の王は
その大きな懐へと、世界を
飲み込まんとするほどに
大きな闇の中へと…
二人を取り込もうとするのでした。

(中略)

言の葉の王は最後に一つ言いました。

そなたらは、幸せか?
叶うはずもない恋を夢見て幸せか?

二人は答えました。

例え世界の全てが私たちを拒んでも。
私たちの愛に変わりはない。
そして、それでも私たちは幸せだ、と。

その言葉に満足げに微笑んだ言の葉の王は
二人を慈しむかのような温かい言葉で
その愛を祝福するのでした。

まるで、我が事のように―――

(中略)

イクスとケイト。
黒薔薇の魔物と、白百合の騎士。

悲しくも美しい、二人の恋の物語は
これにて一つの終幕を迎えたのでした。

その先の物語は、誰にも語られず
ただ、夢物語として
人々の心に刻まれているのです―――

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「………」

沈黙するメルヤ。
俯き加減で、表情もどこか虚ろだ。

「ど、どうじゃったかの」

その様子を見て、自分の作った物語が気に入っていないのだろうか、と
危惧したアイゼクトは彼女に恐る恐る尋ねる。

「……敵」

ぽつりと呟くメルヤ。続けるアイゼクト。

「すまぬな、物語は読むほうが専門じゃから
 この物語もステラやローズニルに手伝って貰ったんじゃが」

「いかんせん、素人の拙い文章で…」

そこまで言いかけたとき、メルヤが大声で叫んだ。

「素敵ですぅ!メルヤ、感動の涙が止まりません〜!」

「ぬおっ!?」

アイゼクトはメルヤのあまりの大声に思わず仰け反る。

「こんな、こんな素敵な恋のお話…
 メルヤ、今まで一度も読んだことありません!
 アイゼクト様…本当にありがとうございます!」

「ああ、うむ。わしの完全な独創というわけではないから
 そのように感謝されても少々後ろめたくはあるのじゃがの…」

だが、メルヤはまるで聴いてはいなかった。
既に自分の世界に没入し、ほわわ〜ん、となってしまっていた。

「はぁ〜♥
 普段すっごく現実的なアイゼクト様がこんなにもロマンティックで
 いけない恋のお話をメルヤのために作って下さるなんてぇ…」

アイゼクトは彼女の意識を引き戻すようにゆっくりと語りかけた。

「まあ、喜んで貰えたなら何よりじゃ。
 …少しはお前への労いとなったかの?」

「勿論ですぅ!」

メルヤはそういうと瞳を輝かせ、物語についての感想を
延々と語り続けるのだった。

アイゼクトはそれも労いの一つ、と思い
彼女の言葉にただ黙って耳を傾けていた。

まるで孫娘の話を聞いている祖父のような心持ちではあったが
こういうのもたまには悪くないの、と思う自分もいた。

そしてふと、メルヤの言葉が途切れ…

「ん?どうした?」

メルヤはうっとりとした表情でアイゼクトを見つめていた。

「いえぇ…アイゼクト様は本当にお優しいなぁと思って」

「は?」

何を言われているのか良く分からない。
アイゼクトは思わずキョトンとした。

「だって、この物語…最後はきちんと
 ハッピーエンドに取れるようにしてくれていますから」

「まあ、わしに悲劇を作る才能がなかっただけじゃよ」

「うふふ、そうなんですかぁ?」

メルヤは笑顔を浮かべていた。
アイゼクトは何となしに気恥ずかしいような気持ちになり、
話を適当に逸らそうとした。

「ところでメルヤ。お前はこの物語の登場人物では
 誰が一番好きじゃ?やはり、白百合の…」

と、そこまでアイゼクトが言いかけたとき
メルヤがきっぱりと言った。

「メルヤは断然、言の葉の王ですね!」

その答えに思わずアイゼクトはポカンとした。

「…意外な答えじゃの?」

そう。
いわゆる、最後の敵である言の葉の王。
何故そんな人物をメルヤは好きだと言ったのだろうか。

「だって、言の葉の王は自らが憎まれ役になっても
 二人の仲を取り持つ架け橋になったんじゃないですかぁ。
 こんな素敵な人、好きになるに決まってますぅ!」

なるほどの、とアイゼクトは思った。

「それに、なんだかこの人…アイゼクト様そっくり」

確かに。
無意識ではあるが、『言の葉の王』と呼ばれるその人物には、
悲恋の辛さを語る人物として自分自身を投影していたのかも知れない。

自分自身の、サフィとの叶わぬ恋。
それをイクスとケイトの恋に当て嵌め、憐れみ、
まるで我が子のように二人の行く末を案じ、
悪役を演じてでも二人の幸せを願った。
その恋が叶わぬときは、せめて安らぎのうちに…夢で交わらせてやりたいと。

この考え方が若干、夢魔に毒されているなと苦笑しながらも
アイゼクトはなんとなく、親を持つ子供とはこういった気分なのかも知れぬな、と
妙に優しい気持ちになるのだった―――

「アイゼクト様っ」

にわかにボッとするアイゼクトにメルヤが語りかけた。

「ああ、なんじゃ?」

「こんな素敵な物語をメルヤにプレゼントして下さって、
 本当にありがとうございました!メルヤ、一生の宝物にしますよぉ!」

「ははは、大げさじゃよ。
 わしはただお前に喜んで貰えれば、そう思っただけじゃからの」

「うう…感動ですぅ。感激ですぅ。
 いくら言葉を並べてもこの気持ちは伝えきれないですよぉ〜」

うるうると目を輝かせ、メルヤはまた自分の世界に入ってしまった。

アイゼクトはしんみりと、そんなメルヤを見つめながら思った。

幸せじゃな、と。

今まで…このように穏やかな気持ちになった事はあったじゃろうか?

歳を取って、わしも弱気になったかの。

自嘲気味に笑いつつ、アイゼクトは不思議と暖かい気持ちに包まれていた。

それはとても小さな、しかし自分が望んでやまなかった幸せなのかも知れない。

アイゼクトは、無邪気に微笑うメルヤの顔を見つめ、そんな風に思うのだった。

-Fin-