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法話集

安易に苦から逃げずに努力(精進)を

 
昔話をしてみたいと思います。ある所に千万長者(現代風にいうとゼロが幾つも付く億万長者ということになるのでしょうか)がいました。ところが長者には子供がいませんでした。そこで、何とかして跡取りを得たいと思い、「親孝行したい子供を求める!試験に合格した者には家の財産すべてを与える」という触れを出しました。すると財産目当てに沢山の少年が集まって来ましたが、試験をしてみると次々と不合格になってしまいました。 最後に、親孝行をしたいと思いながらも、既に両親を亡くしたという少年が現れました。「親孝行をさせて貰えるというのはこちらですか?」
長者の主人が「そうだ、何故もっと早く来なかったのか」と尋ねると、少年は「私のような貧乏人が、こんな立派な家で親孝行できるかどうか心配でした。悩みに悩んだ末、今日は決心して参りました。 どうか親孝行させてください」といいました。主人は「親孝行というのは大変難しいことだが、出来るかね」といい、少年を井戸端に連れて行きました。そこには大きな樽があり、主人は、樽を指しながら「明日の朝、一番鶏が鳴くまでに、このつるべで樽一杯に水を汲み入れなさい」といいました。
少年が井戸のつるべをよく見ると底がありません。 試験に不合格となった少年たちも、同じ事をいわれたのですが、皆が皆「そんな馬鹿な事が出来るものか」といって自ら立ち去ったのでした。ところがこの少年は、こんな易しい事で親孝行が出来るとばかりに、一心不乱に汲み始めました。 底のないつるべといえども僅かな水滴が付いてきます。 それを樽に振るい落としながら、一番鶏の鳴くのも知らずに汲み続けました。
翌朝、黙々と汲み続ける少年は、 主人が出て来て声を掛けても分からず、背中を叩かれ「オイ!」といわれて初めて気付きました。樽を見ると、一杯に水が溢れ、辺り一面にこぼれ出ていました。その光景に、少年は「ああ、水が汲めた、親孝行できた」と大喜びでしたが、それにも増して喜んだのは主人でした。そしてこの少年は千万長者の跡取りになりました。
実は、この話は色々な形で全国各地方に伝わっているようで、 例えば少年が嫁いだはかりの花嫁さんで、長者の主人が嫁いだ先のお姑さんや隣のお婆さんに替わり、努力や辛抱する気持ちの大切さを教えています。よく、人は「若い時の苦労は買ってでもしろ!」といいます。 もちろんここでいう「苦労」とは「色々な経験」といった類の意味でしょうが、仏様は、「しなくてもいい苦労はせずに、すべき苦労をしなさい」といわれます。 この物語にあるように、僅かな水でも一晩中汲み続ければ樽に水を溜めることが出来ることから「すべき苦労」となりますが、 もし樽の底が抜けていれば、いくら汲み続けても水が溜まることはなく「しなくてもいい苦労」ということになります。
つまり物事はよく考えて、もし努力の結果が僅かでも得られるという期待が持てるのであれば努力すべきであるということです。 ところがこれが難しく、先の話で財産目当てに集まり、底のないつるべを見るや退散してしまった多くの少年のように、努力する価値を見い出せず、その結果何をしたら良いのか分からずに悩みの淵に落ちてしまっている人たちが世の中には沢山います。そこで、その難しさを克服して、見事、修験道の開祖とまでいわれるようになった人物のお話を紹介します。
日本七霊山の一つとして数えられる四国の石鎚山は、 今から1300年の昔、 役小角(えんのおづぬ)により開山された修験道の霊山です。この石鎚山の中腹には「成就社」という神社があります。どうして「成就社」と名付けられたかは後で分かりますが、役小角が、心身を清め山頂を目指していた時の事です。 どうしても神意を感得することが出来ず、力尽きて下山しようとしたところ、ある神社の境内で一人の白髪の老人に出会いました。見たところ樵(きこり)でもないその老人は、ひたすらに斧(おの)を研いでいます。不思議に思って訳を尋ねてみると「この斧を研いで針にする」とのことでした。 この言葉に感銘した役小角は、再び行を続け、めでたく西日本最高峰の石鎚山を開山することが出来ました。実はこの時の老人が石鎚山の神であったといわれ、心願叶った役小角が、改めて山頂を見返し「わが願い成就せり」と拝したことから「成就社」と名付けられました。
仏教には「一切皆苦(いっさいかいく)」という言葉があり、世の中の全てのものは苦しみであると説いています。ここでいう「苦」とは「自分の思い通りにならない」という意味で、生まれて来る事、老いる事、病気になる事、死ぬ事を、誰も避けられない「生老病死」の四苦としています。そして愛別離苦(あいべつりく:愛する人と別れる苦しみ)、怨憎会苦(おんぞうえく:怨み憎む人と出会う苦しみ)、求不得苦(ぐふとくく:求めるものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦(ごうんじょうく:心身の機能が活発なために起こる苦しみ)を加えて八苦ともしています。
心静かに平穏に生きようと思っていても、これだけの苦があるのが人生です。そんな苦から少しでも解放されたいと願うなら、 先ず努力する価値を疑うことなく「どうか仏様、私はいくらでも努力をしますから導いてくださいますようお願いします」と心から祈ることです。 もちろん、努力する(仏教では精進するといいます)ことを心に固く誓って祈ってください。 努力できるか出来ないかの違いは決心の強さにあると考えます。 一人でも多くの人が法の力による仏様の加護を得て導かれることを心より願っています。
                                                          合 掌

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