ようやく目を開けるとそこには淡い光が溢れていた。
だるくてだるくて、結局ヴォルフの手の中にいたことしか覚えていない。
疲れ果てて、結局眠っていたのだろう。
しばらく記憶がとんだようだ。
・・・・。
目の前に見える布のようなもの。
俺、眠っている間に、紙包み焼きかなんかにされたのかな。
でも、死んでしまったにしては何となく息苦しさを感じて、
両腕で目の前にある、なにかを押しのける。
「ぷはっ!!!・・・ん??」
目の前に広がったのは、見覚えのあるベットの天蓋。
「え?!うそ!!マジで!!!」
体を眺めてみればそこには、二本の足と、バットダコのついた見覚えのある掌。
無数の足と、ひょろ長い仄かに柔らかい虫の体とは全く違う。
おれの、渋谷有利の、お馴染みの姿だ。
「やった!戻ってる!人間に戻ってるぞ!!」
ベットの上で飛び跳ねていると、掛け具がもぞもぞと動き出し、
中から愛しの婚約者が現れた。
「ん〜・・うるしゃいぞ・・ユーリ・・」
「うわぁ!ヴォルフ!!ヴォルフがいるっ!!」
寝起きで、寝癖をつけたまま可愛らしく目を擦っているヴォルフに飛びつき、
彼の頭をぐわしぐわし撫でたり、ほっぺを摘んでみたり、とにかくもみくちゃにしてみた。
きっと彼のことだから「朝から何をしてるんだ!うっとうしいぞ!」とか、
「痛いじゃないか!子供みたいなことはするな!」とか、
小言が炸裂するんだろうが、今はそんないつもの光景を早く見たかったりする。
「うわぁぁ!ユーリ!!なんだっ、朝っぱらから・・・」
ほらね?思ったとおりだ。いつものヴォルフ、いつもの光景。
「うはは!ヴォルフのネグリジェ〜♪うりゃぁ〜〜〜〜!!!」
「ぎゃぁーーーーーーっ!!!や、やめろっ!!引っ張るなっっ!!!」
「あはは!!ご、ごめんごめんっ!!あんまり嬉しくて、思わず・・・」
テンション上がりっぱなしでおかしくなっている俺を、
寝方の付いた頬を膨らませて訝しげに見ながらも、溜息を一つついてぼそりと一言。
「まぁ・・・嬉しいけど。」
あれれ?今日はヴォルフも変な感じだ。
俺の変な気分が移ったのかもしれない。
目を擦りながら、精一杯伸びをするヴォルフに、
俺の異常なテンションの訳を話してやろうと思った。
食い慣れたこちらの世界の朝食をゆっくり二人で摂りながら、
昨日は酷く変な夢を見たんだ、と。
結構長い、そして面白い冒険の夢。
その夢の終わりにもお前がいたんだよ、って。
「ユーリに見せてやろうと思って。」
ようやく覚醒し始めたヴォルフを朝食の席に誘うと、
何かを思い出したというようにヴォルフはそう言って、
ベットのサイドテーブルを指さした。
「あれ?いない。もう脱皮して遠くにいってしまったんだろうか?」
そこには手折られた一本の小枝が綺麗な一輪挿しの花瓶の中にあって、
その枝の先には置き去られたさなぎの跡があった。
『え?これって・・・』
「ユーリはボボガボンドという虫を知っているか?あれは、幼虫の時は特に美味な虫なんだが、
成虫になるとそれは綺麗な漆黒の羽を持つ蝶になるんだ。珍しく、血盟城内で見つけたから、
ユーリにも見せてやろうと思ったんだが・・・。」
おかしいな、窓は開けていなかったのにどこにもいないと呟くヴォルフを後ろからそっと抱きしめる。
「有難う、ヴォルフ。」
「なにが・・んっっ!??」
思わず口付けた俺にほんの少し驚いた様子を見せたが、
すぐに受け入れてそっと反応を返してくれる。
ヴォルフの肩に顎を預けて溜息を一つ吐いた。
『やっぱここが、一番落ち着くな。』
今日のユーリはなんか変だ、と呟きながらヴォルフが奇妙な顔をした。
「ユーリ?」
「なんだ?」
「・・・お前、なんだか口の中が青臭いというが変に苦いというか・・・。葉っぱでも齧ったのか?」
それはね、ヴォルフ。
俺が蝶の夢を、見ていたから、なんだよ?
探してもその蝶がどこにも居ないことを、俺は知ってる。
そして俺は知ってるんだ、その蝶が一体何処に消えてしまったのかを。
_______________あれは、きっと。
ふわふわと。
大人になった、黒い蝶が。
一人の人に、舞い降りた。
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