「さてさて、魔王陛下の急な御召しとは・・・一体全体どうしたのかな?」
晩餐の席についたのは、大賢者と母上と兄上、コンラートにグレタ、
それからぼくとユーリと。
席にはつかなかったが、ギュンターも後ろに控えている。
「あぁ、急に、ごめんな〜・・」
ユーリは動揺しているのか目が泳いでいる。
大丈夫だろうか?ちゃんと言えるのかな?
だけどぼくは約束通りなにも言わず、静かに席についている。
皆何も聞かされていないらしく、視線はユーリに注がれている。
この雰囲気は結構辛い。
いっそこれが払拭できるなら、ぼくが皆に伝えてしまった方が楽なのだけど・・・。
そっとユーリを盗み見ると、数度の咳払いのあとユーリはようやく口を開いた。
「あ〜・・あの、皆に集まってもらったのは、大事な発表をしたいと思って・・・」
緊張の為かごくりと喉を鳴らす音が妙に大きく聞こえる。
「おれと、ヴォルフの、ことなんだけど・・・。」
区切られる言葉にヤキモキしてしまって、両手をきつく握り締めてしまう。
来た。
だけど、動揺してはいけない。
凛としていよう。
だってぼくは当代魔王の伴侶になるんだ。
そしてこれがぼく達の第一歩になるのだから。
「おれたちの婚約をさ、破棄しようと、思うんだ。」
え?
今何と言った?
今日ぼく達は新しい一歩を始める為に皆を集めたのではなかったか?
言葉の意味が飲み込めず、呆然とユーリを見上げてしまう。
「それで?それは二人の総意な訳?」
猊下ののんびりした声に、答えなければと思うのに、うまく言葉がでてこない。
「総意だよ。なぁ、ヴォルフ?」
ユーリとぼくが別れることがぼくらの、総意?
ぼくも認めたって?
いつ?どこで?
混乱していつまでも返事が出来ないぼくをユーリは腕を引っ張って立たせた。
肩に置かれた手のひらの温かさと、向かい合った笑顔の綺麗さ。
どうして?なにが・・・?
混乱しているぼくを見つめてユーリがまた笑う。
「そんで、破棄して、またここから、始める・・・っ!!」
ぱしんっ!!!
それもまた唐突な出来事。
ぼくの左頬には一瞬の痛みとじわりと湧き出す火照りが残されていた。
「成り行きで婚約者になった。始めは困ったけど、でも結果はいい方向へと進んだ。
でも、そのまま続けて行くのはなんだか狡い気がして・・・。」
そう言って打った左頬の赤みをそっと撫でながら、ユーリが少し困ったような顔で言った。
「今度はちゃんとこれがどんな意味か分かってやってる。ヴォルフの答えは?」
なんだ、そういうことだったのか。
ホッとしたら、急に体から力が抜けていく。
よかった。
本当によかった。
ぼくは肩に置かれたユーリの手を取ると手を重ねたまま、そっと右頬に寄せた。
「・・・どうぞ、ぼくの右頬も。謹んで陛下のお申し出、お受けいたします。」
やった!と叫んで、ユーリがぼくを抱きしめる。
万歳!と声をあげて、足元にグレタが飛びついてきた。
声になら無い声を上げてギュンターの倒れる音がして。
おアツいね〜!よかったな!まぁっ、素敵だわ!と口々に叫ぶ声がした。
ユーリの腕の間から覗けば、やさしく笑う兄上も見えた。
祝福されている、喜び。
愛されている、実感。
皆に認めてもらえた嬉しさに紛れて、
その時のぼくは全く気づかなかったんだ。
この出来事がぼくの心の中に落とした小さな斑紋に。
そしてそれが、波の様に揺らめき、広がって行っていた事に。
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