露天で買ったエメラルドグリーンの硝子の指輪。
高級品って訳でもなくて、学生の財布を痛めない程度の指輪。
でも、初めて見たときに、ふと目について離れなくなって。
それが俺の大事な『彼』の瞳に似ていることに気付いて、
1も2もなく買ってしまった。
それ以来、俺の小指に輝いている、指輪。
** 小指の指輪 2 **
「おっ!坊ちゃん、また珍しいものしてますね。」
「あぁ、これ?これは・・・」
スタツアして戻ってきた俺に、ヨザックが声をかけた。
「ユーリ!!お前と言うやつは!どこだ、何処の女から貰った!?」
「もももっ、、もらっっ、もらっっ、て、ないってば!!!」
案の定と言うか、毎度お約束と言うか。
俺の胸倉を掴み上げながら、がくがくと揺さぶるヴォルフラムに苦笑い。
「これは、俺が気に入って買ったんだってば。そんなに気になるんならムラケンに聞いてみなよ。」
彼が俺の潔白を証明してくれるから。
ムラケンの名前を出すと、急に大人しくなるヴォルフラム。
立場的に彼には強く出れないから、仕方ないのかもしれないけど。
ヴォルフラムはしばらく恨みがましく俺を睨み上げながら、ぶつぶつとなにやら呟いていたが、
思い立ったように俺の目の前に手を出した。
「・・・よこせ。」
「なにを??」
「その指輪をぼくによこせ。」
「え!?なんでだよ、俺、これ気に入ってるのにっ!!!」
「うるさいっ!!もし本当に、その指輪が贈り物でないなら、ぼくに譲れるだろう!!!」
ヴォルフラムは思わず指輪を隠そうとした俺の手をとって、無理やりぐいぐいと指輪を引っ張る。
「いたたたたたたたっ!!!わかった!あげる!お前にあげるから、無理やり引っ張んなよ〜!!」
最初から素直に渡せばいいんだと相変わらず不遜な態度の三男を横目で見つつ、
ここまでの予想はつかなかったなぁ〜なんて暢気に思った。
「ほら、ヴォルフ。」
手の中に落としてやると、そっと摘み上げ、早速値踏みを開始。
元プリの評価は大概厳しいものなので、美辞麗句は期待せずに見守っていたのだが、
何故か何一つ突っ込むことなく、自分の指に嵌めてみている。
ちいさな指輪は、武人だが比較的華奢な作りのヴォルフラムとはいえ、やっぱり小指が精一杯。
抜けるように白い、白磁の肌にエメラルドグリーンの硝子の輪が光る。
それを手の甲から見てみたり、手を返して見つめたり。
心なしか頬が朱色に見える気がする・・・のは気のせいではなさそうだ。
「閣下、な〜んか嬉しそうですねぇ。」
「ねぇ・・なんでだろう、ね?」
俺もヨザックもそっちのけで、ニコニコしているヴォルフに拍子抜けしてしまった。
なに?それ、かなり気に入っちゃったとか??
でもなんか、そんなに喜ばれたら、婚約指輪でも貰った女の子みたいな・・・???
俺が我ながら驚きの想像をしていた頃、ヴォルフの指で輝く指輪をしばらく黙って見ていたヨザックは、
何かに気付いたようにぼそりと呟いた。
「へぇ〜・・あれって良く見たら、閣下の瞳と同じ色なんですね。」
にやりと意地悪く笑ったヨザックに、どう反応したものか一瞬止まる。
からかわれるのはごめんだけど、あぁ、そうだよ。ご名答。
俺はこの指輪を見て、ヴォルフを無意識にイメージしてしまったんだから。
離れている間、ずっとこれを見て彼を思い出していたんだから。
「・・・ぼくの瞳に?」
さっきまで一人の世界に入り込んでいたはずなのに、何故かしっかり聞こえていたのか、
きょとんとして見返すヴォルフに恥ずかしくて目を合わせられない。
「あ〜そうだよ!だって、そっくりだったからさ。」
「購入してから、ずっと身に付けていたのか?」
じっと俺を見つめながら真剣に聞いてくるヴォルフに、観念して首を縦に振った。
俺の無言の返事を受け取ったヴォルフは、しばらく指輪を見つめていたが、
意を決したように指輪を外すと、俺の手の中に返してきた。
「ほら。」
なんで?あんなに喜んでいたのに?
「いいよ、もうお前にあげたんだし。」
「いい。贈り物ではなかったことも分かったし。お前が持っていろ。」
「なんで?いいじゃん、お前も気に入ったんだろ?」
あんなに嬉しそうに眺めているヴォルフ、なかなか見れる光景じゃなかったぞ??
「それは・・。でも、これはお前が持っていたほうがいいんだ。」
「なんで?」
「うるさいっ!!!」
しつこく食いついてくる俺に業を煮やしたのか、怒鳴って無理やり俺の手を押し返したものの、
何か思うところがあったのか、少し眉根を寄せてヴォルフラムは呟く。
「これを見ていると・・ぼくを思い出すんだろう?」
「え?」
「ユーリは、これを持っていれば、ぼくを忘れないんだろう?」
だったらこれはユーリが持っておくべきだと、どんどん小さくなる声音と、
だんだんと増していく頬の赤味に、もはや返す言葉が出ない。
彼の向けてくる真っ直ぐな気持ちを、『可愛いな』と素直に思った。
男同士だと言う事がやっぱり今でもネックなんだけど、
それを抜かせば、彼を拒む理由が何一つ見つからないことに気付く。
[ぼくを忘れないで]
これは、ささやかな、そして確かな、愛の言葉。
受け取った指輪を元通り、俺の小指に戻してからヴォルフの手をとった。
さっきまで指輪の光っていた小指を無意識に撫でる。
「じゃぁさ・・・今度城下町に行こうか?」
「ユーリ?ぼくは別に、」
「地球では!」
彼の言葉を遮ってそう言ってから横にヨザックがいたことを思い出し、ヴォルフの耳元に囁く。
「婚約者には婚約の証に指輪を送る習慣があるんだよ。」
その言葉に本格的に驚いたのか、俺から勢い良く体を離し、言葉もなく見つめている。
「本気か、ユーリ?」
「あぁ、まぁね。」
「ようやく決着をつける気になったのか!!」
満面に笑みはまさに天使の笑顔。
指輪と同じく、キラキラ光る瞳が眩しいくらいだ。
あぁ、ムラケン。
彼に詰め寄られる前に、俺から『決着』を申し込んでしまったよ。
でも、内心はちょっと嬉しかったりするんだ。
なんか、変だよなぁ〜、やっぱ。
でも、後悔してるわけじゃないから。
自分でも気づかないうちに、この瞳に惚れていたんだ。
それは、男とか女とか、そういうことは全然関係なくって、
真っ直ぐに向けてくる眼差しの中に、いつだって優しい思いを抱えている彼自身の、
その心根が大好きなんだ。
『妬けるねぇ〜!』なんて呟くヨザックを捕まえて、こっそり聞いてみた。
「ねぇ、ヨザック。魔王も小遣いか、給料って貰えると思う???」
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