■はじめに
我が街においてもご多分に漏れずキノコシーズンともなると実に豊富な種類のキノコを見ることができる。経験上からも1000種類あまりのキノコが掲載された専門書の3割以上の種類を鑑定することが数年に1回はあったりする。最初のうちはなぜこんなに種類が多いのかといかぶることもしばしばであり,ひょっとしたら道外から持ち込んでいるのではないかと疑問に思うことさえあった。しかしながら,キノコ鑑定を続けていくうちにそのような疑問は氷解していったのである。
道南地方は,津軽海峡にかかるいわゆるブラキストン線(生物学上の境界)付近に位置し,そのため本州温暖帯〜サハリン・沿海州等の大陸性気候に生ずる種々の北方系・南方系植物が交錯繁茂できる地域なのである。となると当然多岐に渡る内生・外生菌根菌,腐生菌等のキノコが生育しているのもうなずけるわけである。
それでは,道南近辺に生息するキノコに関して大まかであるが順を追って解説していきたい。
■キノコと林について
上述のように道南は地理的にも,きわめて豊富な種類のキノコを見ることができる。その例を見てみると,ひとつめはブナ林の存在である。ここに生育するものには,ナメコ,ツキヨタケ,ブナシメジに代表されるものがあり,さらにシラカバなどのカバノキ類」と混交林を形成している場合が多く,ヤマイグチ,ヤマドリタケモドキ等のイグチ類やカンバタケ,カバアナタケ等のヒダナシタケ目のキノコが見られる。
次にブナ林よりも低い地域に生えるコナラ林いわゆるどんぐり林,雑木林に目を移してみると,ホンシメジ,シモフリシメジキシメジに代表されるキシメジ科のキノコ,そしてイロガワリ等のイグチ類,ホウキタケ科,ハダイロガサやサクラシメジなどのヌメリガサ科等とその種類がブナ林より豊富であるように思われる。
さらに駒ヶ岳や厚沢部郊外の高山帯に広がるハイマツ,トドマツ,エゾマツ林にはアカモミタケ,キハツタケなどのベニタケ類・イグチ類が生育する。
植林されたスギ林においては種類は少ないが,スギエダタケ,スギヒラタケ等のキノコを見ることができる。
そしてカラマツ林には,そこ特有のハナイグチ,キヌメリガサ等のキノコが見られる。以上,日本列島の北から南の植物が交錯するこの地域なあっては,おそらくキノコの種類は500ないし1000種類以上と想像できるのではないだろうか。
実際,キノコ採りや鑑定依頼で見てきた限りでは,前述の如く300〜400種類のキノコを同定もしくは現認しており,それ以上あっても決して不思議ではないであろう。
ただ,どれほど多くの種類があったとしても,食用に供されているキノコは全体からすればほんの一握りにすぎないし,むしろ毒キノコの意外な多さにも注意が必要であろう。
さらに,加えてかかる毒キノコと食用キノコを間違えて中毒する事例が後を絶たないことから,これらの見分け方を説明することにしたい。
■食・毒の見分け方
キノコを見分けるという作業はなかなか難しいものである。なぜならば,菌類学等の学問的知識のみならず,経験や実体験が鑑定における重要な要素となるからである。噛んで苦くなければ大丈夫とか茎が縦に裂けるから食用といった迷信を信じた判断は絶対避けるべきである。
それでは,鑑定に持ち込まれる回数が多い毒キノコについて,それによく似た食用キノコの違いを見てみよう。クサウラベニタケとハタケシメジ
クサウラベニタケのカサの裏は一般にピンク色であるが,ハタケシメジにあっては灰白色〜クリーム色である。次にクサウラベニタケの茎は中空であり,ハタケシメジのそれは中実である。さらにクサウラベニタケのカサの表面は絹様の光沢を帯びているのが観察され,ハタケシメジではかすり模様がしばしば観察される。
カキシメジとチャナメツムタケ
この両者については,一見間違えそうにないように思えるが,幼菌の状態ではしばしば間違えやすい代物である。カキシメジのカサの色は赤褐色〜カーキ色っぽく,チャナメはレンガ色〜黄褐色というように両者はその色合いにおいてよく似ている。しかし,カキシメジの特徴としてヒダにシミができるこどであり,チャナメにはシミはでないので両者を区別できる。形態的には,カキシメジでは全体がずんぐりした形となっていて,きわめて肉弾性がある。一方チャナメは菌膜の名残と思われるササクレが柄ないしカサに張り付いており,そしてカキシメジのように肉に弾力性はない。以上が両者を比較するおおまかな特徴である。
ニガクリタケとクリタケ
これらの区別のポイントはまずカサの裏の色のチェックである。ニガクリタケにおいては黄緑色〜紫褐色に変化し,クリタケでは黄白色〜灰紫色に変化する。そして,ニガクリタケはその名の通り噛んでみると猛烈に苦いので即座に判断できる。
アセタケ類とナラタケ
なぜこれらを間違えて採ってくるのか不思議に思われるとかもしれないが,当管内ではこのアセタケをナラタケと間違えて持ち込んでくる人々が非常に多い。両者とも似たような場所に生えているせいだろうか。
ナラタケを鑑定するポイントは3点ある。一つ目はカサ上部のササクレ(菌膜の遺物であろうか),二つ目はカサの縁部に見られる放射状線,三つめは柄上部に付着するツバもしくはササクレを確認することである。これらの特徴はどれも欠いてははらない。アセタケのみならず猛毒のコレラタケである可能性が否定できないからである。
以上,比較的よく持ち込まれるキノコの見分け方について述べたわけであるが,今までの経験からキノコの鑑定のポイントや方法をここに示しておきたい。
1.同じキノコを1シーズンに100本以上観察する。これは鑑定眼を肥やすためである。
2.鑑定する食用キノコとそれに酷似する毒キノコの共通点をいくつか見いだした後,その他の異なる点を観察する。すなわち1ヶ所でも異なる点を見いだすことができれば,両者は同種類でないとする。これは筆者独特のいわゆる消去式鑑定とでもいうべきであろうか。かかる方法は似た特徴をいくつも持っているキノコが大量に持ち込まれた際に非常に有効である。
3.一般的ではないが科学的手法を用いる。例えばベニタケ類(Russula属かLactarius属か)の同定において,最終的に硫酸第二鉄溶液を利用して判定する。また,ドクツルタケとシロタマゴテングタケを同定する際,3%苛性カリ溶液を滴下して判定するといった方法もある。
4.必要とあらば試食する。ただこれはむやみに行ってはならない。慎重に同定した後であれば試食するのもかまわないと思うが,あまりおすすめできない。あくまでも最終手段というべきであろうか。もっともこれらの方法を用いるまでもなく,一般の人は他の食用キノコには目もくれず大量に採れてしかもおいしいキノコに目がいきがちであり,そこで次は特に道南では人気が高いキノコについて多少ではあるがその方言なども交えて記述してみることにする。
■道南で珍重されるキノコ
ナラタケ : 学名 Armillariella mellea(Vahl.:Fr)Karst. キシメジ科
通称 ボリボリ,サワモタシ
このキノコにつては様々な変異があるとされてきたが,最近の研究ではナラタケとは一つの種ではなく,異なるものがいくつかあり,これらを称してナラタケ類と呼ぶそうである。
さて,ボリボリは我が街では最も人気の高いキノコの一つであり,シーズンたけなわともなれば八百屋の店先に取れたてのボリボリが並ぶ。ボリボリの語源は一説には,採る際に茎の部分がボキッと折れるところからきていると言うが,真偽のほどは定かでない。また,サワモタシなる方言は青森県で使われているらしい。
このボリボリの中でも特に人気の高いものに通称「おいらん」と呼ばれているものがある。茎やカサが黄色くて綺麗なことからつけられた名前らしいが,私の出身の札幌の方では黒っぽくてがっしりしたものを「おいらん」と称しているので,地方によってものの見方が違うのだと妙に感心したことがある。ハナイグチ : 学名Suillus grevillei(Klotz.) Sing. イグチ科
通称 アワタケ,ラクヨウ
北海道ではすこぶる人気の高いキノコであり,特に道南ではボリボリと人気を二分にしている。ただ,どこでも生えるボリボリと違って内生菌根菌なのでカラマツ林にしか発生しない。そのため,シーズンとなると,カラマツの生えている近郊の山々はアワタケ採り狂騒曲状態となる。
アワタケの語源は,カサの裏の管孔が気泡のように見えるためらしい。ところで,同じヌメリイグチ属のシロヌメリイグチもカラマツ林に生えるが,こちらは「シロアワ」と称され,一級品のアワタケに対し,三級品として扱われているから誠に気の毒である。鮮やかで綺麗な色のアワタケに対し,汚白色のシロアワは見てくれが悪い。ナメコ : 学名 Pholiota nameko(T.Ito) S.Ito et Imai in Imai モエギタケ科
通称 ナメコ
近頃は道南でも天然採りのナメコは少なくなってきた。しかし,いったん店先に並べばそれこそ飛ぶように売れていく。(しかし一皿500円以上は高すぎるのでは)しかしながら北海道の秋の味覚といえばなんといってもこのナメコであろう,と私は独断的に思っている。それほど天然ナメコは栽培品など比較にならぬほど美味なものである。
道南では上ノ国付近のブナ林から黒松内までのブナ北限地帯に分布するが,面白いことにそれ以北ではシラカバ・ダケカンバ林に生える。ただ,黒松内のブナ帯以北ではあまり生えないキノコではある。
我が国では最も好まれているキノコの一つであるが,興味深いことに外国人はこの手のぬめりのあるキノコを嫌うようで,完全にぬめりを落としてから食するらしい。その他のキノコとしてマイタケ,アカハツ(アカモミタケ),クリモタセ(コクリノカサ)等のキノコも道南の秋の食卓を彩るのに欠かせまいキノコであるが,このくらいにしておいて,次にキノコ採りのマナーについて語ることとしたい。
■キノコに対する尊敬と礼儀について
これは全体に言えることであるが,昨今においてキノコ採りのマナーが非常に悪いように見受けられる。50〜60代の分別盛りの中高年に残念ながらその傾向が強い。例えば鑑定に持ち込まれたキノコをよく観察すると根こそぎ採取しているのが見受けられたり,あるいは採った場所の土をひっくり返したままで山から下りてきた,などという類の話をいくつも見聞きする。確かに,美味なキノコを自分一人だけのものにしたいという気持ちに人は陥りがちになることは否定しない。だからといって山を荒らしたり,取り尽くしてものを生えなくさせる権利は我々にはないはずである。ましてゴミを山に捨てっぱなしなのにはほとほと閉口する。たとえキノコといえども大切な自然の一部なのだから,人々はもっとキノコに対し慈しみと畏敬の念を持つべきではないだろうか。それではどのような方法であれば,自然を荒らさずにキノコ採りができるのであろうか。
私が自ら実践していることをここで紹介したい。・キノコを採取する際は,石づきを残してナイフあるいはハサミを用いて採取する。これは石づきの下部にある菌糸または菌核を傷つけぬようするためである。
・例えば畳一畳分くらいのフィールドがあった場合,3分の1ないし半分採取したところで残しておく。
・採取した後の土は必ず埋め戻しておく。
・ゴミは必ず持ち帰る。等の工夫が必要と思われる。
■キノコ採り雑話
最後に余談ではあるが,キノコ採りで山に分け入る際に注意してもらいたいことがある。まず,スズメバチに注意していただきたい。私も山菜採りに行ったときスズメバチと遭遇して這々の体で逃げ帰ったことがある。この類のハチの性質はきわめてどう猛で巣に近づく者に対し片っ端から襲いかかってくるため,一匹でも近くで見かけたらすぐその場を離れることをおすすめする。さらに,黒っぽい服装をしていると必ずといっていいほど向かってくるので,そのような格好は避けた方が無難である。(専門家によるとクマであるとの本能が働くらしい)また,香水等の化粧品をつけるのも禁物である。ハチが匂いに興奮して襲いかかってくるからである。これは,私が人を連れていったときに,実際に体験した話である。
次に北海道では特にヒグマに注意していただきたい。特に道南ではヒグマの生息域と人間の住むところが世界的に見てもかなり近いと言われている。また,最近のヒグマは平気で人里近くにおりてきてゴミや畑の作物をあさっている。平成11年5月には釣り人が襲われ死亡そして同じクマに山菜採りの女性2人が襲われ大けがをしたという事故も発生している。森の奥まで入らない,日没前には山を下りる,一人ではでかけない,声をかけあいながらキノコ採りをするというようなごく当たり前な基本的事項も忘れないようにしたいものである。以上,山が与えてくれる恩恵と自然に対する尊敬を忘れずにこれからもマナーを守って事故のないよう楽しくキノコ狩りをしていきたいものである。