ネオ・ノベル「ラッキー・エイジ」


 毎年、この日の新聞は穴のあくほど見つめられ、恥ずかしい思いをしている。なぜなら、今日は『グレート・ドリーム・カム宝くじ(略称グレドリカム宝くじ)』の当選発表日だからだ。
 足立区のアパートに住んでいる金本輝夫も、珍しく早起きして、この日のために買っておいた宝くじを引っぱり出してきた。金本はその派手な名前に反して、それほど裕福な暮らしを送ってはいなかった。かといって、貧乏というわけでもなく会社に勤め、充分に自分の身を養っていた。
 「夢を買う」
 彼は、そう言って毎年宝くじを買っていたのである。しかし、その結果といえば、五等の1万円が最高額で、1等の10億円への道のりは遠いのであった。
 ところで、彼にとっての「夢」とは金のことであり、また、それを自分の才能や実力ではなく、「運」だけによって実現しようとしていることは言うまでもない。
 さて、午前5時。待ち望んでいた新聞が配達されると、金本輝夫はその名が表す通り、輝ける未来を迎えるべく新聞をめくり始めた。やがて、その一角に視線が固定される。そして、彼は手元のくじを一枚一枚取りだし、番号を照らし合わせた。
 「これも違う……これもダメだ!!」
 金本は真剣だった……。なぜなら、今月の小遣いの大半を宝くじに賭けていたからである。
 しかし、この種の真剣さは多分に滑稽さを含んでいたものであったろう。事実、夢を買いにいく金本に対して、同僚たちの態度は冷淡であり、「宝くじマニア」と呼ばれることも再三であった。そういう輩を見返してやりたい……。金本の夢はいつの間にかふくらんでいた。


 次第に宝くじの残りが少なくなっていく。
 どういうわけか、今回は一度も小さな当たりが出ない。すべて外れているのだ。金本はそれを吉兆とした。最後に大物を釣ってやる! 彼の胸は次第に高鳴っていく。とうとう一枚の当たりも出ないまま、最後の一枚が彼の手元に残された。
 「よし! AQ組の128761番!!」
 金本は、気合いを入れるために番号を大声で読み上げた。ふと、彼は何やら覚えのある番号である事に気がついた。何度も調べているので、当選番号が頭に残っていたのであろう。
 「はて? 上の方だったかな……あれ……?」


 『梅桃銀行』本店から出た金本は一つ、深呼吸をした。外の世界が昨日とは全く変わって見える。目の前にそびえ立つビルも、高級レストランも、彼にとって身近なものに思えたからであった。
 「どうしようか……」
 金本は、もう一度通帳を開いた。そして、0の数を数える。
 「1つ、2つ、3つ……9つ!!」
 1等10億円が当たったのだ。信じられないことながら……。まさに、天にも昇る心地とはこの事であろう。
 しかし、一方で多少の失調もある。今までずっと願い続けて来た夢が叶った反動であろう。この時、彼はその事について深く考えることはなかった。
 「よーし! あのシケた会社を辞めてやる! 家も買うぞ! 車も買うぞ! 女だってできる!!」
 すぐに彼は実行した。まず、長年頭を下げ続けて来た部長の顔を札束で引っぱたき、地価の下がった田園調布の豪邸を買い、高級車を乗り回した。また、それらを使い女を侍らせて……。さながら企業グループの会長気分であった。
 かつての彼の希望は全て叶えられたといってもよい。そして、それは彼と同じ日本人の多くが望んでいるものであったはずだ。そのため、日本人は受験勉強に精を出し、過労死者が出るような職場で頑張っているのだから……。
 しかし、彼の気分はあまり優れなかった。あの当選日にあった妙な失調感である。全てを手に入れたという満足感が、次第に失せていくのである。もし、彼が老人であったならば充分に満足し、余生を楽しんでいたことであろう。しかし、彼はまだ若かった。心の底から無形の何かが湧き上がってくるような気分を抑えられなくなっていた……。
 金本の手元には、まだ数億円が残されていた。「何か」を掴めるかもしれない。
 「よし!」
 金本の目には決意の色が浮かんでいた……。


それから数年……


 気だるい昼下がりの木曜日、脳天気王国の象徴番組である『お昼のワイドショー』がいつものようにお茶の間を賑わせる。二流芸能人の不倫が放送された後、海外からニュースが飛び込んで来た。
 「え~、報道部からのニュースです。今朝、現地時間の昨夜、サハラ砂漠で日本人のものと思われる遺体が発見されました。身元は今、確認中です。詳しい情報が入り次第、お伝えします」
 デスクからの原稿を棒読みしたキャスターは、その後何事もなかったかのように今日の特集を紹介した。
 「さて、次は皆さんお待ちかねの『奥日光猿軍団』の特集で~す」



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