インクをつけて刷る前に、仕上がりが予測できる木版画の小技をご紹介します。
今年度、5年生29名に酒井式描画法「鏡の中の自分」を木版画にして取り組んだ。
下がき4時間、彫り6時間で版を完成させた。
彫りは陽刻(線を残し面を彫る)で行った。陽刻で注意が必要なのは、彫りの流れである。
例えば、鼻は高いところから低いところへ。
例えば、頬はうずまき状に丸みをつけて。
例えば、あごは輪郭線を生かした流れで。
つまり、彫りの進め方は酒井式描画法の筆づかい一致するのである。
そこで指導の時には、彫る部分を指定して、彫りの方向を板書で確認してから彫らせた
「次は頬です。一番高いところを触ってごらん。そこからぐるぐるとほっぺたを触ってみよう。」
ぐるぐると口に出して触る子がいる。「なるとみたいだね」との声あった。それを生かし、
「なるとのようにすれば頬の丸みがでるね。(黒板に図示)こんな流れですね」
と、彫る方向を確認した。その後、鉛筆で彫り進める方向をうずまき状にかかせてから、彫刻刀で彫り進めていった。
このような指導で、部分ごとに完成させていった。
頬を彫っているときである。
「先生、丸くなればいいんでしょ。」
という児童がいたので、安直に「そうだよ。」と言ってしまった。
机間指導をしながらその子のところに行ってみると、頬の外側を丸く彫り、その中を縦線で彫ってしまっていた。
鉛筆で彫りの方向をつけさせているが、その子にとっては意味がなかったのだ。
また別の児童から、「なんでこう彫るんですか?」との疑問もあった。その子には、
「絵の具でかくときに筆をそうやって動かすでしょ。彫刻刀も同じだよ。」
と言ったが、納得していない様子であった。
子どもたちには印刷をしたときに浮かび上がる線が、具体的にイメージできないでいたのである
彫っている版木を見て、印刷後をイメージするのは子どもたちには難しいと痛感した。
そこで、頬を彫っている途中に手を止めさせて、素早く半紙と4Bの鉛筆を用意した。
片方の頬をほぼ彫りきっていたA児の版木を借り、子どもたちを注目させた。
「Aさんが左の頬を完成させたので、印刷をしたらどうなるかやってみますね。」
版木の上に半紙を置き、4Bの鉛筆の芯を立てないように寝かせて、ざっと黒く塗った。
すると、ものの数秒間で彫ったところが浮かび上がるのである。
こすり出し(フロッタージュ)という技法である。誰でも、コインなどを写し取るのに使ったであろう、簡単な技法だ。
「印刷をするとこんな感じになります。彫った流れが出るんですね。頬の丸い感じが出ているでしょう。」
子どもたちは、「すげー」と言って注目していた。
その後、自分たちでやってみたいという要望がたくさん出たので、印刷室からミスプリントのあまり紙を持ってきて、自由に子どもたちに使わせた。
こすり出しをすることで、具体的にイメージできなかった子もその意図が分かったようである。
フロッタージュと、完成作品。
こすり出しを見せるときに、後ろの子から見えないという苦情があった。今回は試していないが、クレヨンならばもっとはっきり出るであろう。
こすり出しをするときには、薄い紙で行う必要がある。厚いとこすっても出てこない。
さらに、柔らかい芯の鉛筆を使うべきである。固い芯で力強くこすると、版木を痛めてしまいかねない。
今回は木版画で使用したが、紙版でも板紙凸版でも、おおよそ凹凸の出るものであれば全てに応用可能である。
しかしあくまでも小技である。彫りが長時間続いたときに適宜入れると、短時間で気分転換にもなり集中力が持続した。反面、完成作品とそっくりにはならない。時間があるのであれば、インクを使って試し刷りをすることをお薦めしたい。
(C)TOSS TOSS空知・角銅 隆