現世で読んだ本


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実話奇彩
怪談散華


蛙坂須美
実話奇彩 怪談散華 蛙坂須美 他
「知らない」
玲華さんが始発電車で発車を待ちながらうとうとしていると男女が言い合う声がした。
しつこく言い寄る男性を、女性が言葉少なに拒絶している感じた。ナンパだろうか。
『どうしてこうなんですかねえ』
『知らない』
『どうしてこうなんですかねえ』
知らない』
そんなやり取りをひたすら反復している。
朝っぱらからうるさいなあ。
斜め向かいの席。
水商売風の女の真横に、スーツ姿の男が腰掛けていた。
『どうしてこうなんですかねえ』
『だから、私が知るわけねえだろうが!』
男の体はスルメイカのように薄っぺらで向こう側が透けていた。
そそくさと降車し、次の電車を待ったという。
たてもの怪談

加門七海
たてもの怪談 加門七海 エクスナレッジ
「あとがき」
たとえば会社、スーパー、商店、娯楽施設に社寺、病院、駅すらもが建物だ。そこを渡り歩いて帰っても
落ち着くところは一戸建てやらアパート、マンション、最終的には火葬場、墓、と、結局、我々は建物に納まる。
人の生活は建築なくしては成り立たない。そこにお化けが棲みつけば、当然、彼らは我々の日常に入り込んでくる。
本書はそういった建物にまつわる話を集めている。再録もあれば、書き下ろしもあるのだが『お化けが出てきましてね』
という普通の怪談は比較的少ない。
書名は『たてもの怪談』だけど、半分はオカルト寄りの引っ越しノウハウや風水の話だ。
ゆえに怖くないかもしれない。が、建物が如何に人々の運命を左右しているか、それに気づけば、居心地の悪いものは
あるだろう。
建物を建てるのは我々だけど、その我々を建物は容易く支配してしまうのだ。
『引越物語』はマンション購入の経緯を記したものだけど、端から端まで歩いても十秒かからない空間を自分のものに
するまでに、なんでこんな騒ぎが起こるのか・・・・。
読み返して思うだに、多分、私は建物に憑りつかれているのだろう。
いや、私だけではない、誰も彼も、その空間に集う霊達も同じだ。私たちは死してのちまで、建物を拠り所としている。
取り込まれて、憑かれている。
睡眠中の金縛りをはじめ、世間にある怪談の多くが家の中の出来事なのは、畢竟、そういうわけではないのか・・・・。
其レハ事故物件ニ非ズ

さたなきあ
純粋怪談 其レハ事故物件ニ非ズ さたなきあ 竹書房怪談文庫
前触れもなく理屈も通じず、ある日突然遭遇する怪。
ひとたび遭えば傷つけられ、命すら脅かされる・・・・そんな単純で恐ろしい怪異譚を集めた人気シリーズ第2弾!
門から家の方へ近づいてくる異臭。だが、その臭いは妻にしか分からず・・・『異臭が近づいてくる』
玄関に飾られた青鬼の面。ある日、鏡越しに見ると目が・・・・『鬼の面が歪む』
体調が悪くなる独身寮の部屋。壁と棚の隙間にねじ込まれていた紙片を見つけ開いてみると・・・・『紙幣がはさまっている』
不気味な噂の多い地下通路=トンネル。背後から濡れた足音が近づいてきて・・・・『鬼ごっこ(強制)』
他、明日は我が身の恐怖譚全28話収録。
琉球奇譚
イチジャマの
飛び交う家


小原猛
琉球奇譚 イチジャマの飛び交う家 小原猛 竹書房怪談文庫
「七色の羽」
ある時、神谷家の庭に大きな水溜まりができた。真夏の日照りが続く、蒸し暑い日のことである。
雨が降った気配もなく、周囲は全く濡れていなかった。庭の一角だけがニメール四方にわたって池のように
なってしまっている。
『この水はどっから来ようったんかね』
神谷家のものたちはそんなことを呟きながら水溜りの周囲を見てみたが、水源となるようなものは見当たらず
ちょっと遠くにあった水道の蛇口も閉まったままだった。
ふとその時、水溜りに目をやると、なにやら七色に輝く美しい羽のようなものが横切るのが見えた。
一瞬だったので、水の上に張った油のせいかと思ったが、どうやら違う。
その羽は七色に輝きながら水溜まりの上を飛んでいた。
ところが水溜りの外側には、澄み切った青空しかない。鳥などどこにもいない。
それは白鳥ぐらいの大きな鳥の羽で、七色に輝きながら水面の上を何度も何度も横切ったという。
水溜りは三日後にはすっかりなくなり、地面はすっかり渇ききってしまった。
令和怪談

澤村有希
「茶碗」
四十代後半を迎えた秋野早苗さんと食事をしているとき
『そういえば、うち、お宝があるのよ』
『祖父と父が骨董すきで、こどもの頃はよく見せられたけど、価値なんてわからない。でも一つだけ好きな物があった』
それは平安時代から鎌倉時代辺りの茶碗だ。値段は、思ったより安いと聞いた。
《でも、値段じゃない。これには価値があるんだ≫
そう祖父と父親が彼女に話して聞かせるのだが、その価値については教えてくれない。

しかし、彼女が中学生の頃だ。卵巣腫瘍だと診断された。
片側を切除することになったが、やはり 『将来、子供が出来にくくなる』と言われた。
手術の前々日、リビングに祖父があの鎌倉時代の茶碗を持ってきた。
中には透明の液体が入っている。
『これは?』
『山の湧き水。これをこの茶碗で飲めば手術も上手くいく』
ゆっくり口に含むと、冷たさと甘みを感じる。砂糖や果実のようなものではなく、済んだ幽けき甘みというのか。
美味しくてすぐに飲み干してしまった。おかわりを二回したところで、急に飲めなくなる。苦くて、一口も喉を通らない。
『この茶輪には昔の偉い人が術を掛けていて、これで湧き水を飲むと運気が上がり、体調もよくなるのだ。』
予想をしていなかった内容で驚いた。
そんなに良いものなら毎日、茶碗を使えばいいのにと言えば、祖父が首を振る。
『いやいや、ここぞというときに使えと言われているから。日常で使うと逆に毒になる』
そんなものかと頷いていると、祖父が頭を撫でた。
『これでもう大丈夫。手術は上手くいく。お前は子供も授かれる』

それから数年後、平成になってその茶碗が割れた。
『でもね。その茶碗の術は効いたと思うよ』
秋野さんには大学生になる子供がいる。
『あれだけ出来にくいって言われていたのにねぇ。でもその後、旦那とはすぐ別れちゃったけど。それからずっと独身。
流石の茶碗の術も、そっちは駄目だったかも』
八王子怪談

川奈まり子
八王子怪談 川奈まり子 竹書房怪談文庫
「家の禁忌」
五十一歳の恵子さんの家には家族に信じられていることが二つあった。
一つ、この家には、人の目には視えない何者かが棲みついている。
一つ、できるだけ屋敷と庭に変更を加えてはならない。
目に視えない何かは二階の空き部屋に棲んでいるようだった。杉板の引き戸が勝手に開いたり閉まったりし
廊下を歩いたり階段を上り下りする足音がする・・・・そんなことは日常茶飯事だった。
家や庭の普請を禁じるという掟は、実際に禁を破ってみた結果、守らねばならぬと家族全員が理解するに至った。
まず、彼女が高校生のとき、母の発案で庭にあった茱萸の木を伐り倒した。すると、その直後に父が高熱で倒れた。
入院して検査を受けたところ、虫歯が化膿したことが原因で脳に膿が溜まっており、快復には一年を要した。
二十歳のときには、これもまた母の発案で、家の増築工事を行った。果たして、竣工工事を待たずに父が呼吸困難で
緊急入院。今後は肺に膿が溜まっていた。すぐに背中から管を通して膿を抜き始めたが、入院の翌日から危篤に
陥った。
そこで初めて母は猛省し、その頃評判だった霊能者に相談した。祈祷してもらって家の四方に盛り塩をしたら
みるみる父の病が癒えて、一週間で退院できた。


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