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怪社奇譚 二十五時の社員 黒木あるじ だいわ文庫
「乗員」
Jさんは巨大高層マンションの管理センターに勤務している。
いつものように管理室でモニターを眺めていたJさんは、エレベーターへ乗り込むひとりの
老人を発見したのだという。
時計を見れば午前二時。
老人の年齢から考えて、夜更かしとも、起床したとも考えづらい。
前月に徘徊癖のある老人が行方しれずになったこともあり、現場へ急行することにした。
同僚へモニターを見ておくよう伝えて、彼はエレベーターホールへ向かった。
現場に着いてみると、老人の姿はどこにもない。
エレベーターを調べても、老人を乗せて一階へ到着したあとは動いた形跡がない。
『すでに外へ出てしまったか』 と慌ててエントランス周辺を捜索してみたが、それらしき
人影は見当たらなかった。
首を傾けつつ管理室へ戻ると、同僚がきょとんとした顔で見つめてくる。
居なかった旨を伝えると、まだ居ると言う・・・・
『さっき、Jさん・・・・このお爺さんの鼻先まで近づいて、あたりをキョロキョロ見回して
いましたよ』
嘘だろ・・・そう呟いたと同時にモニターの老人が笑いながら手を振りはじめた。
直後にモニターは消え、数秒後に復旧した画面に老人の姿はなかった。

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全国怪談 オトリヨセ 恐怖大物産展 黒木あるじ 角川ホラー文庫
「おんなごころ」
その日、NPO職員の三浦さんは大阪市のH区にいた。
取材のためだったが、約束の時間よりだいぶ早く到着たので付近を散策することにした。
ある寺の塀の横目で歩いていると・・・
『もし』 突然、背後から声がした。
振り向くと、着物姿の女が立っており、うつむき加減の顔には黒髪がばさばさとかかっている。
『寺の門はどちらで』
女は顔を上げぬまま、細い声で言葉を続けた。
『すみません。私も余所から来たもので・・・このあたりは詳しくないんです』
『寺の門、どちらで』 こちらの話が聞こえていないのか、同じセリフを繰り返す。
『ですからね、わたしね』 焦れるあまり、女の方へ歩み寄ろうとした瞬間、影がおかしいと気付いた。
燦燦と陽が照っているというのに、影がない。
口を噤むと同時に、百メートルほど走って逃げた。
振り向いた時は女の姿はなかった。

取材を終え、先ほどの女の話をすると・・・
『ああ、それは大念仏さんとこの、お化けちゃいますか』
女性は、こともなげに言った。
『あそこのお寺さん、年にいっぺん幽霊の残した着物の袖を展示してますねん。ですから、その人』
『でも、ああやって出てくるということは成仏してなくて、この世に恨みか未練があるのでは?』
すると、女性が笑いながら・・・
『あんた、野暮やね。袖だけとはいえ、自分の着物をぎょうさんの人が見学するでしょ。
そら地獄だろうが極楽だろうが、気になって様子くらい見に来ますわ』
女いうんは、そういうもんです。

『あれから数年経ちましたけど、野暮が治らない所為か、未だに独り者ですよ』

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全国怪談 オトリヨセ 黒木あるじ 角川ホラー文庫
「猫の居る部屋」
編集者のJさんが、祖母から聞いたという不思議な話を教えてくれた。
ある放課後、祖母は同級生の家に遊びに出かけた。
縁側で遊んでいると、ふいにどこかで『にゃあ~』と聞こえた。
養蚕農家にとって大敵の鼠を取るには、猫は必要不可欠であった。
この家も当然、猫がいるものと思い『にゃんこ見せて』とお願いするが、猫はいないという。
しかし、猫の声は絶えず聞こえてくる・・・
『もしかして』 同級生が唇に人差し指を当てると、静かに祖母の袖を引いた。
向かった先は、廊下の奥の和室だった。
『ちょっとだけ襖を開けて覗かないと、逃げちゃうから』
なんだ、やっぱり猫がいるんじゃないか。どうして、いないなんて言うんだろう。
部屋の中には、何も描かれていない無地の掛け軸がだらりと下がっており、その手前で
一匹の猫が遊んでいた。
『運がいいね。めったに見られないんだよ』と同級性。
そこへ同級生の父親が帰って来て
『おお、ウチの猫絵がまた遊んでいるか。ま、アレがあるからウチではお蚕さまが
鼠にやられねえんだ』

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怪の地球儀 黒木あるじ ハルキ・ホラー文庫
「効能注意」
メキシコ人のマリアさんからうかがった話である。
彼女の知人で現在はアメリカ在住の女性、アイーダさんの体験だそうだ。
アイーダさんは二十代のころ、メキシコシティに暮らしていた。
ある日、彼女が売るタコスを贔屓にしている、魔術グッズを営む店主から何か買うように求められた。
しかたなく彼女は、お礼のつもりでたまたま目についた小ぶりの石鹸を買い求めた。
紙幣を数えながら、店主が彼女を見てニヤリと笑う。
『ウチのは市販品と違って、特別調合の本物だからな。まあ、気を付けて使いなよ』

その日の夜である。
彼女の八十歳になる祖母に、隣の若者が接吻をし続けるという事件が発生。
冷静になった若者曰く
『麻薬などやっていない!お宅のお祖母さんを見たら気持ちが抑え切れなくなって・・・・ 』
祖母は、家を出る前のシャワーでアイーダさんが購入した石鹸を使用していた。

『なんでも、旅行に来たニューヨーカーが彼女にひとめ惚れして、その日に求婚されたの』
この意味、わかるわよね。
マリアさんは不敵に笑って、話を全て終えた。

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怪の放課後 黒木あるじ ハルキ・ホラー文庫
「参観日」
ワタナベさんという女性の小学時代の出来事である。
その日、彼女のクラスでは授業参観が行われていた。
生徒の親が教室の最後部に並び、子供たちの授業の様子を見守る。
生徒は緊張しているのか、先生に指名されると普段よりかしこまった態度で答える。
その様子に笑いがこぼれる。
そんな中、一人だけが暗い雰囲気だった。
授業参観の1ヶ月前に癌で母親を亡くしていたナオユキ君であった。
ワタナベさんは、ナオユキ君を気にかけていたが、言葉を掛けることもできなかった。
授業が終盤に近づいた頃、担任が暗い顔をしているナオユキ君に気がついた。
担任は黒板に書かれた計算式を答えるよう彼を指名した。
指名されたナオユキ君がのそりと立ち上がり、じっと考え込んだ。
答えがわからないのかと思い、いたたまれなくなったワタナベさんが代わりに手を
挙げて答えようとした瞬間・・・
『なおゆき』
教室中に女性の声が反響した。
その声は、ワタナベさん自身も聞き覚えのある、ナオユキ君の母親の声だった。
ナオユキ君は、音が聞こえるほどの涙を机に零しながら答えを口にした。
『正解です』 鼻をすすりながら担任が頷く。
誰からともなく湧きあがった拍手は、しばらく鳴りやまなかった。

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怪の職安 黒木あるじ ハルキ・ホラー文庫
「メイキャップアーティストの嗚咽」
ベテランのメイキャップアーティストであるXさんの元へ、顔なじみの大女優から電話が
入った。
「メイクをお願いしたいんだけど、明後日って時間ありますか?」
翌々日メイクに伺いますと約束して電話を切った。
ところが、当日の場所や時間を聴き損ねていたことに気付いた。
慌てて履歴を探して、電話をかける。
電話に出たのは、大女優の息子にあたる事務所幹部だった。
「母は、急性心不全で今朝亡くなりました。」
驚いて、今しがたのやり取りを告げると、受話器の向こうで息子が嗚咽を漏らした。
「おふくろ・・・いつもあなたのメイクは優しい表情になるって褒めていましたから。
きっと、最後の姿も化粧をして欲しかったんだと思います。」
改めて息子から依頼を受けた彼女は、葬儀当日、大女優の死に顔にメイクを施した。
参列を終え、タクシーを呼ぶためにXさんが携帯電話を確認すると、1件の不在通知が
履歴に残されていた。
あの大女優の番号だった。
「ありがとうって、言われているようで。今でもその履歴、消せないんです」

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無惨百物語 ておくれ 黒木あるじ メディア・ファクトリー
「ヲわリ」
読者の女性から届いたメールである。

その夜、彼女は怖い話が九十九話おさめられている本を布団に潜ったまま読んでいた。
夢中になって読みふけり、最後の一話を読了したときはすでに日が変わっていた。
達成感をおぼえつつ、ページを閉じる。
『もぉイちわでヲわリ』
間延びした子供の声が布団のなかから聞こえたと同時に、みしみしという足音が廊下から聞こえた。
驚いて戸口へ視線を移す。
わずかに開いた扉の隙間から白い指が消える瞬間だった。
その日は電気を消さず、布団を被って朝を迎えたという。

以来、夜に怖い本を読むのがめっきり苦手になったそうだ。

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無惨百物語 みちづれ 黒木あるじ メディア・ファクトリー
「いきさき」
Nさんの飼っている九官鳥のロクスケは、ある日突然教えてもいない言葉を喋るようになった。

『ゴメン、ジゴクダッタ。 ゴメン、ジゴクダッタ』

言い始めたのは、癌で急逝した旦那さんの四十九日の、翌日からだそうだ。

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無惨百物語 にがさない 黒木あるじ メディア・ファクトリー
「寺障子」
S君の遠縁にあたる人物に寺の住職を務める男性がいた。
ある日のこと、S君はいつものように寺を訪ね、住職と炬燵に入って蜜柑を食べていた。
点けていたテレビでは、いろいろな物を鑑定する番組が放送されていた。
S君は住職に寺の仏像の値段を聞いてみた。
しかし、住職の答えは 『仏の価値は銭じゃない』 とS君の満足する答えでなかった。
S君の様子を見ていた住職が
『じゃ、面白いものを見せてやろう、そのかわり誰にも言うなよ』
と言うなり炬燵を抜け出し、本堂と逆の方向へ歩いて行った住職をあわてて追った。
『おまえ、寺に遊びに来ておきながら仏なんてものはいないと思っているだろう』
辿り着いたのは庫裏の手前にある部屋。
薄暗い部屋の奥には漆塗りの台座があり、その上の観音開きの扉を開けると、中から
穏やかな面立ちの仏像が姿を見せた。
『うちのご本尊だ。本堂の阿弥陀様は、代理みたいなもんでな。こっちが本物だ』
そして 『ちょっと仏に文句を言ってみろ』という。
『いんちき』  『何もできないのに馬鹿じゃねえの。偉そうに、木のくせに!』
凄まじい音を上げ、周囲の障子戸すべてが倒れた。
薄い障子戸が倒れても空気抵抗があるから、あんな凄まじい音などするわけがない。
目を丸くしているS君を見ながら、住職は腹をかかえながら言った。
『な、神様や仏様ってのは人間じゃできない事を、あっさりと気まぐれにやってのけるのよ』

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無惨百物語 はなさない 黒木あるじ メディア・ファクトリー
「家出の代償」
体験者が二十歳の時の体験。
その日、彼は母親との些細な言い争いが原因で家出を敢行した。
財布の中身は乏しく、町外れの廃神社で一夜を開けすことに決めた。
寝床を探して社殿に転がり込むと、薄明かりに見えたものは一升瓶だった。
真新しいラベルには日本酒の銘柄が記されており、蓋を開けた形跡もなかった。
とうに廃れたと思われる社へ、お神酒を供える人がいることが酔狂と思えた。
罰当たりなこととも思わず、彼は祭壇に置かれた杯を手にすると日本酒を注いで
飲み始めた。佳い味だった。
最後は一升瓶に口を付けて飲みほした。
やがて一時間も経たぬうちに眠気に襲われ、枕代わりに空の瓶を手に取った・・・・
そこまでは記憶に残っている・・・。

息苦しさで目覚めた。しかし、息苦しさに気を失った。
次に目覚めた時は病院のベッドだった。
路上で昏倒していた彼を散歩中の人が発見、通報してくれたことを医者から聞いた。
呼吸困難の原因は、強酸性の薬品でうがいをしたように声帯が損傷し、そこから
流れた血が気道を塞いだことによる。
それ以来、彼は声を失った。
「神様はいます。とても怖いです。今も怖いです。」そんな言葉で締めくくられていた

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無惨百物語 ゆるさない 黒木あるじ メディア・ファクトリー
「絶望」
A君の実家に住んでいた、お父様が亡くなった。
末期の大腸癌だった。
ただ、お父様は大変前向きの考えの方で、医者の告知を受けたときも
『残りの余生を謳歌するだけ』
と笑っていたそう。
そして、いよいよ、死が近くなったある日にA君に向かって、こう言った。
『実はな、死を迎えるのをワクワクした気持ちで待っているんだ』
死後の世界はあるのか? 先立った両親に会えるのか?
『もし、お前がお盆に実家に帰っていたら、報告のために化けて出てやる』
A君は泣きながら指切りをしたとのこと。
お父様が亡くなって、しばらく経ったの夜のこと。
アパートで寝ていたA君は人の気配で目が覚めた。
戸口の前の気配は、やがてお父様になっていった・・・
『なにもなかった・・・・』
重苦しい声と、無念そうな顔が今でも忘れられないと。

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怪談実話 傑作選 弔 黒木あるじ 竹書房文庫
黒木あるじ初のベスト傑作選。厳選された59編と書き下ろし6編を収録。
「網目」
T君には腑に落ちない記憶がある。
『今から二十年以上前、小学四年生か五年生だった夏休みに、家族で湖畔へキャンプに行ったんだ。
テント張って一泊。二日目はサイクリングって予定でね。ところが、二日目の早朝、父親に起こされて
そのまま車で帰宅したんだ』
帰宅すると、父親とは普段は行かない映画館へ連れて行かれたそう。
その後、キャンプの二日目に帰宅した理由は聞けずじまいになっていたそうだが、昨年の大みそかに
父親から聞けたとのこと。
それは、一日目の夜に行ったバーベキューで使用した網だった。
近所のホームセンターで買った網を使ってバーベキューをした。網は綺麗に洗い、竈の上に置いたそう。
翌朝、乾いたろうから車に載せておこうと網を見ると・・・・目が細かい・・・・
よく見ると何十本もの髪が、網目を埋めるように、きれいな十字に結ばれていた。
『あの日、キャンプ場には俺たち家族しかいなかった。もし誰か来たとしても物音で気付かないはずはない。
第一、あれだけ真っ暗な中で網目全てに、あれだけきっちりと髪を結うなんて・・・・普通の人間にはできない』
『俺もちょっとパニックになっていたが、ひとつだけ直感したんだ。これは ”警告”。だから、すぐに帰った
んだよ。これ、お母さんは知らないからな。教えるなよ』
怪談売買録
 嗤い猿


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怪談売買録 嗤い猿 黒木あるじ 竹書房怪談文庫
「落涙」 【話者・ネイルサロン勤務の二十代の女性】
あたし、人が死ぬ前の日に涙が出るんです。
悲しい気持ちになったわけでも目にゴミが入ったわけでもないのに、ぽたぽた涙が垂れて来るんです。
すると、次の日、きまって親戚や知り合いの訃報が届くんです。五歳くらいで発見してから、ざっくり数えても
十一人がしんじゃっています。
そんで去年、サロンの先輩とお喋りしていたら、すっごい涙があふれてきちゃって。
もう、尋常じゃない量で、着ているシャツが絞れるくらいに濡れちゃったんです。
そんで、先輩に涙の理由を話したら 『じゃあ、ウチの店長あたりが死ぬんじゃね? アイツ不健康だし』 と
爆笑してて・・・・翌日にその先輩がくも膜下で死にました。
これ、なんかの仕事にできないですかね。かなり自信あるんですけど。

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怪談売買録 拝み猫 黒木あるじ 竹書房文庫
「検索」 【話者・山形県在住の三十代男性】
以前、小樽に住んでいた時の話です。
当時、付き合っていた彼女のアパートでテレビを観ていたら、札幌かどこかの心霊スポットが
紹介されていたんです。
んで、彼女が 『そういう場所って、小樽にないのかな』 と言うもんで、彼女のパソコンで
検索したんです。
《小樽 心霊スポット》 みたいな単語を打ち込んで、エンターキーを押したと同時にパソコンの
電源が落ちたんです。
彼女、もうガチ泣きしちゃって 『あんたが変なこと調べようとするのが悪いんだ』
って逆ギレして、しばらくパソコンに触らせてもらえませんでした。
ええ、俺もなんだかそれ以来、その手のものは検索しないようにしています。
黒木魔奇録
狐憑き


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黒木魔奇録 狐憑き 黒木あるじ 竹書房怪談文庫
「訂正」
友人の誘いを断れ切れず、真夜中の県境へふたりで向かう。
目的地は一軒の廃屋で、どうやらいわくつきの建物らしかった。けれども、友人はこちらの反応を
愉しんでいるのか、現地に到着しても詳細を教えてくれない。勿体ぶった態度にいら立ちつつ庭の
藪を漕ぎ、割れガラスをまたいで縁側から室内に入った。
懐中電灯の光に、腐りかけた畳や剝き出しの根太が浮かび上がる。
そんな中友人が 『な、ヤバイだろ』 と得意げに声をひそめる。
『はいはい。で、ここは何なの?』
同意するのも癪なので、無関心を装い、訊ねる。
『実は、この家で・・・・殺人事件が起こったんだってさ!』
友人がこちらの肩を揺さぶった直後・・・・
『ちがうう』
耳のそばで声が聞こえたかと思うと
『いっかしんじゅうッ』
声と共に背後から延びる手が懐中電灯の光を遮った。
光の輪に一瞬だけ見えた掌は黒く萎びていた。
黒木魔奇録
魔女島


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黒木魔奇録 魔女島 黒木あるじ 竹書房怪談文庫
「ホンモノ」
沙智さんの実家はお寺である。
ある日、総代が父に 『あんたんとこはホンモノだなあ』 と唸ったのである。
『ホンモノって、何が?』 沙智さんの問いに
『お前さんとのこ寺はな、霊験あらたかなことでひそかに有名なんだ。公に謳ってこそないが
口伝えで広まっている』
難しい言葉ばかりだったが、除霊の類で評判らしいことは理解できた。
けれども不思議なことに、お祓いを頼んだり護摩を焚いてもらう参拝者はいなかった。
みな、沙智さんの両親と茶飲み話をして一時間ほどで帰っていく。それだけ。
『そもそも父は鈍い性格なんです。とてもじゃないけど総代の言う〈霊験〉があるようには見えない』

小学五年の秋だった。
その日も、夕暮れに呼び鈴が鳴った。
いつもの時刻、いつもの弱々しいチャイム。近所に住む、檀家の《草本のジイ》に違いない。
『はぁい』 沙智さんが玄関へ駆けだそうとした矢先、母が叫んだ。
『開けるんじゃない』 普段の柔和さが嘘のような、鋭く冷たい声だった。
あまりの剣幕に驚いて、走りかけたポーズのままで固まる。母も彼女を睨んだまま、動こうとしない。
呼び鈴が、もう一度鳴った。
沙智さんは戸惑っていた。居留守を使うにしても、家の灯は庭先まで漏れているのだ。
と、ふいにチャイムの音が止まった。
次の瞬間、玄関から聞いたことがない耳障りな音が響いた。
そして音は激しさを増していく。
なのに母は身じろぎもせず、父もやってくる気配がない。
『ねえ、あれって草本のジイじゃないの。怒っているんじゃないの』
居た堪れずに訊ねる。
母は眉も動かさず 『怒っているよ。だから構っちゃいけないの』
十分ほどが過ぎ、ようやく音は止んだ。待っていたかのように母が父の部屋へと走っていく。
まもなく父は袈裟と法衣、お経の折本を手にやってきた。檀家で葬儀の際の道具一式だ。
『今夜かな、明日かな』
『たぶん、まもなくだと思います』
慌ただしく支度を整えながら、父と母が会話を交わす。その最中、廊下の固定電話が鳴った。
草本のジイが急死した・・・・との知らせだった。
すでに袈裟をまとった父が、慌てるふうもなくジイの家に向かう。遠ざかる背中を呆然と見送る
沙智さんの肩に、母がそっと手を添えた。
『あのね、ウチの仕事はこの世に未練がある人をちゃんと送り出してあげることなの。だから
生前はどれだけつきあいがあっても、死んだあとは構ってはいけないの。さもないと、連れて行かれる』
あ、なるほど・・・・
お母さんがホンモノなんだ。
そのときようやく、総代の言葉に納得したという。

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黒木魔奇録 黒木あるじ 竹書房文庫
「納得」
K子さんの住むアパートの部屋では、ときどき妙なことが起きる。
深夜になると玄関のドアノブが、かか、かかかか、と小刻みに揺れる、ドアスコープを覗く
誰もいない、ドアから離れるとドアノブが、かか、かかかか、と揺れる・・・その繰り返し。
ある日、友人が遊びに来て、ドアノブの話になった。
『なにそれ、絶対にストーカーだって。警察呼びなよ』
『だから、絶対に生きている人じゃないんだって』
『だってさ、幽霊だったらドアなんて関係ないでしょ。すり抜ければいいだけじゃん』
友人が冗談めかして言った直後
『そうだよね』
低い声がして、細長い顔の女がドアをするりとすり抜けるやリビングをずたずた横断して
道路に面した窓へぶち当たるようにして消えた。
泣きじゃくりながら、二人で抱き合って朝を迎えたそうである。

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怪談五色 呪葬 黒木あるじ 黒史郎 朱雀門出 伊計翼 つくね乱蔵 竹書房文庫
黒木あるじの母校の大学にて、怪談売買所の屋台を出店した際にお聞きした話。
「ほくろ」 黒木あるじ
『話者/市内在住の五十代男性』
ウチの親父、左足の甲に十円玉ほどの大きさをしたホクロがあるんですけどね。
聞いたら『これは曽々祖父(ひいひいじい)さんの所為なんだ』なんて言うんです。
なんでも、曽々祖父さんは幼い長男を病気で亡くしているそうなんです。
我が子を失った悲しさはたいそうなもので・・・
『もしも生まれ変わってきたときは、また我が家の子になっておくれ』って、棺桶に入れた
我が子の左足に墨で目印をつけたそうなんです。
ええ、そうなんです。親父の左足の甲にあるホクロと、曽々祖父さんがつけた墨の目印
場所がぴったりと一致するらしいんですよ。
『曾孫になって戻ってきた』って家族にはずいぶん喜ばれたらしいですが、まあ、本人は
複雑な心境だったみたいです。
『前世の記憶もなにもないんだもの、喜びようがないよなあ』って、困っていましたよ。
いまでも、我が家の語り種です。

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FKB 狂奇実話 穽 黒木あるじ 竹書房文庫
黒木あるじと平山夢明が企んだFKBシリーズは惨たらしい都市伝説系人間狂気実話集。
過剰と欠如が同居している壊れた人々が引き起こす悲惨な事件は日々増殖しているに
違いないし綿飴のように一晩で萎んでしまう人の夢に比べれば、骨と肉が裂ける痛みを
伴う事件はリアルに胸を刺す。
「ファン心理」 バンドの歌詞のように生きることはできるのか・・・・
「なう」 携帯電話に送られてくるおぞましい画像・・・・
「ネックレス」 バイト先で知り合った彼氏との別れの悲劇とは・・・・
「蔡女」 葬式マニアがたびたび出会った女は何のために葬儀に・・・・
など、41編収録。
どちらの人間が生き残るのか・・・・

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FKB 怪談幽戯 黒木あるじ ほか  竹書房文庫
「入居」 黒木あるじ
その日、不動産業を営む辻野さんは、学生とその母親を連れて賃貸物件を巡っていた。
『前のアパートを飲酒騒ぎで退去させられたとかでね。正直、いいお客じゃないな と
思っていたよ』
物件探しは難航した。
卒業シーズンならともかく、中途半端な時期とあって手頃な部屋は埋まっていたのである。
いつしか辻野さんは『次の物件で決めよう』と決意していたそうだ。
着いたのは、郊外にぽつんと建っている一軒のアパートだった。
気だるそうな態度を崩さない学生と疲れた表情の母親へニコニコ笑いかけて、間取りの
広さを強調しながらアパートの階段をあがり部屋のドアを開けた。
複数の足音がバタバタバタバタと彼の足元を走り抜けて行った・・・・
足音が過ぎ去る間際に 『またしぬね』 と幼子の声が聞こえたという。
『ぞっとしたけど、幸か不幸か親子は気付いていない様子だったからね。そしらぬ顔で
”ここはオススメです” と言った。おかげで契約成立、貸してやったよ』
入居してから三ヵ月が過ぎたころ、学生は中退して故郷へ帰ったそうだ。

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FKB ふたり怪談 黒木あるじ 松村進吉 竹書房文庫
「託死」 黒木あるじ
二十年程前に、異業種からタクシードライバーへ転職して間もないFさんの体験。
その頃は『不況』の二文字が新聞やテレビで踊っていたし、現に客足も減っていた。
先の見えない生活で、幼い子どもと女房を食わせていけるのか、非常に不安だった。
ある日、車を流していると車道に半身を乗り出して手を上げるサラリーマンの姿が目に
入りハザードランプを点けて停車。
ドアを開けると酔っぱらいと思われる男が乗り込んできた。
ルームミラーで男の顔を確認すると、偶然にも前の職場の後輩だった。
Fさんは前の職場を辞める時、『引き抜きの話も出ているんだ』と嘯いていたため
タクシードライバーに転職したとは誰にも話していない。もし、ここで面が割れて
しばえば、あの時の発言が大ホラだったとばれてしまう・・・・
気付かれないようにルームミラーで後輩の姿を確認しようとすると・・・ずれている・・・・
後輩の顔が左右にずれている、シュレッダーにかけた写真を乱暴に繋ぎ合わせた様。
ルームミラーにヒビでも入ったかと見直したが、後輩が座っているシート、リアガラスには
異常は見られない。戸惑う間にも、顔や手、足、胸に腰と各部位が細かく裂けて行く・・・
やがて車は目的地の手前まで辿り着く。
『せんぱい、せんぱい』
やはり解っていたのかと、挨拶を返す・・・すると・・・
『おれ、しにました』 突拍子もないセリフであったが、バラバラになる姿を見ていたので
納得できてしまった。
『しぬって、あまりよくない。やめたほうがいいです・・・・・いきてみましょうよ』
死にたいと思っていたFさんが涙をぬぐう一瞬の間に、シートは無人になっっていた。
そして、後輩は亡くなっていた。半月前に快速電車に飛び込んでの、轢死だった。
それからは、毎年後輩の墓へ花を手向けに赴いているそうである。

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FKB 怪談実話 終 黒木あるじ 竹書房文庫
「烏賊」
知人にミサエさんという『拝み屋がいるが、彼女が引っ越すという。
『別に引っ越したいわけじゃないの。神在月はそこに居なきゃいけなくなったの』
いつも指定されるイタリアンレストランのチェーン店にやってくるなり、ミサエさんは溜息。
『あのね、今日呼んだのは、最後の忠告をしにきたの』
『烏賊みないな姿のものが両手を広げるようにして、あんたを迎い入れよとしている・・・』
『なんで、僕がその烏賊もどきに狙われなくちゃいけないんですか?』
『美味しいんじゃないの、あんたが聞いたり書いたりしている話って。ひとつふたつなら
薄味だけど、百も二百も集めたら、酒のアテにはたまらないでしょう。ま、仕方ないよ』
あんた、早死にするかもね。
そこだけちょっぴり寂しそうな口調で言うと、残りのパスタを一気にたいらげ、彼女は
店を去っていった。

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FKB 怪談実話 屍 黒木あるじ 竹書房文庫
「朝写」
四月の早朝、K君は通勤ルートのI駅に向かっていた。
改札を通って数歩足を進めたところで、前方がざわついていることに気付いた。
口をハンカチで押えながら階段を下りてくるOL・・・
何度もホームを振り返り、足早でその場を立ち去る男性・・・・
衝動的に彼はホームを目指して階段を駆け上がった。
今なら、線路に飛び込んだ人間の死体を携帯電話で撮影出来るかもしれない・・・・・
そう考えたのだという。
何とも不謹慎な考えだが、こういう輩が事故に遭えばいいと思ってしまうのは私だけ?
人波を掻き分けてホームへ向かう。
見なれた看板と電車の時刻を知らせる電光掲示板が目に飛び込んで来た瞬間、突然
視界が遮られた。
黒いすだれののようなものが、目の前にぶら下がったのである。
驚いて立ち尽くす彼の耳たぶに生温かい息がかかり、同時に女の声が聞こえた。
『 はぢ を かかす な 』
よく考えると、あの『すだれ』は髪の毛だったかもしれないとのこと。

黒木あるじ

黒木あるじ
FKB 怪談実話 累 黒木あるじ 竹書房文庫
「手形」
U君という大学時代の後輩に聞いた話。
その日、彼はガールフレンドとドライブを楽しんでいた。
話題は 幽霊は存在するか?
『絶対いるって、俺の先輩も怪談の本たくさん出しているんだぜ』
『いるわけないでしょ。なんで男っていつまでも子供っぽいの』
『お前さ、どうしていないって断言できるんだよ』
『じゃあ、逆にいるって証拠みせなさいよ』
笑いながら、彼女がU君をたしなめた瞬間、運転席の窓が凄まじい音を
立てて震えた。
顔を見合わせ、無言で窓へ視線を移す。
脂染みの浮いた手形が窓にくっきりと残っていた。
ドライブは、その場で中止になった。

黒木あるじ

黒木あるじ
FKB 怪談実話 畏 黒木あるじ 竹書房文庫
「賽銭」
当時、大学二年生だったTさんは、年の暮れに友人と賭け麻雀に興じて大負けした。
普段なら日雇い労働で手早く稼ぐところだが、年末が近いとあって働き口がない。
餅はおろかパンも買えない正月を迎えることになった。
三が日を過ぎた頃になると、空腹も限界になる。
やむなく金を無心しようと同輩のアパートへ行く途中、古い小さな神社を発見する。
もしかして、初詣の賽銭がたんまりあるんじゃないか・・・・
普段なら思いもしない邪な考えが頭をよぎる。
帽子を下げ、人の気配がないことを確認して賽銭箱に近付くと、腕を突っ込んだ。
『三百と二十五円。今でもはっきり憶えてえています』
おけげでパンが買えた。これで三日は生きられると思った、その夜のこと・・・・
ハンマーで鉄を叩くような耳障りな音で目を覚ました。
電灯を点けるが音源は見当たらない。
堪え切れずに両耳を塞いだところで、賽銭を投げ入れる時の音だと気付く。
『すみませんでした、ちゃんとお返ししますから勘弁してください!』
音は、一週間後に三百二十五円を賽銭箱に返すまで、延々と続いたそうである。

黒木あるじ

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FKB 怪談実話 叫 黒木あるじ 竹書房文庫
「戒名」
Sさんの祖父が、齢九十を目前に大往生を遂げた。
遺言状には、財産分与から自分で考案した戒名まで記されていた。
しかし、住職に相談すると、祖父の考案した戒名は仏教用語では使わない漢字が
用いられていたために好ましくないと説得された。
やむなく、家族は住職がつけた戒名で故人を送ることにした。
四十九日の法要が終わって、白木の位牌から黒塗りの位牌に変えた翌日。
仏壇に供えた本位牌が、雷が落ちた杉のように縦に裂けていた。
はじめは何かの間違いだと言っていた住職も、交換した位牌が三度裂けたのを
見るに至って、ようやく戒名を故人の望んだ名前に変更した。
そして、改めて法要を執り行った。

頑固な祖父らしい話だと、S家では十年以上経った今でも語り草になっているそうだ。

黒木あるじ

黒木あるじ
FKB 怪談実話 震 黒木あるじ 竹書房文庫
「寺猿」
ある寺の住職が寺内で食べ物を持った猿を見かけた。
お墓にお供えした食べ物の味を覚えて、参拝者を襲ったりしては困ると思い
ある日、爆竹と猫避けスプレーを持って猿の後を追いかけた。
猿は逃げるでもなく、住職が追いつくと先に行って待ち、追いつくとまた先に行く。
まるで先導しているかのような行動。
やがて、寺のはずれまでくると無縁仏の塔がある場所で集合した猿が一様に
頭を垂れ場面に出くわした。
住職も忘れていた無縁仏だった。
猿は、持ってきた食べ物を無縁仏にお供えをしていたのだ。
住職がお経を唱え始めると、お経が終わるまでじっと手を合わせていたという。
『きっと、この無縁様は猿を助けたことがあるのでしょう。人間より獣の方が
感謝の念が強いのでしょうね』
それからは週に1度は掃除に訪れるようになったんだとか。


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