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物忌異談 籠三蔵 |
現代雨月物語 物忌異談 籠三蔵 竹書房怪談文庫 「半額スーツ」 『ほら、何とか紳士服とか、よくある店。一着買うと二着目が半額になるヤツ。ええ、新品でしたよ。 だから呪いとか祟りとかは関係ないと思いますけど・・・・』 電子機器メーカーの営業職であるSさんは半額品ラックの中から二着目を探したが、体格の良い彼に合う 品はそのスーツだけだったそうである。 週明けのある日。ふと気が付くと、Sさんは半額スーツを着て会社に向かっていた。 (あれ? 何でこれ着ちゃったかな?) あまり気にせず出社すると、朝一番に突然、上司から静岡への出張を言い渡された。首尾よく商談を纏め 東京に帰ろうとすると、名古屋でシステム障害があり、そちらへ向かって欲しいと連絡が入った。 エンジニアのSさんは機器の調整も行える。ホテルに泊まり、翌朝名古屋の顧客先へと向かってトラブル解消。 すると奈良県の顧客でもシステム障害が発生、その次は京都へプレゼンに向かって欲しいと連絡がはいる。 さすがに不穏な流れを感じ始めた。 だが、プレゼンで商談を纏めると上司は『明日は有休にするから、週末京都見物でもしてこい』と気を利かせてくれた。 勘ぐり過ぎだったかと、宿で缶ビールを傾けていると、その場所は実家の大阪からほど近いところだと気付いた。 明日にでも顔を出すか、と思っていたら携帯が鳴った。兄嫁からだった。 父親が倒れて、たった今病院へ搬送されたという。 慌ててタクシーで病院へ駆けつけると、父親は既に息を引き取っていた。 死因は脳梗塞。 『おまえ、その格好・・・』 泣き濡れた母親と兄夫婦が、怒ったような表情で彼を振り返った。 Sさんの着ていたそのスーツは、無機質でしっとりとした黒一色。 喪服と呼んでも過言ではなかった。 『そんな験の悪い服を着るからだと、母親からは滅茶苦茶怒られました。出先だったんで、そのままネクタイとベルトだけ 換えて葬儀に参列しましたが、誰もビジネススーツだと気付かなかったんですよ』 その不吉な半額スーツは、また誰かが亡くなっても困るという理由で、カバーを掛けてクローゼットの一番奥に押し込めて あるそうだ。 |
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現代雨月物語 物忌異談 籠三蔵 |
現代雨月物語 方違異談 籠三蔵 竹書房怪談文庫 「粉雪」 その年の正月明け、この町で幽霊が出そうな場所はないかと尋ねたら、漁港近くの飲み屋が良いとのことで 連れて行ってもらった。粉雪のちらつく、寒い晩だった。 なるほど、落ち着かない。テーブル席に着くと背後に妙な気配を感じる。 突然ドアが、バタン と音を立てて開いた。 店内の客の視線が一斉に集中する。開いたドアの外には、誰の姿もない。 暫くすると、再びドアは大きな音を立てて閉じた。 そんなことが二、三回続いて常連客がざわつき始めた。 『風だよ。風』 引き攣った顔のマスターがカウンターをもぐって出て来ると、ドライバーを片手にドアレバーをいじり始める。 だがよく見ていると、マスターはレバーの隙間にドライバーを差し込んだだけで、何の調整もしていない。 『ちょっと失礼、電話するところがありまして』 携帯電話を掛けるふりをして店の外に出ようとする。レバーを引くとストライカーはきちんと機能していた。 しかも、入る時には気付かなかったが、カラオケに対応するべく防音材を挟んだドアは分厚いもので 片手で開けるには可なりの力が必要だ。 店外に出ると、風が吹いていた様子は全く無かった。 |
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| 方違異談 現代雨月物語 籠三蔵 竹書房怪談文庫 「スコップ」 千葉県にある、薬師堂の氏子総代・Mさんから聞いた話である。 Mさんが体調を崩して寝込んでいた時のこと。 病院へ行っての診断結果は、顔の下組織の眼底と鼻骨の隔膜が切れて内出血し、膿んでしまった。 薬で散らす処方を受けたのだが、その膿が血管を経由して脳に回れば命に関わるとのこと。 微熱と痛みに魘されていると、夢の中にふあぁあんとお薬師様の厨子が現れ、中からお薬師様と 日光・月光の二仏がお見えになった。 薬師如来はその名の通り、東方浄瑠璃世界の教主といわれ、十二の大願を発し、天上の瑠璃光を以て 衆生の病苦を救うとされた仏様だ。 (ああ、助かった。お薬師様が来てくださった・・・・) 夢の中で合掌しながら、Mさんは如来様に 『この痛みと苦しみを、早く何とかしてください」と願い出た。 『申し訳けありません。実は私、両手が使えないのです。だから、あなた様の御面倒は看れないのです』 如来様の返答は、こうのような意外なものだった。 Mさんは、ちょっと声を荒げて 『ちょっとあんた、仮にもお薬師様でしょ? 病気を治す仏様でしょ? お薬師様がそんなんで、一体どうしろって言うんですか!』 『そう申されては私も困りますので、仕方ありません。脇侍の日光・月光にあなたの面倒を視させましょう』 すると、左右の蓮の上に鎮座していた両菩薩が何かを手にして、ずんずんとMさんの元に近寄って来る。 よく見ると、ふたりの菩薩が手にしているのは≪スコップ≫だ。 (え? なにそれ?) 仰天するMさんを尻目に、日光・月光の菩薩が柔和な笑みを湛えながら、それぞれのスコップを大きく 振り被った・・・・・ (ち、ちょっと待って!!) 翌朝、Mさんが目覚めると、顔面の痛みは退いて熱も下がり、目の底にあった大量の膿は無くなっていた そうである。 |