ネオ・ノベル「真・蟻とキリギリス」


季節は夏


 暑い太陽の照りつける夏。ある森の小さな草むらで、蟻たちは一生懸命に食糧を探しては巣穴へと運んでいきます。
 「やあやあ君たち。今日もご苦労なことだね」
 突然、上のほうから声がしました。蟻はいったん手を休めると、声のしたほうを見上げました。
 そこにはえんび服を身にまとい、ヴァイオリンを手にしたキリギリスが優雅に蟻を見下ろしていました。
 「いいえ、キリギリスさんこそご気楽な身分ですねえ」
 蟻は、額の汗をぬぐいながらそう言いました。その言葉にはわずかながら皮肉がこもっていました。キリギリスは全く気にしませんでしたが、一応言い返しました。
 「とんでもない。僕の仕事だって君たちに負けないぐらい大変なことなんだよ。僕の演奏がこの森の住人みんなに安らぎを与えていることぐらい、君にも分かるだろう?」
 「それに」
 キリギリスは、演奏の準備を始めながらさらに続けました。「演奏することが僕の楽しみでもあるし、生きがいでもあるんだ。君はその仕事に生きがいを感じているのかい?」
 「生きがいも何も……。この食べ物のある季節にしっかり探して蓄えておかないと、冬に餓死しちゃうからね。それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ」
 蟻はキリギリスの止める間もなく、食糧を探しに行ってしまいました。
 「やれやれ」
 キリギリスは軽く首を振ると、手にしていたヴァイオリンを弾き始めました。
 まだ朝露の残る草むらに美しい旋律が響き渡ります。自分で上手い言っているだけあってなかなかのものです。彼の演奏によって、この草むらの住人たちも元気づき、仕事に精を出すのでした……。



季節は冬


 冬がやって来ました。寒風に落ち葉が舞い、枯れ草や裸の木が立ち並ぶさまはまるで死の世界のようですが、地下にある蟻の巣では、冬を越す準備で大忙しです。
 その中、一匹の蟻が巣穴から出て来ました。
 「キリギリスさん、どうしているんだろう……?」
 蟻の頭に、夏、キリギリスと会話を交わした記憶が蘇って来ました。
 そのときです。枯れ草の影から何者かがよろめきながら歩いて来ました。
 蟻はそれに気づき、駆け寄りました。
 「キ、キリギリスさん……」
 その姿は、まぎれもなく夏に会ったキリギリスでした。けれども、キリギリスは酷くやつれたうえ、服やヴァイオリンはボロボロで、当時の面影はありませんでした。
 「大丈夫ですか?」
 よろめくキリギリスに蟻は肩を貸しましたが、それをキリギリスは振りほどきました。
 「い、いいんだ……」
 「な、何がいいというんですか!! 早く私たちの巣に入って手当てを受けなければ!!」
 「僕はもう充分に演奏をした。しかも、みんなはそれを聞いてくれた。他に何を思い残す事があるんだい?」
 「とにかく、死にそうな人(虫)を放っておくわけにはいきません。それに、元気になれば来年も演奏出来るでしょう!」
 「ぼ、僕に借りを作れと……? へ、へへ……そんなお節介はやめてくれよ。それに、もう僕はだめだ……自分でも分かる……。これで君たちの世話になったら、それこそ夏に君の言った事が正しくなってしまうじゃないか……」
 「この意地っ張り! 勝手にしろ!」
 蟻はとうとう怒って巣穴に戻ってしまいました。

 しばらくして雪が降ってきました。いよいよ冷え込んで来ました
 巣穴の中で蟻はジッと考え込んでいましたが、雪の知らせを聞くと、いたたまれなくな って先程の場所に戻ってみました。
 キリギリスは死んでいました。しかし、その死に顔は安らかでした。
 蟻は不思議でなりませんでした。彼らにとって死は全ての最後であり、だからこそ、な るべく死なないようにする事を一番の目標としているのです。
 「おおっ、食糧だっ!」
 蟻がふと声のした方を見てみると、同じ巣の仲間たちが嬉しそうな顔をしてキリギリス の死体へと集まっていきます。
 「よかった、よかった。こんな冬に食糧が手に入るなんて」
 仲間の蟻たちは、キリギリスの死体をさっさと運んでしまいました。
 「……そうだよね……。食糧が無くなれば、僕たちは死んでしまうんだ……」
 蟻はポツリとつぶやき、巣穴へと戻っていきました。
 外は身も凍る寒さだというのに、巣穴はポカポカと暖かく、とても住み心地の良い所で す。ここで蟻たちは冬を越し、春が来るのを待つのです。



そしてまた、夏がやって来ました


 草むらの中は再び活気にあふれ、多くの虫たちが歩き回っています。
 突然、上のほうから声がしました。
 「やあやあ君たち。今日もご苦労なことだね」




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