 |
皆さんこんにちは。今日は人工内耳の体験談ということで、「補聴器から人工内耳へ」というテーマをいただきました。
人工内耳をやった方は段々増えています。でも耳が聞こえるようになったとお話しするだけでは、ピンとこないと思います。それで、アッこんな風に聞こえるようなったのかと分かるようにOHPを用意してきました、見て下さい。
私は今年70歳、人間70歳になると耳が聞こえなってくるものです。だから私の耳も、歳をとって聞こえなくなったのだと思っている人が大勢います。しかし私は、子供のときから耳が遠かったのです。
1952年に高校を卒業して大学へ入りました。あくる1953年にはじめて身体障害者手帳の交付を受けました。手帳には、両内耳性難聴2種4級とあります。補聴器を使えばわりと聞こえておりました。それ以来、補聴器を使って一生懸命やって参りました。今までに使った補聴器を見てもらうため持ってきました、あちこちの引き出しとかから、こんなに沢山出てきました。もっとも、これで全部ではありません。昔は新しい補聴器を買うと古い補聴器を下取りしてくれたからです。でも、ずいぶん、たくさんの色々な補聴器を使ったものだなあと、改めて思いました。
現住所の清水へ来て東海大学に入って、今年で35年になります。今70歳ですから、人生の半分は東海大学で、大学の先生をしていたことになります。平成5年、10年前ですね1種2級に、耳が聞こえなくなっていました。これを(手帳)貰うための検査でした。左右とも平均105デシベルとあります。こんな聴力で大学の先生をどうしてできたのかと聞かれます。自分でも不思議に思います。
でも、やればできるのです。もちろん、そのために工夫はしなきゃなりません。どんな職場でもそうでしょうが、やっぱり耳が聞こえないと軽く見られがちです。そこをしのいでゆく苦心も必要です。
自己宣伝めくようですが、この写真は世界水族館会議(1996年)での私です。日本の水族館人として基調講演を頼まれました。でも、私は質問が聞き取れませんから、要約筆記をたのみました。この方がそうです。通訳はつけないことになっていますから、特別です。歳をとるにつれてこのような仕事がふえて、いちいち、しのいでゆく苦心もふえました。
この写真はまだお若いときの美智子さまですね、今は皇后陛下です。天皇陛下もまだお若い。お二人が東海大学の博物館にお見えになったときのことです。写真を撮った人の話では、美智子さまが私に何か聞かれたらしい。この写真を見ると、私はそれを分からずにいたようなのですね。後で聞いて残念に思いました。
魚のことをお聞きになられたのでしょうから、聞こえれば答えられた。聞こえなくて答えられないことと、知らなくて答えられないこととが一緒になってしまうというのは非常に残念なことに思えます。私の人生には、こういうことが数限りなく、いっぱいありました。残念に思ってはいましたが、これはもう、どうしようもないわけです。
一方で、以前から、筑波大学の大沼直紀先生が、補聴器を使っている人でも人工内耳をやればもっと聞こえるようになると、たびたび、すすめて下さっていました。別に福島・郡山の森谷秀幸さんや東京・浅草の木下幸雄さんたち、人工内耳で聞こえるようになった先輩がたにもすすめられて、私も人工内耳手術を受けてみようという気になりました。大沼先生の紹介で、東京大学病院耳鼻科で手術することになりました。
人工内耳手術の前には、たくさんの検査をします。補聴器をつけてやる聴力検査も、私ははじめて受けました。装用閾値(いきち)検査です。裸耳の聴力は、右がほとんど聴力廃絶、左は110デシベル、ずいぶん聞こえないわけですが、左の耳に補聴器を使うと、250〜1,000ヘルツの中音域だけ60〜80デシベルの利得があります。この範囲は会話に使われる範囲なのです。低い音も聞こえないし、高い音も聞こえない。でも、会話はなんとか成立させられてきたというわけです。
それから聞き取りの検査。この検査で聴力と聴覚の二つの区別をはじめて知りました。耳でだけ、目でだけ、そして目と耳の両方で……。
どうやるかといいますと、ビデオを使うのです。綺麗な若い女の人ではなく、中年の少し怖い顔の女性が無表情にいう言葉を反復するのです。「今日はいいお天気なので……」とか「ニワトリが走って行った」とか、話がパッパッと変わる、聞き取り読み取りのテストです。私たち難聴者は、話を前後つないで聞くので、話が急に変わると分かりません。結果はみじめなものでした。
最も成績のよかった目と耳の両方を使うテストでさえ、「あ」とか「う」とかの単音正解が28%。「秋」「栗」などの単語は16%、「貴方は頭がいいですね」などの短文がようやく37%でした。
一般に正解率が20〜30%では、会話はすれちがいが多くなるそうです。私は補聴器をつけてようやく37%でした。耳だけだと、補聴器をつけても0%か2%でした。補聴器を外して目で見るだけのほうがまだいい、ということも分かりました。これなら人工内耳がいいだろうと自分で納得する結果でした。
3月5日に入院していろんな検査をしました。なかには、耳に水を入れる平衡機能の検査もありました。何のためにするのかと聞いたら、メマイがするかどうかを見る、メマイがするほうがいいというのです。しかし、私はいつも海に潜って、いつも耳に水が出入りしていました。私は水が入ってもメマイなんかしたことはないんです。で、とにかくやってみると、久しぶりに耳に水が入ってきて気持ちがいいばかりで、メマイはしません。これでは駄目かなとガッカリしました。けれども結局、手術はすることになりました。
手術は右にするか、左にするか、少しもめました。左はまだ使える、右でも好結果の可能性があるのなら、右をやって欲しいとお願いしました。今まで、補聴器は左につけてきています。万一失敗しても今まで通り補聴器が使えるでしょう。それにもう一つ、手術してから3週間、補聴器も使えず、音がまるっきり聞こえない状態で辛抱できるか、弱虫の私は心配でした。で、3月10日の手術後、3月31日までの入院中ずっと、右にグルグル包帯巻きして、左で補聴器を使って過ごしました。精神安定上、これはよかったと思います。
もし人工内耳手術に関心があるのなら、話が十分聞き取れなくても、補聴器を使って、音を聞いていた方がいいと思います。私の場合、音入れをするまで多少なりとも音を聞いていた、それが、結果的には、よかったような気がするのです。
人工内耳は、最初はコクレア社の製品を使う予定でした。日本では3,000人位手術を受けている、もっとも普及している機種です。それが病院の方針で変更されて、メドエル社のコンビ(40プラス)を使うことになりました。
手術は2時間半、麻酔してから覚めるまで5時間です。なんにも知らず、なんにも痛くありませんでした。ベッドに帰って、最初覚めてからメマイがする。色んなものが浮かんで見える。それだけでした、これも短い間でした。食べるものも美味しい。手術によって、味覚が変わることもなく、顔が腫れることもありませんでした。今はこれが普通みたいです。
手術は、セラミック・インプラントを埋め込む手術です。厚みが3mm、大きさが3.4×2.5cm、そこから出ている電極を内耳の蝸牛の中に入れるのです。電極の長さは2.6cmです。内耳はピーナッツくらいの大きさです。埋め込んだインプラントと、体の外側とはマグネットで張り付くようになっています。手術で切った長さは14.7cmでした。こまかく22針、きれいに縫ってあって、傷跡はほとんど見えません。
手術の3週間後、3月31日に初めて音入れをしました。内耳に入れた12対の電極それぞれに、45デシベルの音が聞こえるように電極を通します。その時の感じは人によって違います、私はビックリするようなことはなかった。私の前に2人メドエルをやりました、この方たちは聞こえなくなってから短いのですが、長い人は音を忘れています。聞こえなくなって短い人は、普通に聞こえていた音と比べます。するとやっぱり、不満もあるでしょう。私の場合は補聴器で聞いている音と比べるので、その点は大分違うと思います。
人工内耳を使ってすぐ気がついたのは、耳鳴りが消えたことです。一般の人は、聞こえない人は静かな世界に居ると思っていますが、ちがいますね。たえず耳鳴りが聞こえていて、いつもやかましい世界にいる人が多いのです。耳鳴りを聞いていると、すぐそばで呼びかけられても聞き分けられません。少なくとも、この私はそうなのです。それで誤解されたこともありました。
人工内耳を使うようになってから、妻とオペラに行きました。手術前、オーケストラのヴァイオリンやチェロなどの弦楽器の音は全然聞こえなくなっていたのですが、人工内耳ではよく聞こえます。そして、音楽がパタッと止まると、シーンとなにも聞こえなくなります。そこからまた、湧き上がるように音楽がはじまります。聴の世界ではごく当たり前の、なにも聞こえなくなるということが、私にはとても新鮮な体験でした。耳が聞こえないくせに、いや、だからこそ、静寂ということを忘れていたのです。
人工内耳に入れてもらった純音の聴力は最初が50〜70で、2週間後に低音から高音までを45デシベルに揃えてくれました。45デシベルといえば、軽難聴の聴力です。人工内耳では一般に40〜50デシベルをつけるのだそうです。
ここで肝心なのは、この45デシベルというのが「自分の耳の聴力ではない」ということです。自分の聴力を補うものでもありません。そこが補聴器との根本的なちがいです。
音を聞くのはあくまで人工内耳のプロセッサーです。プロセッサーが、聞こえる音を電気信号に変えて、それを内耳にある、文字通りカタツムリのように巻いた蝸牛の中に挿入した12対の電極に伝えます。250ヘルツから4,000ヘルツまでに振り分けた12対の電極のそれぞれに、あらかじめ、45デシベルの音量が聞こえるように、電流を流します。それが人工内耳のスイッチオン、つまり、新しいスタートです。
プロセッサーが聞こえる音を電気信号流に変えて、埋め込んだインプラントを通して内耳に送り、たった12本の電極が、低音から高音までの音を蝸牛神経に感じさせます。その音は、したがって、外耳、中耳、内耳を順に通ってきた。一般に聞こえる音とは、まるでちがったものです。いわば擬似音声です。
電気信号の擬似音声を、それぞれの音として聞ききとれるかどうか、言葉として理解できるかどうか。それをするのは、器械ではありません。生身の人間の脳なのです。脳の感覚上皮で聴覚野といわれる部分です。人工内耳がとらえた音を、脳が聞きとるのです。
ですから、45デシベルの音が入ったといっても、聞こえるはずの音がそのまま聞き取れるわけではありません。わりとすぐ聞き取れる音と、押しつぶされているように聞こえにくい音があります。
当然、会話は非常に聞き取りにくい状態です。それがときどき、思いがけず聞き取れる……いう状態が次にきます。
私の場合は、そのような状態から、術後3ヶ月後になると、目立って聴き分けが向上してきました。
短音、単語、短文の正解率が、女性の顔を見ながらでは70、74、92%、ビデオの画面を消して声だけでは、54、56、74%になりました。6ヵ月後にはまた少し向上して、それぞれ78、86、94%と、60、64、75%になりました。
もっとも、単音や単語の聞き取りは、54〜64%ですから、まだ不十分です。とくに男性の声での検査成績は、あまり向上していません。半分ぐらい以下の正答率です。それでも、術前、補聴器をつけての正答率が、よくても三分の一、そのほかはゼロ%だったのにくらべると、格段の進歩です。これで日常生活には、充分役に立ちます。
ここまできて、人工内耳が、補聴器を上回る「聴覚機能」を果たしはじめたと確信できました。
聞き取りの効果は、私の場合、音入れ後3ヶ月まで急に上がって、後はゆっくり上がっています。繰り返しますが、人工内耳は、補聴器とちがって、音を入れてすぐ聞こえるようになるわけではありません。本人の聞き取り練習への努力と、コンピューターによるプログラムの微調整が必要です。それがいわゆる「人工内耳のリハビリ」です。
リハビリって、どんなことをするのだろうか、リハビリの良し悪しが、後々の聞こえに影響すると、先輩から聞かされていたので心配でした。手術の前に紹介してくださった先生にお尋ねしました。「ご自分でおやりになればいいんですよ」「えっ」。でも、やはり自分ですることになりました。「毎日20分、テープを聞いてください」「テープねえ」。
私はテープを聞いたことがなかったのですが、はたと思い出しました。以前、私の本を視覚障害者の朗読サービスに使いたいと、ある図書館からのご依頼で、謝礼代わりに送られてきたテープがあったのです。もちろん、聞くのは初めてです。こんなことであの本とテープが役に立つ日が来るとは、夢にも思いませんでした。本の題名は、たまたま『魚は夢を見ているか』でした。
最初に聞いた人工内耳を通した音は、じつに奇妙な音でした。全体におさえつけられたような感じの音で、大きな音はこもってしまい、かえって聞こえにくいのです。何ヶ月かしてからも、デパートへ行くと、高級雑貨売り場のような、人声も少なく静かなフロアでは、自分の声も他人の声もよく聞こえるのに、地下の食品売り場のような、騒然としているはずのフロアではかえって、奇妙にシーンと静かなのです。自分の声もよくきこえません。
子供の声、女性の声など、高いきれいな声(ソプラノ)が、最初はしゃがれて聞こえます。これにはガッカリしました。
それが6ヶ月すぎると、不思議なことにソプラノはソプラノに聞こえるようになるのです。私の孫2人の声も、最初はしゃがれて聞こえて、どちらの声か区別もつかなかったのが、次第にしっかり区別できるようになりました。
6ヶ月のあいだ、毎日テープを最低20分間以上聞きました。初めてテープをかけたとき、健聴の家内が驚いて飛んできました。「家中に響き渡るような大きな音」だと。そこでダイヤルを適当にまわして、音をしぼって聞いてみました。不思議なことに、聞こえる音の大きさ、音感は同じなのです。
するとまた、家内がやってきて、「そんな小さな音で聞こえるの?」と聞きます。音の高い低いではなく、音の大小の区別が分からないのです。大音も小音も同じに聞こえます。そんなふうにスタートしたのが、だんだん聞き分けられるようになります。読み手も、初めは男性だと思っていたのが、女性だったと分かるまでに3ヶ月かかりました。毎日聞いていると、性別不明の低い声の中から、ときどき、透明な女性の声が聞こえてくるようになり、だんだん女性の声らしくなってゆくのです。
自分の日常生活での態度も変わってきたように思います。相手の話すことが聞き取れない場合、補聴器のときは一度聞いて分からなければ何度聞いても分からないので、あきらめ、適当にうなずいてごまかしていました。
それが人工内耳では、一度聞いて分からなくても二度聞けば分かることがわかり、聞き返す自信がつきました。会話のときのレスポンス(応答)も遅れなくなり、「エッ」と聞き変え事が少なくなりました。ただ、手話を忘れます。口話の読み取りも弱くなります。耳を傾けて聞くことに集中するからでしょうか。
私は子供のときからの難聴で、補聴器を使いだしてからも長く、時間をかけて聴力が低下したので、覚えていた音のほかに、忘れていた音、記憶と違う音がありました。パン焼き器、電子レンジ、オーヴン、パソコン、お風呂の音、知らなかった音がたくさんふえているのを知り、エレベーター案内とか、高速道路や駐車場の発券案内などの電子音声が、はっきり聞き取れるのにもおどろきました。
もう一つ、聞き取りの検査で気がついたことですが、手術前のデータは補聴器をつけた左耳のそれで、手術後のは人工内耳を通した右耳のデータです。聴力検査のときは、右は右、左は左、左右の耳で別個にあつかいます。当たり前です。
それが、聴覚の検査は左右どちらの耳で聞いたかにこだわらなくてもいい……というのには、なんだか違和感があります。聴力は耳で、聴覚は脳で聞くからということでしょうか。
もっとも、私の場合は、術前は左、術後は右、それをつなぐしか、手術前後の比較のしようがないわけです。
人工内耳をつけたら、耳が治ったと思っている人がいます。でも、それは間違いです。プロセッサーを外せば、なにも聞こえません。1種2級の障害者に変わりはありません。左に補聴器、右に人工内耳と両方使ったらどうかと聞く方がいます。そうしている人もいます。そのほうがいいと喜んでいるもいます。私も、それはいいかもしれないと思っていました。ところが、私の場合は、補聴器を併用する必要がなかったのです。
補聴器でも声は聞こえます。しかし、その音は、人工内耳にくらべて、私の耳には、むしろ不自然な音に聞こえます。人工内耳の音のほうが、今ではごく自然に聞こえるのです。
しかも、たいへん不思議なことに、人工内耳を通ってくる音声と、補聴器で聞こえる音が混ざりあわないのです。人工内耳を通して右耳で聞く音は、右から真ん中を越えた頭の大部分で聞こえ、補聴器で聞く左耳からの音は、左耳を中心にするせまい範囲でだけ聞こえるのです。
すると、右の耳で聞く音が左脳に入り、左の耳で聞く音が右脳に入るという、有名な話どうなったのでしょうか。少しむつかしくいうと、聴覚や視覚などの感覚神経路の左右交差は不完全で、同じ側の大脳半球の感覚野へゆく神経が多いのだそうです。なるほど。私は今、その学説を体験しているのかもしれません。
私は今年、大学を完全退職します。定年を延長してもらってまで大学の先生をやってこられたのは、もちろん、補聴器のおかげです、わが国で補聴器が普及しはじめるのと、私の人生はオーバラップしていたようです。取り替え引き替え、補聴器にお金もずいぶん使いました。公的援助を受けたこともありません。それでもだんだん聞こえがわるくなって、ここまできました。その最後に、人工内耳をためす機会が与えられ、好結果が得られたのは、幸せなことだったと思います。
人工内耳をやるかやらないか、選択は自由だと思います。人工内耳は、あくまで先端医療です。すべての方が好結果を得られる保障もありません。手術ですから、勇気もいります。ただ、ここを踏み越えないと、難聴の治療は進まないと思います。
内耳再生、ES細胞移植、遺伝子探索の研究も進んでいます。でも、細胞移植は、細胞が組織になり、器官になるまで時間がかかります。それで聞こえるようになるかどうか、失敗のリスクもずっと大きくなるはずです。
研究は研究として、聴覚障害者の私たちの立場からは、確実に、早く、快適に聞こえるようになることに意味があります。まず人工内耳を肯定するかどうか、それを私たち自身の問題としたいと思います。
それでは、ここで人工内耳の先輩、福島の郡山市から来られた森谷秀幸さんにコメントをお願いします。
■ 森谷秀幸さんコメント ■
皆さんこんにちは、今日、鈴木先生が人工内耳の講演をする、手伝って欲しいとメールがありましたので、私が薦めたこともあり、福島の郡山市からやってまいりました。
私は人工内耳をやって、もう少しで5年目になります。人工内耳をやる、やらないは自由ですが、自分の「生活の質」上げていきたい希望があれば、歳に関係なく、70でも、80でも大丈夫です。ただ、全身麻酔をしなければならないので、高血圧などがあると難しい。
私の場合、先生と同じで初めは分からない。脳が成長するというか、入ってきた言葉が、普通の人は15,000本の有毛細胞を通して脳幹に伝わって聞こえが分かるわけです。だが人工内耳は、僅か24本程度の電極がその代わりをしています。初めはザラザラした言葉でも、3年、4年、5年とたつと、女性の言葉、男性の言葉も区別できるようになります。テレビはそのままでは分からないので、小さなマイクをスピーカーに付けて引っぱって聞いています。すると、ニュースはもちろん、ナレーションも分かります。演歌なども聴くようになりました。
一番良い点は、生活の質が向上したことです。自分でどこにでも行く。市役所に行く、病院に行く。以前は、出掛けるときは筆談帳などを持ち、おずおずしていた。40年聞こえず、人との対話に怖さがあった、いつもメモ帳を持っていた。それでもコミケーションが取れない。今は一対一なら対話が出来るようになった、一度聞いて分からない時、二度聞けばよく分かるようになった。だから今は何処にでも自分で行ける、お客が来れば自分で走っていって対話する。6人の孫ともよく話をするようになりました。
鈴木先生の話で気が付いたのですが、電極が2つずつあると言いましたが、私のは、1つです、22本の電極が付いている先生のは、12×2で24、それで少し聞こえ方が違うのかなと感じました。
次に木下幸雄さんにもお願いします
■ 木下幸雄さんコメント ■
私は三年前に、人工内耳をやりました。森谷さんとか、橋本さんに薦められて。
初めは、人工内耳をやっても駄目だろう、人工内耳は自分に関係ないと思っていました。やっても良くならないと思っている人は沢山いるのではないでしょうか。
人工内耳が始まってから20年になりますが、いろんなケースを聞いて、うまくいったとか、失敗したとか、そういう噂だけで判断している人が多い。本当に聞きたいという気持ちがあったら、病院で検査をしてもらうべきです。お金もたいしてかからないし、体に傷を付けるわけでもありません。検査を受けてOKといわれたら、やってほしいと思います。
聞こえるようになるのに、やらないのはもったいない。うまくいけば、今の人工内耳は、会話はほとんど分かるようになります。まったく便利です。私は音楽が趣味で、最初は音楽も分からなかったのが、1年、2年過ぎて分かるようになりました。
今日ギターを持って来ようと思ったのですが、まだまだ下手で、指が動かなくなって、皆さんに見せるほどではないので、持ってきませんでした。家では楽しんでいます。テレビも当たり前のように聞こえます。夜はラジオを聞きながら寝る生活をしています。自分が人工内耳に適応しているかどうか、検査だけでも受けてみることをおすすめします。
平成16年1月18日 東京都障害者福祉会館
手話通訳 桑田・石川
要約筆記 派遣通訳4名
テープ起し 斉藤 良一
すずき かつみ(静岡県静岡市)
みみより会参与・元会長
東海大学名誉教授
2004年「みみより」誌 No.508・509号掲載 |
|