愛しいひと
今日もスターツアーズした早々にギュンターから眞魔国の歴史やら魔王のイロハやらたくさんの話を聞かされ、しまいにはなぜか途中から新魔王陛下渋谷有利の話に移り、気が滅入ってきそうなまでに褒めちぎられ、やっとギュンターのあまり意味のない授業を終えたと思ったら今度はグウェンダルから「目は通しておいたからあとはサインをしておけ」といろいろな資料を渡された。
いまだこちらの世界の読み書き三歳児程度の読解力ではなにがなんだかわからない。
しかももうもうヘトヘトだったのでこんな沢山の文字をみていたくもない。それでも有利は「グウェンダルやっといてよ」と言いたいのを我慢してひきつる笑顔で資料を受け取った。
グウェンダルにとってはこんな沢山の資料に目を通すのなんて慣れているのだろうが、自分の領地の仕事や実務で忙しいはずなのにそれでも本当は魔王のやらなければいけない仕事まで手伝ってくれているのだからそんなことは言っていられない。
てか、申し訳なさすぎて言えない。
それにへなちょこでも一応魔王なんだから、そんなことでどうする!!
自分自身に向けそう叱咤すると、机にかじりつき、夜遅くまで書類の整理をしていた。
最後の書類にサインをし終えたと同時にペンを握ったまま、ドッと疲れがきて机に突っ伏した。
もうなにもしたくない。
目が死にかけている有利にギュンターは笑顔で飲み物を差し出し「お疲れさまでした」とつげた。
その言葉を聞いて有利は疲れきっていたはずの体が少しだけ元気を取り戻したのに気づき可笑しくて微笑んだ。
「どうしたんですか陛下?」
「いんや、なんでもただ、何かをやり遂げるっていいことだなぁって実感しただけ」
たまに来て仕事をしているからだろうか、なんだか些細なことでもやり遂げることができると妙に嬉しい気分になれる。
まあ、グウェンダルやギュンターに言ったところで日常的にやっている彼らにはわからない新鮮な思いだけど。
「はぁ」
「あはは・・・わかんないよな。俺だって多分毎日こんなことしてたら充実!なんて言ってられなくなるだろうし」
同じ姿勢で何時間もいたせいか筋肉が固まってしまっていた。
おもいっきり手足を伸ばすと自然気持ちよさに顔がゆるむ。
「さぁて、そろそろ寝るわ!」
「はい、陛下ご苦労様でした。おやすみなさいませ」
「うん!おやすみ」
有利はギュンターに手を振ると扉を閉め、鼻歌を口ずさみますながら自室へと赴いた。
そこにはやっばりというかなんというか・・・
主のいないはずである特大ベットの上で薄手の毛布がもこりと盛り上がっている。
「ヴォルフラム!!!!」
ご丁寧に頭部までしっかりかかっている毛布をおもいっきりひっぺがえすと予想通りの人物がいた。
「ヴォルフラム!!またここで寝てるな!!!!」
いつものことだが、そう怒鳴っても夢現の世界にいる彼は眠そうに瞳を擦っているだけでまったく効果なし。ヴォルフラムの態度に溜息を吐くとなんだか少し違和感を感じた。
なんだろうか、この違和感は?
「あぁ・・・ユーリやっと来たか。僕はおまえを待ってたんだが…眠くて…寝てしまった」
ところどころ途切れがちになっているのは眠いせいだろう。必死で眠気に耐えている彼を見て有利はだんだん可哀想になってきた。
「ふぅ…。わかったよ。わかった、用件があるなら明日聞くから…もう寝な」
微笑みながら優しい手つきで毛布をヴォルフラムの身体の上にかけてやると、自分も空いているスペースに身を横たえさせる。
身を横たえさせてしばらくするとふと、さっき感じた違和感がなんであるかがわかった。
ヴォルフラムの服装だ
いつもはピンクの可愛らしいネグリジェを身にまといながら寝ている。
だが、今日に限っては違ったのだ。ネグリジェを着ているはずのヴォルフラムが着ていたのはピンクのパジャマ。有利とのと比べると多少デザインと色などは違ってはいるがあきらかに地球で着用されているパジャマだった。
「どうしたんだ…それ?」
「う…ん?」
もうすでに再び夢の世界に行きかけていたヴォルフラムが必死で両の瞳を開けている。
「それ、パジャマだよな?」
「あぁ!!気づいたか!?」
有利のその言葉でいきなり元気を取り戻したヴォルフラムは今や眠たそうな顔など微塵もしていない。
なぜ、そんな嬉しがるのかわからなくて有利は数回瞬きをしながらヴォルフラムを見つめた。
「これはな、母上に頼んでおまえのパジャマを元に特注で作らせたものなんだ!どうだ!似合うか!?」
似合う。
ヴォルフラムの問いに素で頷いていた自分がいた。
むしろ、可愛すぎてやばい。ネグリジェ姿も可愛いがこっちも十分…
そこまで考えると慌てて首を振る。
いかん、いかん相手は男で八十二歳!
念仏のようにそう心中何度も反芻した。
高鳴る鼓動もなんとか抑え、上半身起こした状態で自分を見下ろしているヴォルフラムへと視線を向ける。
「なんでいきなりパジャマなんだ?」
なんとなく浮かんだ疑問を口にしてピンクの天使を見つめた。
ただの深い意味のない疑問だったのに、ヴォルフラムはその問いに渋い表情を見せる。
「どうした?」
その反応が気になって声をかけるが、顔を伏せて固まっている金の髪の美少年は次の瞬間バッと毛布を自分の身体に巻きつけるとそのままベットへと再び身体を横たえた。
あ、あの、俺の毛布は?
と雰囲気とは場違いなことを思ったりした瞬間、くぐもった声が聞こえた。
多分、俯けの体勢のせいだろう。
「おまえと…一緒になれる気がした」
「えっ?」
小さな声で囁かれた声はいつもの自信満々なヴォルフラムと雰囲気が違っていた。
「こうして同じ服を着ていることによって…その、おまえがもし異世界へと帰る時に…もしかしたら、一緒に行けるかと…思って」
照れくさいのだろう、ところどころ途切れては言いにくそうに話をしている。
「・・・・・・・・・・・・」
そんなの無理だ。とわかっていた。
多分、ヴォルフラム自身も。
呼び寄せているのは眞王の意思なのだし、ヴォルフラムが行きたいと望んだだけでいけるとは思わない。
もしかしたらウルリーケに頼めば一回くらいなんとかしてくれるかな?
「馬鹿にしてるだろう!!!」
何も返事しない有利の態度が気に障ったのか、俯いていた顔を上げて有利を睨んだ。
顔が耳まで真っ赤に染まっていてエメラルドグリーンの瞳は潤んでいた。
「そんなの無理だって、僕だってわかってる!!!でも…いつもおまえは突然消えてしまう。…僕はおまえと一緒にいたい。離れたくない、そうおもって、いるのに…」
「ヴォルフ…」
「おまえがこの世界からいなくなる瞬間、僕がどんな気持ちかわかるか?次、いつくるんだろう、今日くるのだろうか?明日だろうか?それとも…もうこないのだろうか?そんなことばかり考えている自分に嫌気がさす毎日…」
ヴォルフの猛烈トークに有利はたじたじだった。
ヴォルフの説教は聴きなれてはいたが、こんなに苦しそうに、そして淋しそうに語るのは初めて聞いたから…。
自分がこの世界から元の世界へと戻ってきて、自分は「さあ、戻ってきたぞ」ですむけど、突然消えられたほうの気持ちなんて考えたこと無かった。
自分がいつ来ると約束ができないせいで「次、いつくるんだろうか?」と悩んでいたというヴォルフのことなんて気がつきもしなかった。
いつもこちらの世界に来るたびに元気よく迎えてくれるから…。
「ごめん」
もう一度俯いてしまったヴォルフの金の髪を優しく撫でると、一言そう言って謝った。
「なにを…」
「おまえが…そんなに気にしてくれてるとは知らなかったから。本当にごめん」
「…謝るな」
ますます頬が朱に染まっていく。
白い肌がますますヴォルフの可愛さと美しさを際立たせている。
「ごめんな、本当に…。俺の意思でこっちの世界に来れるわけじゃないから、いつくるかなんて約束はできないけど…絶対戻ってくるから。絶対戻らないなんてありえないから」
「ユーリ」
「だって…。だってさ…ここ、第二の俺の故郷になんだぜ?それに…」
「…それに?」
有利は上半身起こした姿勢のままだった身体を横たえた。
ヴォルフと目線が一緒になる。
「おまえは、婚約者なんだろヴォルフ。そんなやつを残して帰ってこないわけないだろう?」
「ユーリ…」
有利の言葉が余程、意外だったのかしばらく開いた口が塞がらなかった。
きっと、今なにをいわれたのかわかっていないのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと驚きの表情が崩れていく。
見開いていた瞳が涙を堪えるように細められた。
嬉しさをかくしきれていない表現が可愛らしい。
「その言葉…信じていいんだな?」
鼻声でそう口にした。
そのせいで一粒ポロッと感激の涙が流れた。
武人は泣くのはよくないとおもっているのだろうか?それとも単に恥ずかしいだけなのだろうか?ヴォルフは慌てて涙を拭った。
その反応に笑いを噛み殺すと、溢れんばかりの微笑を向ける。
「うん」
大切な人へと…
「今日はさ、手をつないで寝よう。そうすればとりあえずは安心するだろう?」
にこっと笑いながら隣に寝転がっている白く細い指を握りこんだ。
「ふん!!僕は全然平気だが…しかたがないな…この手をおまえにかしてやろう」
ヴォルフも顔を真っ赤にさせながら大切なものを優しく包み込むような手つきで握り返した。
暖かいぬくもり…
人の体温がこんなにも気持ちのよいものだったなんて気が付かなかった。
有利は目をとじながら思う。
もっと早くこのぬくもりを知っていればよかったと…。
隣では手を繋いだまま、もうすでに眠りについている天使がいた。
その天使の寝顔を見つめる。
そして、明日朝起きたら言ってあげようと誓った。
「そのパジャマ可愛いよ」って、これから一緒にそれで寝ようって…
重くなった瞼に逆らうことができずに、いつしか有利も深い眠りの世界へと落ちていった。
だが、そんな夢のような甘ったるい雰囲気も次の朝にはもうなくなっていた。
「陛下〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
とてつもない絶叫が聞こえて跳ね起きる。
「何だ!!!!!!!!?????????」
目の前には鼻水と涙をたらしながら迫ってくるギュンターの姿が…
そしてその後ろには困った顔のコンラッド。
どうしたの?
と声をかけようとして固まった。
ベットが目に入って…
「ぎぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!ヴォルフラム!!!!!!!!」
視線はベットの上でいまだ「ぐぐぴ、ぐぐぴ」といびきをかきながら眠りについているヴォルフラム。
今はもはや美少年のいびきについてを語っている暇はない!!!
なんてゆう、姿に…
上半身はもう半分以上がはだけており、下半身はズボンがずり落ちてヒモパンが半分見えている。
こういうチラリズムは男心を激しくくすぐる。って…そんなこと言っていられない。
周りの視線が魔王陛下に注がれる。
「違う〜〜〜〜!!!!ちがう〜〜〜〜!!!!」
なにもしてないんだ!!!!
ただ、こいつの寝相が最悪で…
手はまだ、だしてない!!!!
そういってももう手遅れのようで、皆は信じてくれない。それどころか、微笑ましげに笑いながら部屋を出て行った。
ギュンターはあまりのショックで白目をむいて倒れてしまって、コンラッドがつれて帰った。
「ああ、あらぬ噂が…」
独り落ち込む有利の背後で眠り続けている金髪の天使が寝言をつぶやいた。
「へなちょこ…」
有利陛下は誓った。
いくら可愛くてももう二度と、ヴォルフにパジャマ着用を認めないと…
「へなちょこ言うな〜〜〜」
眞魔国の爽やかな朝に陛下の泣きが入った怒声が響きわたった。
END
長いですが(苦笑)フリー作品ですvvv
今回はほのぼのとした二人を書いてみました。
天使の寝顔に悪魔の寝相(By有利)を想像して(笑)。
見てくださってありがとうごいました。
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