No.144
青春を謳歌
市 川   明
 みみより誌600号達成、おめでとうございます。
 一口に600号といっても年に10回発行として、優に60年の歳月が掛かります。生まれた赤ちゃんが学生、社会人、結婚と過ぎて定年退職の還暦を迎える年月と同じです。みみより誌の、このすごい歴史には沢山のそして多くの人々の歴史が詰まっていることでしょう。このような歴史ある会誌に一時ではありますが関わってこられて誇りに思っています。私がみみより誌で担当したのは人物帳でした。毎月2〜3人を会員名簿から選び一つひとつ郵送でお願いしたものです。FAX無し、携帯やパソコンもない時代でしたので、常に半年先の原稿をと考えていました。役員や例会参加の常連さんを避け地方会員や、めったに参加できない方を優先してお願いしていたものです。お願いしても反応がなく1人しか返事が来ない時もあり、大慌てで先取りした原稿を当月に回したりして工夫したものです。質問の内容も1人ひとり異なればどの号に乗せても問題ないようにと工夫したものでした。ただ季節に関しての質問はその号限りなので綱渡り的な案配でしたような事も。
 会員のある方に人物帳をお願いしたら、自宅に電話で「近くなので取りに来ては」と連絡があった。当時は独り身の気軽さ、実家から歩いて十分のくだんの会員宅ところへ行き、ご本人と奥様と3人で1時間以上もおしゃべりをしてきました。本当にみみより会ではいろいろな経験をしてきました。おそらくこのような聞こえない者が主な団体に入ったから得られる体験ではと思います。手話がメインのろう団体に入っていたら、それはそれでまた違った展開もあったと思うが、みみより会であったからこそ、今の私が居るものと思っています。

 みみより会で活動した時期は20歳ころから30歳ころでこの時期がわが青春の時期と思っています。普通は15、16歳から20代半ばが青春期というようですが、聴覚障害がある身では中々女の子と話すこともかなわなかったのです。同じ経験がある方もいるのではと思います。
 そのようにみみより会で青春を謳歌し会誌の編集部の傍ら、この期に伴侶と出会え爾来ン十年になります。かみさんは子育てが上手く、2人の子供も大学卒業からズーッと1人暮らしで来ましたが、2人との会話も手話で事足り、困るようなこともなく居酒屋で飲むときもスムーズなものです。
 伴侶には感謝の気持ちはあるもののテレで面と向かい言えないこととして勘弁してと心の中で呟き、そして「ありがとう」と呟いています。
 みみより会は単なる障害者団体なのかそれとも何かが宿っているのか、これは一人ひとりの会員の心の中にあるのでしょう。私としてはみみより会とは、親であり兄弟であり、そして友人であったと思っています。
 600号を期に会誌が変更になると聞いています。たとえどんな形であれ、みみより会と会誌(広報? 会報?)そして例会はワンセットで続けられるものと思っています。みみより会は永遠不滅です。

いちかわ あきら(神奈川県綾瀬市)
2016年『みみより』誌 No.600号掲載

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