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城谷歩

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城谷歩
怪談師 怖ろし話 裂け目 城谷歩 竹書房文庫
「死者からの電話」
練炭自殺をした兄の顔は苦悶に歪み、とても二十七歳の青年には見えなかった。
友人たちが集まり、嗚咽しながら遺体に話しかけるさまを見ながら、せいかさんの心は空っぽだった。
昨日まで普通に過ごしていた兄が、突然骸になってしまった。
と、スマホが鳴った。
『はい・・・』
『あ、せいかか?』
『・・・誰ですか?』
『俺だよ。暗くて、どこにいるかわかんない』
その時、兄の彼女が電話しているせいかさんに気付いた。
相手が兄だと言うと、スピーカーに切り替えるように言われた。
兄の彼女は溢れる涙をぬぐいもせず、気丈な声で言った。
『あんた、死んだの。もう死んだんだよ。だから、こっちに帰って来られないから。ちゃんと、向こうに行って』
『・・・・』
『わかる?もう帰って来られないの、こっちには』
『・・・そうだ、俺死んだんだよな・・・・そうだ、あ、ごめん。じゃあ行くわ。みんな元気でな』
通話が切れると、みんなが振り返って兄の顔を見て声を上げた。
『苦痛に歪んでいた顔の腫れは完全に引き、鬱血斑が消えたばかりか口元には微かな笑みをたたえて
穏やかな表情で瞼を閉じていた。まるで静かに眠っているかのようだったという。

城谷歩
怪談師 怖ろし話 骨々 城谷歩 竹書房文庫
「湯煙に紛れて」
今から二十年ほど前の話である。
インターンシップを終えたばかりの坂木さんは、先輩の紹介で長野県のリゾート施設でアルバイトをした。
仕事内容は、搬送されてくる凍って息をしていない人間の脈をとり、死亡診断書を作成すること。
実際は、浴槽の温泉で解凍した人間の脈、瞳孔等を診断する。
アルバイトも残り一週間となり、都会の喧騒に戻らなければいけないと思うと憂鬱な気分になった。
幸いなことに、坂木さんはこの日まで仕事をしないでいられた・・・・
そんな彼の元に施設の担当者が現れた。
『三人です。よろしくお願いします』
『夜には大体よろしいかと思いますから、またその頃にお知らせに参ります』
やがて夜になり、担当者の連絡を受けて大浴場へ向かう。
衣服を脱がずに浴場へ入ると、洗体場に年配の男性と若い男女が横たわっていた。
どの人も口が半開きで、閉じ切らない瞼の奥の瞳はうっすら灰色がかっていた。
一人一人、脈をとり、瞳孔を確認すると、確認した時刻を書類に記入した。
『ありがとうございます。あ、先生そうしましたら、これからご遺体を搬出したらお風呂使ってください。
清掃中の札はそのままにしておきますから、他の方は入ってこないようにしておきますので』
全身はぐっしょり汗ばんでいて、へとへとに疲れていたので有難かったという。
連絡を受けて再び大浴場へと向かい、迷うことなく露天風呂に浸かった。
湯気の先に一人の男性が見えた。
いくつかの言葉を交わした後に、貸し切りを思い出した。
湯気の向こうから見える男性の瞳は灰色で血の気の失せた皮膚、口元は半開き。
自分が脈をとり、一時間前に搬出されたはずの年配の男性だったのである。

『毎年季節になると、今年もどうだと打診されましたけど、二度とと行きませんでした』

城谷歩
恐怖怪談 呪ノ宴 城谷歩 竹書房文庫
「死者の手」
十数年前のこと、池内さんという医師が勤務先で資産家の老人の臨終に立ち会った際の話である。
老人は七十代後半といったところで、入院時には既に病態は手の施しようがなかった。
見舞いに訪れるのは次男夫婦で、それは献身的に看病していた。
そんなある日、珍しく長男が病室を訪ねて来ているところにたまたま出くわした。
何やら個室でもめている様子だった。
『わしに早く死ねと言っとるのか! おまえにはビタ一文やるもんか。ろくに顔も出さんで、出したと思えば
遺言だの財産だの、そればかりじゃないか』
その一件以来、長男は二度と見舞いにこないまま、三ヶ月後のある夜に老人は息を引き取った。
老人の遺体を一番奥の霊安室に入れ、生者と死者どちらにも配慮して安置室を整える。
遺族が全員霊安室に入ってから、改めて悔みの言葉を伝え、黙礼したときだった。
長男がずかずかと老人の枕元に近づき、顔に当ててあった白布をはぎとった。
もめていたとはいえ、親子。やはり別れは辛いのだろうと思った時、長男が口にしたのは驚くべき言葉だった。
『おう、じじい!やっとくたばったか。遺産の半分は俺のだからな。ざまみろ。もう手も足も出ねえだろ』
その時だった。昏睡状態で一カ月、亡くなって一時間も経っている老人が、両腕を突出してガバッと
上半身を起こし、その両手で長男の首を絞めつけたのである。
数人で、長男から老人を引き離した。池内医師は即座に脈をとったが生き帰るはずもない。
後日、先輩医師に事の仔細を話すと・・・
『あるよ、そういうこと。だからな、手は胸の前で組ませるんだよ。酷い時は暴れだすことこともあるみたい。
手を組ませておくと動かないんだわ。なんでか知らんけど、死後硬直で固まるまでは油断できない』


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