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徳光正行

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冥界恐怖譚 鳥肌 徳光正行 竹書房文庫
「恩人」
紀藤さん、幼い頃は病弱であったという。
掛かりつけの鹿野小児科医院の鹿野先生は、病弱で友達のできない紀藤さんの遊び相手に
なってくれたこともあり、自分の父親よりも懐いていた。
成長するに従い、体が丈夫になっていった紀藤さんだったが、鹿野先生を見かけたときは
必ず挨拶をして、近況を報告していた。
大学を卒業した後、地元を離れて就職した紀藤さんだったが、鹿野先生のことはいつも気に
かけていた。
ある時、鹿野先生の調子が良くなくて病院に入っている、という話を母親から聞き、先生に挨拶をと
思い地元に帰る手筈を整えた。
『鹿野先生だけど、ボケが進んじゃったみたいで、あなたを見ても誰だかわからないと思うわよ』
紀藤さんは、母親の言葉に切なさを覚えたが、思い出してくれるだろうという期待を胸に
先生が入院している病院へと向かった。
病院に到着すると、すっかり老いてしまった鹿野先生が、看護婦に付き添われて中庭の
ベンチに腰掛けていた。
『先生、お久しぶりです、一平です』
元気よく挨拶すると、先生は起立して
『上官殿、大変ご無沙汰をしております。そしてわたくしなぞにお時間をいただき、恐縮です』
その変わりようと認知症の進行具合を目の当たりにして、涙が溢れそうになったが、できる限りの
笑顔で対応した。先生は一方的に話すと疲れてしまったのか、その場でイビキをかき出した。
心配になり、看護婦に聞くと疲れただけとのこと。
引き上げようとベンチから腰を上げた。その途端、先生が目を見開いた。
『本日は誠にありがとうございました。上官殿、お帰りの際は横断歩道にお気をつけ下さい。
青信号を一度見送ってください』
そう言うと、再びイビキをかき始めた。紀藤さんは、そのまま病院をあとにした。
帰り道ボーッと歩いていると横断歩道に差し掛かった。信号待ちをしていると先生の言葉が蘇った。
深く考えず、青信号でそのまま立ち止まっていると・・・
(ドンッ)
『青になってんだろ、早く行けよ、ばーか』 ガラの悪そうな輩が背中にぶつかると、紀藤さんを
睨みながら渡っていった。
直後、鼓膜をつんざくようなブレーキ音が聞こえたと思ったら、大型トラックが突っ込んできた。
先ほどの輩が大型車輪に巻き込まれてボロ布のようになっていた・・・・
『お役に立てて光栄です』 背後から鹿野先生の声が響いた。

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怪談手帳 遺言 徳光正行 竹書房文庫
「会話だけ」
タクシードライバーの升本さんから聞いた話。
その日、遅番だった升本さんは、とある繁華街で客待ちをしていた。
”コンコン”
後部座席のドアガラスを叩かれたので急いでドアを開けると、少々酒臭い若い女性が乗ってきた。
『○〇橋の交差点までお願いします。近くに行ったら詳細伝えますね』
ほろ酔いくらいなのか、しっかりと行先は伝えてくる。ここから二十分くらいの場所だ。
しばらく車内は沈黙したが、女が話を始めた。
今はキャバクラで働いているが、服飾デザイナーを目指していて、専門学校の学費を稼いで
いるのだという。
やがて車は目的地周辺に到着し、女の説明通り細かい路地に入り、女が住んでいるであろう
マンションの前に到着した。
『私の話に付き合ってくれてありがとうございました。本当は、もう無理なのかな?って』
『私が言うのもなんですが、諦めないで頑張ってください』
その言葉に女は微笑し、マンションの中へ入って行った。
会社に戻ると売り上げと伝票を照らし合わせ、更衣室で帰り支度をしていた。
『升本さん、ちょっといいですか?』
『升本さん、X街から〇〇橋付近までお客様を乗せましたよね?』
『はい』 あの時の女の客だと思い出した。
『少しおかしいんですよ。私も何度か確認したんですけど。いっしょに見ていただけますか?』
再生装置が置いてある部屋に入り、事務員は車載カメラに録画された映像を再生した。
カメラから見て左に升本さんの肩口が映し出され、画面の中心部には客の姿が映っている
はずなのだが、女の姿が映っていない。
しかし、車内で交わしている会話は聞こえている。
ドアが開き『私が言うのもなんですが、諦めないで頑張ってください』という升本さんの声の後に
『本当にありがとう』
あの時には聞こえなかった声が入っていた。そして、誰も降りていない後部ドアが閉まった。

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怪談手帳 怨言 徳光正行 竹書房文庫
「ゲンコツ」
これは高校時代の悪友Kが経験したことだ。
Kは幼くして父親を亡くし、女手ひとつで母親に育てられた。
大学受験を数日後に控えた日、いつものように高校が終わると彼女を自宅に連れ込んでいた。
すると、思いもよらぬ時間に母親が帰ってきた。
Kは母親に見つかることを恐れて2階のベランダから隣のマンションの外階段へ、嫌がる
彼女をダイブさせた。
その夜、彼女に危険なことをさせたことなど忘れて眠っていると、ガツンガツンと激痛が頭部に
走った。
『おまえはなんてことしているんだ。女の子に危ないことをさせて。恥を知れ、このバカたれが』
意識が朦朧とする中、Kが土下座しながら詫びを入れた。
翌日、彼女に会うと深々と頭を下げて詫びた。
彼女曰く、昨日の夢の中にKの父親という人が出てきて『バカ息子がひどいことをさせて申し訳け
なかった。不束者だが末永くよろしく頼みます』と言われたのだという。
その春、ふたりとも志望大学に合格した。
彼女に父親の写真を見せると、夢に出てきたのはこの人だと言う。
母親に彼女を紹介し、父親にゲンコツを食らったエピソードも話した。
『お父さん、曲がったことが嫌いな人だったから、あんたが許せなかったでしょうね。そして
あなたにまで謝りに行くなんて』
彼女の方を向いた母親の目から大粒の涙がこぼれた。

今、Kは四人で暮らしている。母親と、彼女だったUちゃんと5歳の息子とK。

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怪談手帳 呪言 徳光正行 竹書房文庫
「再会」
まだ父が局アナの頃のこと。
仕事を終え、飲み会の約束場所へ向かっている時のこと。
何の拍子か、ふと学生時代の旧友 Jさんのことを思い出した。
当時はよく二人で遊び回っていたのだが、時の経過とともに、すっかり疎遠になったしまった。
そんなことを思っていると、背後から『おい!』と声を掛けられた。
見ればまさに、今思い出していたJさんの姿である。
Jさんから飲みに誘われたが、先約があると断り、名刺に自宅の電話番号を書いて渡した。
翌朝、Jさんの奥さんから電話がかかってきた。
実はJさんは一週間前に亡くなり、遺品を整理していたところ、連絡先の書いてある名刺が
あったため連絡した。
生前、病床で会いたいと言っていたとのこと。
その後、日を改めてJさんの家に、手を合わせに行ったのだと言う。
ただ1つ、非常に悔やまれるのは、あの時いっしょに飲んでおけばよかった。


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