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ドイツの救急医療制度


2章 組織化された制度


 その二本柱:緊急救命業務と救急業務(診療所)

 心臓発作や大怪我は云うまでもなく緊急の医療を要する。しかし単に風邪や下痢であっても、あるいは小さな切り傷でも、はたまた目にゴミが入っても、ノドに魚骨が刺さっても、重-軽の差はあれ救急の治療が必要である。日本ではこの二つが混在することが多いが、ドイツでは全く別の組織の中で治療が行われている。


1節 緊急救命業務


 第一の柱すなわち、一刻が争われる緊急事態(Notfall)の救命体制は司令部、救急車(救命車と患者搬送車がある。以降は、より重症例を扱う救命車で代表させる。)、および受入病院から成る。

1項 司令部  ♯1,2,3,4,30,31,34,35

 その流れは、患者またはその近辺の関係者が緊急司令部に緊急事態を知らせることから始まる。司令部は支配下にある多数の救命車待機基地の中から最適の(一般的には現場に一番近い、時には病態に適った型の)救命車に出動命令を下す。引き続き、現場に到着して患者を収容した救命車から患者の状態について報告を受け、搬入先の病院を選定してそこに直行させる。

 司令部が担当する領域は人口にして30~50万程度で、その領域内に分散して待機する救命車の配置と種類はもとより、受け入れ病院についても勤務中の医師や空きベットを含めた受入体勢を常時把握している。


2項 救命車とその他の搬送手段 ♯5,33

 命令を受けた救命車は現場に向かうが、患者が非常に重症の場合には司令部の指示で病院から別途に緊急医と看護師を乗せた緊急医出動車が同時に派遣され、現場で合流して必要な(救命)処置を施行する。患者を収容した救命車は患者の状態を司令部に報告し、司令部が選定・指示した搬送先の病院に向かう。搬入先の病院では直ちに治療が始まる。


3項 緊急症例受入病院   ♯6,7,32
 受入れ病院については、病院輪番制の有無や病院内の待機医師の数、その他のシステムに関する詳細な情報は得られなかった。その理由は、市民は緊急救命を要請するために司令部の電話番号を知っていれば十分なのであって、救命車の手配や搬送先の病院は司令部に任せれば良いからであろう。
 ただし、いくつもの大学や病院がホームページの中で救急医療の情報を発信し、365日/年・24時間/日の受入を謳っている。

(4項 日本の現況)

 日本ではドイツの司令部に該当する機関は存在しない。消防署や救急隊が受け入れ先の病院を探す体制が多い。輪番制でその日の担当病院に全ての救急症例を運び込む制度を採用している地域もある。
 また非常に専門的な分野によっては、その疾患の可能性が強い場合に限って別個に連絡網を整備しているところもあるが、一般的ではない。



2節 開業医による救急業務 ♯8,17,21


 第二の柱は開業医によって行われる2種類の時間外診療である。その一つは一般的な救急業務であり、家庭医が中心になって内科やその他の科(皮膚科など)の医師と共にグループを組んで行う。他の一つは各科の専門医が担当する専門医救急業務である。

 全ての開業医は何れかの救急業務に参加する義務がある。これによって制度の運用に必要な人材と人員が確保される。

1項 一般救急業務 ♯9,10,11,12,19,20,36,37,38
 病院や公共施設等に併設された共同救急業務診療所に当番の医師が出向く方式が多いが、人口密度の低い地域では当番の医師が輪番制で自分の診療所内で救急業務を行う方式が採用されている。

 この救急業務は診療時間外の殆ど全ての時間帯をカバーするように設定されているが、通常診療との移行時間帯に1~2時間の空白が生じる。しかしここは重症の患者が訪れるところではないし、日常の昼休みと同じで問題はない。また、この形の診療所は人口約10万程度に1ヶ所が設置されている。

2項 専門医救急業務 ♯11,12,13,14,15,16,17,39,40,41,42,43


 一般的な救急医療の限界を超える症例は、専門医が輪番で担当する専門医救急業務に紹介される。専門医の診療には各科の特殊な設備が必要であるから、この場合には当番医自身の診療所で行われる。

 専門医の治療を要する症例は少ないし、各科専門医の数も限られているから、一つの診療科の専門医救急業務グループは一般的な救急業務グループの5倍程度の人口領域を担当する。言い換えると、専門医による救急業務は一般的な救急業務5カ所あたり1カ所程度の割合で設定されている。

 専門医の救急業務は22時前後に終了するところが多いが、それ以後の急患のためには連絡電話番号が明示されている。


3章 制度を支える法と規則 ♯18


 先に医療関係団体のところで触れた様に、医療に関する法や規則は連邦医師会が基本形を示し、実質的には州医師会が作成する。その中では「医療職法」「医師の職業規則」「卒業後研修規則」など、医師の存在の根幹に関する重要な法・規則があるが、ここではヴェストファーレン-リッペ州医師会と同州保険医協会が定める「共同救急業務規則」を要約する。原文は実に細部にわたって規定されている。後に収載した本文を読まれれば、その厳密なことに驚かれるだろう。この様な規則も「司令部」と並んで日本には例を見ない。

 なおヴェストファーレン-リッペとはノルトライン-ヴェストファーレン州を二分する地方連合の片方であるが、行政区としても医師会としても一つの州として扱われる準州である。

ヴェストファーレン-リッペ医師会および保険医協会
「共同救急業務規則2011版」の要約


1.外来救急医療業務に参加する医師の範囲

 外来診療を行っている医師とその自治機構は外来救急医療の確保を委託されており、州医師会と州保険医協会は共同で救急業務規則を作成して法的義務を果たす。全ての開業医は下記のいずれかの救急業務に参加する。


a.一般(初期)救急業務

 外来救急業務が始まった当初は、個々の医師(一般医=家庭医)が昼夜の区別なく自分の受け持つ住民の医療に責任を持つ方式であった。しかしこの方式では医師の負担が大きく、かつ非能率的であったため、家庭医が地域別にグループを組んで救急業務を行う制度を採用した。更に後には、内科の救急疾患は入院を要することが多く、内科専門医の診療所で治療が完結することは困難なため、内科専門医は一般救急業務に編入されることになった。


b.専門医救急医療

 州が担当するある地域において、ある専門科の救急医療がその地域全体に確保されるのなら、州保険医協会は補完的に専門医救急業務を設立することができる。専門医救急業務が設立される場合には、当該救急業務地域におけるその専門科の全ての専門医が参加する。この場合、専門医救急業務の設立によって一般救急業務に支障があってはならない。


2.救急業務からの免除

 医師は文書で申請することにより、重大な根拠(事由)がある場合には地域事務所の長によって永久にあるいは期限付きで救急業務から免除される。


 免除に関する根拠と規定は以下のごとくである。

a) 医師について証明可能な重い疾患や障害があり、その疾患や障害が診療行為(例えば、症例数)に相当な範囲で不利な影響を与えていて、またそのために医師が救急業務のための代理を委託することは費用の面で期待できない場合

b) 妊娠(妊娠期間中と出産後長くても12ヶ月)

c) 65才を迎えた医師は、申請すれば救急業務から免除される。

d) 医師に関連する団体のために名誉職活動(無報酬)をしている医師は申請 により救急業務を免除される。

e) 救命業務への自発的な参加は救急業務の免除を正当化しない。

f) 救急業務を行うには継続教育が乏しいということは免除を正当化しない


3.医師救急業務参加からの排除

 救急業務の的確な実施に相応しくない医師は救急業務から除外され得る。また、規則に適った質の高い医師救急業務の遂行を行えない者は特に、医師救急業務への参加は不適当である。


4.費用

 救急業務の組織と遂行のための費用は、疾病保険からの使用目的限定負担金と交通費用の全額を充てる。これで賄えない場合には、救急業務の義務がある全ての医師が均等に分担する。


5.違反

 この共同救急業務規則に対する違反は、職業法と(または)契約医法の規定に従って罰せられる。

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