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渋川紀秀

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渋川紀秀
恐怖実話 狂禍 渋川紀秀 竹書房怪談文庫
「青い蟻」
和子さんは八歳の時、父親の口の中から大きな蟻が一匹、出て来るのを見た。
当時の和子さんの人差し指くらいの体長だった。
その時、父は母親に、帰宅が遅くなった理由を説明していた。
取引先の飲み会を断れずに、遅くなってごめん、などと言っていた。
いつもは、蚊が腕に止まったりしたら、すぐに気付くような父親だったが
なぜか、その口の蟻には気付かない。
『おとうさん、蟻が口に付いているよ』
和子さんがそう言うと、父は首をひねりながら自分の唇の先を指で払った。
青い蟻は指先の間をすり抜けているのか、平気で唇を歩き続けている。
それから父と母は寝室に入った。
間もなく母の怒鳴り声が聞こえてきた。
その後も何度か、父の口から青い蟻が出て来るのを和子さんは見た。
どうやら、父が嘘をつくと蟻が現れるらしかった。
母から、その蟻が見えた時は教えてね、と頼まれた。
ほどなく、父と母は離婚した。
それから二十年、青い蟻が見えることはなかった。
『でも、最近また見えるようになっちゃって』
結婚五年目の夫が不自然に遅く帰宅する時、その言い訳をする口から
青い蟻が出てくるという。

渋川紀秀
恐怖実話 狂縁 渋川紀秀 竹書房文庫
「口型の腫れ」
昔、ホストをやっていたというカズヤさんは、横で寝ている女が怖い。
横向き、うつ伏せで寝ている女の肌に『口型の腫れ』が突然現れることがあるからだ。
カズヤさんが見ていると、『くち』は無声だがゆっくりと動く。
その『くち』が何を言っているのか、カズヤさんが言い当てると『くち』 ニヤっと笑い消える。
そして、一週間以内に『くち』が言っていた通りのことが起きる。
・・・・ころぶ。
・・・・けんかする。
・・・・さいふをおとす。
・・・・くるまにぶつかる。
最初は、自分の未来が言い当てられることを不気味に思った。
だが、慣れてくると、これから起きるトラブルについての準備をすることで損害が少なくなった。
『でも、三日前に言われちまったんですよ』
・・・・しぬ。
たぶん、昔捨てた女の『くち』なんすよ、と言ってカズヤさんはため息をついた。

渋川紀秀
恐怖実話 狂葬 渋川紀秀 竹書房文庫
「おじい様」
愛子さんは高校生の頃、友達Yちゃんの家に泊りに行った。
Yちゃんの家は、広大な田畑を所有しており、邸宅も大きかった。
Yちゃんの母親が作る料理は、見たこともない豪華なものばかりだった。
その日はYちゃんの大きなベッドで一緒に寝た。
夜中、愛子さんは尿意で目を覚ました。
一人でトイレに行くのは怖かったが、Yちゃんを起こす気にはなれなかった。
廊下に出て歩いていくと、高齢男性と出会った。
愛子さんは驚きながらも、会釈して 『こんばんは』 と言った。
だが、高齢男性は何も言わずにすれ違った。
どうも、愛子さんの存在に気付いてないようだった。
Yちゃんの部屋に戻ると、彼女は起きていた。
『おじいさんとすれ違ったよ』
『うちのおじい様、半年前に亡くなったよ』
おじい様の遺影と比べると、やせ細っていたが、顔は同じだった。
Yちゃんによれば、おじい様はおばあ様が亡くなったのち、急にやせ衰えていったという。

渋川紀秀
恐怖実話 狂忌 渋川紀秀 竹書房文庫
「ささやく男」
美希さんが高校生の頃、家族はある古びた一軒家を借りていた。
ある土曜日の昼過ぎ、インターホンが鳴り玄関へ急いだ。
友達が約束通りの時間に遊びに来てくれたのだ。
玄関の戸を開けると、友達が腰を抜かしていた。
『青白い男の人に、上から耳元で何かささやかれた』
友達はそう言っていた。ささやく声に振り返ると、スーツ姿の男の腰と、骨張った両手があった。
足は地面から離れていて、軒先に結んだ縄に首をかけた男が微笑んでいたという。

その男は女に裏切られたものの、毎日玄関の外で女を待ち続けた挙句に首を吊ったという。
あの時、腰を抜かした友達が何をささやかれたか思い出し、美希さんに伝えた。
― やっと来てくれたね ―
『きっとその男は、私の友達に女の面影を見たんだと思います』
友達は二度と美希さんの家に遊びに来てくれなかった。

渋川紀秀
恐怖実話 狂霊 渋川紀秀 竹書房文庫
「あぶないょ」
『朝のラッシュ時に電車に人を押し込むことが主な業務でした。八時はホームに人が溢れる
ような駅でした』
ある日、いつものように乗客を懸命に肩で押し込んでいると、背後からしゃがれた声が聞こえた。
----あぶないょ、今日は落ちるよ。
乗客を押し込んだあとで辺りを見回すと、電車が出発したあとのホームをよたよたと歩く
腰の曲がった白髪の老婆の背中が見える。
しばらくすると、老婆は階段の陰に消えた。
その日、人身事故が起きた。しゃがれた老婆の声を聞いた三十分後のことであった。
その事故を別の補助員が見てしまったという。
『亡くなったのは若い女性だったそうです。その補助員に、例の白髪の老婆を見なかったかって
聞いてみたんですよ。あぶないょって言っていた老婆が、その女性を突き落としたんじゃないかと
思ったものですから。でもレールに落ちる直前、その女性の周りには誰もいなかったそうです』

別の日、『あぶないょ』というじゃがれた声を聞いた補助員がいる。
やはり、その声がした日に事故が起きたという

渋川紀秀
怪談実話競作集 怨呪 渋川紀秀 葛西俊和 真白圭 竹書房文庫
「アメリカの安宿」 渋川紀秀
Yさんは、大学の友人Oさんとニューヨーク市のブルックリン近郊を旅していた。
旅慣れたYさんは、ガイド料として食費、宿泊の一部をOさんに出してもらっていた。
旅行三日目、Oは一人で行動したいと言い出した。
Oさんの負担をあてにしていたYさんは困り果てた末、一つの策を講じることにした。
Yさんの泊まった寝室の天井には 『HELP ME』 (助けて)といういたずら書きと思われるものがあった。
怖がりのOさんは、幽霊のたぐいが大の苦手。
深夜、Oさんが寝た頃を見計らってOさんの部屋に侵入。
Oさんの耳元で 『HELP ME』を何度か囁いた・・・・
翌朝、Oさんが部屋に押し掛けて来るなり
『この宿はヤバイ。宿を変えよう』 と言い出した。
Yさんは、『うまく行った』と思いながら、最後のだめ押しをしようと自室の天井のいたずら書きを探した。
そこには 『KILL YOU』(おまえを殺す)と書いてあった。
他を探しても、文字が書かれた箇所は、そこしかなかった・・・・
『ああ、やばいなこの宿。宿をかえよう』
そう言う自分の声が、やけに低く感じたという。


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