〜序幕〜   熱・烈・歓・迎!! 空技廠

       
                                   by Microsoft cfsT: black zero type52


〜由来〜


空技廠とは〜   (旧日本海軍編)

空技廠とは既にご存知の方も居るかと思いますがこれは省略名称で、正式には海軍航空技術廠であり、モノの本によれば昭和7年4月から終戦に至った昭和20年8月まで運営され、実に13年5ヶ月間存在した日本海軍の、、、というより戦前戦後を通して日本国内最大の航空研究機関との事です。所在地としては日本海軍航空隊のルーツとも言うべき、神奈川県追浜の横須賀航空隊に隣接して開設され、当初は航空技術廠と言う名称にて機能していたそうです。当時は当然軍事系が主である為、日本軍特有の(というよりも、今の日本企業も継承している?)度重なる組織再編等によって構成・人員が変化する度にその名称も変化させ、最終名称としては第一技術廠にて閉設(解散)された模様です。又機能と内容としては、航空機の設計・試作・改造・審査・整備と新型兵器及び特攻機の研究開発など数多くのテーマを与えられていましたが、最悪の生活物資環境下であったにも係わらず技術者根性にて職務を遂行していたそうです。歴史上実在した”空技廠”に興味を持たれた方で、もっと詳しく知りたいと思う方は以下の書籍を購入されたらいかがでしょうか? とても奥の深い内容ですよ!


           光人社  発刊    【海軍・空技廠 全】  定価 ¥2800円



                                         
by Microsoft cfsT:shiden-kai prot



空技廠とは〜   (プライベート工房編)

物心が付いた頃より旧日本海軍機が好きで好きで・・・・・(すみません他国の航空機には全く興味が有りませんでした。)それも有名機体ではなくて、改造機や試作機、構想・想定機などに異様に惹かれよく、町の模型屋さんに出向いては名前も付いていない(多分試作番号か呼称記号程度)飛行機のプラモデルを購入して、下手な製作を行い色々な空想にふけて遊んでおりました。そんなある時、ひょんな事からどんな会社が考えていたのかなぁ?と思いプラモデルの箱を良く見てみると”空技廠”という文字が目に留まったのです。普通は、有名どころでは中島、三菱、川崎とか書いてあるのですが読み方も判らない会社?名が載っている事に気づいてしまったのです。その時は”なんだこりゃぁ?”で終わってしまいました。しかし!! つい最近になり小生の約0.5MBの脳ミソにデーターが残っている事が判明し、ごく自然に(勝手に指が検索してました。)調べてみた所、とんでもない夢と技術と根性を持った人達の集団であった事が判りました。それで、少しでもこの先輩諸氏の精神(もちろん技術では無理なので、根性!)にあやかろうと考え、命名しました。恐れ多き事ではありますが今の所、実在した”空技廠”との共通項は微塵もありません。敢えて言うならば小生も飛行機が好きで無線操縦飛行機をちょっぴり嗜み、良い事に?人と同じ物は出来るだけ飛ばしたくないし、簡単に飛ぶのも????という思いを持つ捻くれ者なので、(でも自作する程の腕も技術もなくて・・・・)キットを購入しては小さな改造から無理論な大改造までを施して悪戦苦闘をしております。こんなひね者に多少でも賛同(同情?)して頂き、尚且つ 飛ばぬなら飛ばして見せようラジコン機!と言うガッツ??のある方は是非、挑戦してみてはいかがでしょうか? 

(最低ラインの【飛ぶ事】とある程度の【機体強度】は確保致します。)