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渡部正和




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鬼窟

渡部正和

渡部正和
「超」怖い話 鬼窟 渡部正和 竹書房怪談文庫
「イチゴ」
静子さん夫婦は念願であった中古の一戸建てを購入した。
それを機に、長年の夢であった猫を飼うことにした。
友人の薦めで、保護施設へ行ってみた。
そして、彼女は一匹の黒猫に心を奪われた。
その黒猫は生後五ケ月程度の女の子で、殺処分間際に保健所より救い出されたらしく、やけに人懐っこい。
だたし、風邪が悪化して片眼を患ってしまい、避妊手術と同時にその片眼も摘出していた。
『でもそんなの関係ないんです。もう主人もメロメロになっちゃって。ウチの初めての猫はこの子だって』
黒猫はイチゴと名づけられて、静子さん夫婦の一人娘になった。
最初に異変に気付いたのは旦那さんであった。
『イチゴを可愛がっていると、変な泣き声が聞こえるって言うんですよ。ええ、まるで女性の嗚咽のような』
無論、家には夫婦と猫しか住んでいないので、そのような声が聞こえるはずがない。
『ううん、おかしいね、なんて言ってたら・・・・ワタシ、見ちゃったんですよ』
深夜、トイレに起きた彼女は、寝室のクッションで寝ているイチゴを見つけた。
大音量でゴロゴロと喉を鳴らし、とても気持ち良さそうであった。
『・・・・ん? ん?』
イチゴの喉元を女性の手と思われるものが愛おしそうに撫でている。
思わず悲鳴を上げそうになった時、イチゴの上半身に大きな瓜のようなものが浮かんできた。
それは次第に形を為していき、女の生首へと変わっていったのだ。
薄っぺらい唇の周辺には擦り傷が幾つもできており、赤黒く異彩を放っている。
『ご・・・・め・・・・ん・・・・ね・・・・ご・・・・め・・・・ん・・・・』
生首はそう言うと、いきなり静子さんの目前まで、すぅ~っと移動した。
余りの状況に微動だにできずにいると、その生首はペコリと頭を下げた。
『よ・・・・ろ・・・・し・・・・お・・・・ね・・・・が・・・・い・・・・し・・・・ま・・・・す』
弱々しい声でそう懇願すると、哀しげな嗚咽とともにすぅと消えてしまった。
『恐らく、前の飼い主だったんでしょう。とにかく、この子は幸せにならなければいけないんです。ええ、絶対』
どんな理由で手放したのか、どんな理由で逝ってしまったのかは最早、分かりようがないが、恐らく
さぞや無念であったのだろう。
『ウチは大丈夫ですよ。何があっても幸せにしますから!』
最近遊びに飢えているイチゴに、弟か妹がいたらどうだろうか、と夫婦で話し合っているとのことである。

渡部正和

渡部正和
「超」怖い話 隠鬼 渡部正和 竹書房文庫
「フラッシュバック」
中秋らしく爽やかな風が心地よい、祝日の早朝であった。
石田さんは日課であるジョギングをしながら、いつもの大通りの交差点を北に向かう。
歩行者信号が青になるまで、その場で足踏みし続ける。
もうじき信号が変わりそうなタイミングで、急に頭の中が真っ白になってしまった。
何が起きたのか全然分からずに足踏みをやめた途端、妙に鮮明な画像が脳裏に浮かんで来た。
まるで写真のような静止画が、次から次へと繰り出される。
その中で、自分はなぜか車のハンドルを握っている。
目の前で怯えた表情をしている小さな男の子の視線が、確実にこちらを見つめている。
自分の運転している車が、その男の子に向かって接近して行く。
男の子は逃げようと身体を斜めに捩るが、どう考えても間に合わない。
そして、車を通して感じる、衝突の際に生じた強烈な振動。

どうやら他のジョギング仲間でも、同様の目に遭ってしまってコースを変えた人が数人いたらしい。
『それで気になったんで、皆で近くの交番に行ったんですよ』
あそこで事故か何かあったんじゃないかと、お巡りさんに訊ねた。
『ああ、あそこですか? 最近、そういう質問多いんですよ』
結局、実際に事故があったかどうかは今でもわからない。

渡部正和

渡部正和
「超」怖い話 鬼門 渡部正和 竹書房文庫
「外道」
台風接近の真夜中、幾重にも積み重ねられたテトラポットの上で、谷中さんは数本の竿から釣り糸を垂れていた。
周りには 『いせえび採捕禁止!』 『密猟は犯罪行為です!』 の看板があるが、彼には何の効果もなかった。
突然一本の竿先が弾むような動きを見せてから、一気に折れ曲がった。
『よっし! きたっ!』
彼は急いで竿を掴み上げると、軽く合わせて鉤掛りを確認してからリールを巻き始めた。
釣り上がってきたのはヒトデであった。
谷中さんは舌打ちをしながら、鉤を外そうとヘッドライトでヒトデを照らした。
それは、皮膚がざくざくに切り裂かれた手首から先の人間の掌だった。
思いっきり悲鳴を上げた谷中さんだったが、その悲鳴に反応したのか小刻みに震えた掌は、下部に掛かった釣り鉤を
器用に外すとテトラポットの上を素早く這って海の中へと消えていった。
そして、次は三本の竿先が同時に跳ね上がり、海中へ向かって曲がりはじめた。
今後こそ海老に違いない。谷中さんは適当に一本を選ぶと、リールを巻いた。
しかし、獲物が大き過ぎてテトラポットの隙間に挟まっているようで釣りあげることができない。
谷中さんはLEDライトでテトラポットの隙間を照らした。
『あ!』
彼は即座に釣り糸をハサミで切ると、その場から立ち去った。
LEDライトが照らしたものは 『しゃれこうべ』 だったとのこと。

渡部正和

渡部正和
「超」怖い話 鬼市 渡部正和 竹書房文庫
「釣行夜話 其之壱」
小雪舞う師走の防波堤で、藤本さんは釣りを始めようとしていた。
魚を釣りすぎて塗装の剥げ落ちたルアーをラインにしっかり結び付けると、彼はやや
遠目のポイントを凝視した。
そして、竿をしならせて投げようとした瞬間、彼の動きが止まった。
目の前の海面に、Tシャツに麦わら帽子姿の中年男が浮かんでいるではないか。
波の高低も関係なく、その身体は微動だにしない。
上半身だけ海面に出しながら、防波堤と平行に『すーっと』移動し始める。
その男がそのままテトラポットを通り抜けていったことを横目で確認すると
彼は即座に撤退の準備を始めた。

鳥飼誠
矢内倫吾
渡部正和

鳥飼誠
矢内倫吾
渡部正和
恐怖箱 老鴉瓜 鳥飼誠 矢内倫吾 渡部正和 竹書房文庫
「妄執」 渡部正和
学生時代に大森さんは、子猫を拾った。
体中、何かで斬り付けられた傷でいっぱいの上、かなり衰弱していた。
しかし、動物病院に3日ほど入院すると見違えるほど元気になった。
彼女のアパートはペット不可だったが『コダマ』という名を付けて飼うことにした。
彼女はコダマに愛情を注いだ。
しかし、時折、何かを威嚇するように唸ることがある。
コダマを飼いはじめてひと月経つ頃から、食が細くなり、体も痩せ細っていった。
何が原因なのか、わからない・・そんな自分に腹が立っていた、そんな晩のこと・・・
コダマの何かに怯えて威嚇し続ける声が部屋中に響いた。
『コダマ~、どこなの?』
ようやくコダマを見つけると、頭にゼリー状の物があり、その中に男の顔があった。
『ボクノネコダ カエセ』 という声が頭の中に響いてきた。
コダマは弱り果て、今にも息が絶えるのではないかと思われた。
『だめ~、嫌~~~~~!!』
『お願いします。連れて行かないでください。コダマと離れるなんて嫌です』
『お願いします。お願いします・・・・』
大森さんは、何度も何度も、繰り返し繰り返し、男の顔を見ながら懇願した。
思いが通じたのかゼリー状の塊は消えて、元気なコダマに戻った。
結婚した今は、子猫が生まれて猫が4匹に増えた。
お母さん猫がコダマ。


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