環境白書概要(H8)第2章 第1節 生物多様性と人間の生活
第2章 生物多様性と環境効率性の視点から考える環境保全
第1節 生物多様性と人間の生活
□生物多様性とは
「生物多様性」には、自然生態系を構成する動物、植物、微生物など地球上の豊か
な生物種の多様性、その遺伝子の多様性、そして地域ごとに様々な生態系の多様性が
含まれ、遺伝子、種、生態系の3つのレベルでとらえられる。
遺伝子の多様性とは、同じ生物種であっても、色や形などが異なる遺伝子の変異の
大きさをいう。遺伝子の多様性は、その種の環境の変化に対する適応性を左右する。
種の多様性は、ある地域内の生物の種数としてとらえられる。現在、世界で学問的
に確認されている生物種は約 175万種であるが、実際には 1,000万種ないし1億種が
存在するともいわれる。
生態系の多様性とは、森林、草原、海洋等それぞれの場所の環境に応じて成立して
いる生態系の多様さを指す。種の多様性は、その生息する空間の多様性などに影響さ
れる。
生命の誕生以来、約40億年という長い時間をかけて、生物と環境は相互に作用を
及ぼし合い、お互いを大きく変化させてきた。生物はそれぞれ異なった環境に適応し
た機能や形態を持つように分化していき、現在の生物多様性を作り出した。
自然は、ある程度破壊されても元通り回復する力を持っているが、その力の源は
様々な環境に適応する多様な生物の力である。言い換えると、生物圏としての地球の
根源となっているのが生物多様性であるといえる。
□生物多様性がもたらす恵み
我々の暮らしは、生物多様性がもたらす恵みによって成り立っている。その価値は
次のように分けられる。
生物の活動は、土、河川、地下水、大気中の酸素を作り、気候を調節するなど、人
類を含む生物自身にとって良好な環境を形成し、調節している。(環境の形成・調
節)
日々の生活と経済活動にとって必要な資源の多くは、食料、衣類、医薬品、さらに
は石油・石炭等生物を起源とするもので占められている。(生産・経済的価値)
また、人間は自然との交流を通して自然の摂理を学び、美意識や情操を養い、自然
を芸術や信仰の対象とし、レクリエーションを楽しみ、やすらぎを得る場としてき
た。(文化的価値)
現在、農作物、家畜、医薬品等として人間が利用している生物種は、全体から見れ
ばごく少数である。広範な単一種栽培により、地域的な多様性が失われ、環境の変化
や病害虫に対して壊滅的な被害を生じるおそれがある。他方、あまり注目されていな
かったマダガスカルのツルニチソウの仲間の中からガンに効果のある薬品が採取され
た例もあり、未知の生物の中に将来人類の生存を左右するようなものが隠されている
可能性もある。
地球生態系の健全性が生物多様性の上に成り立っていることを考えれば、人類は一
つの生物として自らも多様性という自然の摂理に従い、その保全に努めていくことが
、持続可能な発展を通じて真に豊かな社会を構築していくことを可能にするものとい
えよう。
□我が国における生物多様性と人間の生活
我が国は、南北約 3,000kmに広がり、起伏の大きい地形、亜熱帯から亜寒帯までの
気候帯に加え、四季の多彩な変化があり、これが豊かな森林を育て、また、大陸との
連続、分断を繰り返した地史も相まって、豊かな生物多様性がある。
また、水田や畦畔、雑木林など、人間の営みにより維持され、人手の加わった環境
の中にもトンボやメダカ、オオムラサキやカブトムシなどの生物が見られ、それらと
のふれあいの中から、自然と人間を一体的にとらえる日本人の伝統的な自然観が形成
されてきた。
しかし、現代ではこうした地域の環境が次第に都市化し、変化するにつれて、これ
らの生物が著しく減少したり、日本人の生活において身近なところでの自然とのふれ
あいが希薄になっている。
□失われゆく生物多様性とその保全手法
生物は、40億年の歴史の中で環境の変動により多くの種の絶滅を経験したが、人
間活動による生物種の絶滅はかつてない速さと規模で進んでいる。その速さは自然の
状態の50〜 100倍と推定され、生息地の喪失等に起因して数万種の生物が絶滅に向か
っているといわれる。
生物多様性の減少は、人口の増加と経済発展、生物多様性の価値に配慮しない人間
活動等に起因する。
生物多様性を守るためには、まず生物を自然の生息・生育地において保全すること
が重要である。生物の生息は、より広く保全するなどの原則が示されている。また、
生物や生態系の生産能力を越えない持続可能な利用が行われなければならない。生物
を自然の生息地以外の場所で保全する方法は、あくまで生息域内保全を補完するもの
である。
生物多様性に配慮した「近自然工法」等と呼ばれる河岸や湖岸の改修事業が、ドイ
ツやスイス、我が国で行われている。このように、生物多様性を守るには、本来そこ
に生息する種を、それを含む環境ごと維持するように地域の特性に適合した計画的な
取組が必要である。
□生物多様性の保全に向けた取組
動植物や自然環境を保護するため、ワシントン条約、ラムサール条約、世界遺産条
約等が国際的に合意されたが、1993年には生物多様性条約が発効し、我が国もこれに
基づき1995年10月に生物多様性国家戦略を決定した。
生物多様性国家戦略は、生物多様性に関する長期的な目標と今後の取組の方向を明
らかにし、各省庁の施策を体系化するものである。また、生物多様性の保全への国民
の関心と理解を深め、地方公共団体、事業者、民間団体等の取組を促進するものであ
る。
地域の特性をいかした生物多様性の保全に取り組んでいる例として、湖岸のヨシ原
を地域を特徴づける自然生態系として位置づけ保全する滋賀県の「ヨシ群落保護条
例」がある。
□地域の自然と共に生きる豊かな生活
近年の意識調査からは、人々の環境問題への関心が高まっていることが窺われるが
、実際の行動にはなかなかつながりにくく、地域の環境づくりに結びついていかない
傾向が見られる。こうした中、実際の体験を重視した新しい自然との接し方を模索す
る動きも出始めている。
その地域の自然や生活文化を破壊することなく、これとより深くふれあい学ぶエコ
ツーリズム、自然をより深く理解し、接するための自然学習・教育の場である自然学
校等がある。
多摩ニュータウン周辺の酪農農家と周辺の市街地に住む都市住民が交流し、無理の
ない範囲で農作業を楽しみ、多摩丘陵の豊かな自然をいかした暮らしやすい地域づく
りを進めるための活動を行っている事例がある。
古来、我が国の自然は多彩で豊かであり、同時に人とのかかわり合いの結果として
、豊かな文化を形成してきた。この多様で豊かな個性を、それぞれの地域における
人々の交流を通じて自立的に見直し、将来世代と共有していくことが、地域の環境づ
くりを考えていく一つの方向といえよう。ひいてはそれが地球全体としての生物の多
様性、持続可能な発展の実現にもつながると考えられる。
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