ごあいさつ
特定非営利活動法人 みみより会 理事長 遠 藤 良 明
■はじめに
 会員の皆様こんにちは。5月の総会で新しい役員が決まり、臨時理事会の互選で私が再び理事長職を拝命することになりました。会のことでいささか責任を感ずるところあり、なりゆきで思わず理事立候補を口にしてしまったのですが、まもなく傘寿を迎えようとする身であり、これ以上老醜の身をさらしたくないという気持ちもありました。それゆえ理事も末席を希望し、もっと若くて活動的な方に理事長になって欲しいと提案したのですが調整がつかず、今回は実現できませんでした。これも巡り合わせと割り切って2年間、頑張ってまいりますので新しい役員ともども会員の皆様方の一層のご支援をお願いする次第です。
 庄司敏昭前理事長を初めとする前役員の方々にはこれまでいろいろな悪条件に耐え、会を懸命に支えて下さったご苦労に心より感謝申し上げます。

■これまでのいきさつ
 理事会は審議した内容について逐一会員に知らせる義務があります。このことを最近は透明性などと言っておりますが、この仕組みが正常であれば会員は理事会の動きを知ることができます。私はここ数年、監事になっておりましたが、月々の理事会に出席することもなく、ときどき例会に顔を出す程度で事業部の華やかな活動に触れ、すっかり安心しきっておりました。ところが昨年の夏も終わりでしたか突然理事会に呼ばれ、個々の理事や事務所のおかれている現状を聞かされました。そしてNPO制度のことについて尋ねられ、理事会の考えていることに少なからずショックを受けました。
 この件につきましては『みみより』誌1月号(bT82)の小文で触れたとおりです。同月号の巻頭には「理事4名は立候補しない、新しい理事数の確保も事務所もまだ決まっていない」とありました。この原稿は恐らく前年の11月ごろに纏められたものと推測されますが、こうでもしなければいつまでたっても辞められないという焦りもあったのでしょう。
 しかし大方の会員には会存続の危機と映ったようです。新しい理事を確保することの難しさは過去の例を見るまでもなく私自身が身をもって何度か経験しておりますが、『みみより』誌上でただお願いするだけでは効果なく、じかに個々の人と交渉をして初めて確保となります。
 今回は結果として10名(監事を含む)もの会員が次々と手を挙げましたが、こうした裏には新理事や事務所の人を必死になって探し、あちこちにメールやFAXをして頭を下げ続けた人がいたことを忘れることができません。私も及ばずながらこれぞと思う心当たりへお願いをした一人ですが、こちらはいずれも誠にあっけなくあっさりと断わられておりまして我ながら無力に恥じ入るばかりでした。

■総会後の動き
 6月15日(土)、東京都江戸川区船堀のタワーホールで「人工内耳友の会[ACITA]」創立25周年記念大会の式典があり出席してまいりました。友の会の会員は全国で1千名を超えているそうで、発展途上の勢いのある団体です。当会にも友の会に入っている方が多いと思います。お医者さんや会社との結びつきが強く、大勢の参加者による熱気を肌で感じてまいりました。それから新理事会は当分の間原則として毎月開くことに決まりました。すでに、6、7月の2回開かれていますが、年間の行事計画もほぼ決まり、会場の確保、原稿の収集にもそれぞれ担当理事が鋭意頑張っておりますので行事など今までと同じように大勢の皆様方のご参加をお願い申し上げます。

■アベノミクス
 この原稿を書いているのは7月の半ばで連日35度を超す猛暑続きの最中です。国内では参議院の選挙にからんだアベノミクス、原発問題、改憲問題、TPPなどが話題になり、大きな転換期を迎えるのか固唾を呑んで見守っているところですが、為替と株価の劇的な変化は国民の閉塞感を払拭し、明るい方へと期待を抱かせたことは事実です。三本の矢は毒矢である、お金持ちや大企業ばかり得をしてこれではアベコベミクスではないかと憤っている人もいるようですが、これをきっかけにして皆が元気になればまた困難を乗り越えて行くことができます。
 変革の時代に180年周期説というのがあるそうです。この説によりますと日本はあと2〜30年は変革の時代が続き激動に翻弄されるが、そこから新しい価値観がうまれ、昨日の専門家は明日の専門家ではなくなるそうですから不遇であった人にもチャンスが訪れる時代になるとか。人は、健全なる元気があれば自助の精神で成長し、組織は、その成長した人材によってさらに成長が可能になるのだそうです。理事会の姿勢はしばしば会員の心に反映します。気は心の明るい気持ちを持って皆様方に接するよう心掛けたいと思っております。

                   えんどう よしあき(神奈川県大和市)
              平成25年『みみより』誌 9月号(通巻586号)より
                            平 成 25 年 初 秋