式が始まり、お互いに誓いの言葉を掛け合うと、その愛の証にと、指輪の交換を言い渡された。
その声に、リングガールであるグレタがグウェンダル作の「クマハチ刺繍入りリングピロー」を捧げ持って、
ユーリとヴォルフに近づく。
そしてピローをウルリーケに預けた後は、グレタは下がる予定だったのだが・・・。
「グレタ、待って。」
引き止めたのは、ユーリ。
「どうして?練習ではグレタ、席に帰らなきゃいけないって・・・。」
「練習では、ね。でも、今からとても大事なことがあるんだよ。」
「だいじなこと?」
助けを求めるようにヴォルフを見上げると、優しい笑顔で頷いていた。
「グレタ、側で見ていてくれ。ぼくがユーリの伴侶になるところを。」
ヴォルフラムのその笑顔は本当に優しくて、綺麗で、
グレタにとって、とても心強いものだった。
「分かった!グレタ、ここで見てる。」
目の前でユーリが純白の手袋を外したヴォルフの手を取って、震える指でそっとリングを押し込んで。
そして次はヴォルフが、ユーリの手を取って指輪を・・・。
その厳かで、けれどとても暖かい儀式に人々は息を飲み、
二人の指にそれが納まったのを見て取るや、わっ!と歓声を上げた。
もちろん間近で見ていたグレタも、飛び上がって喜んだ。
「・・・とまぁ、普通だったらここで誓いの口づけ、なんだけどね。」
けれど参列者をそっと制してユーリが、そう呟いた。
「ヴォルフラムとの関係を、出会った頃から思い返してみるとかなり波乱万丈だった。
出会ってすぐに求婚、でもこれは間違いで。だけどその間違いのおかげで、
おれたちは一番近くでお互いを見ながら、良い所も、悪い所も、変な癖や習慣も、
全部曝け出して見せ合って、支えたり、甘えたりしながら、本当にこいつになら
一生賭けても良いなって思えるようになって、ちゃんと求婚しなおして、OK貰ってさ、
今ここにこうして、立ってます。でもね・・・」
一気にそこまで吐き出して、ほんの少しテレで頬を赤くしながらユーリは続けた。
「おれにはもう、こっちに家族がいて。でも実はまだその子から、OK貰ってないんだ。
ねぇ、グレタ・・・?」
いきなりユーリに声をかけられ、驚いてグレタが目を見開く。
「お父様はさ、本当に本当にヴォルフラムが好きなんだ。グレタと同じように、ヴォルフが側にいてくれないと、
ただでさえへなちょこなのに、全然駄目で。だから・・・ヴォルフと結婚しても良い?」
驚きで声も出せずにいるグレタに、ヴォルフラムも腰を落とし目線を合わせながら問い掛けた。
「グレタ、ぼくもお前の正式な父親になる事を、許してもらえるだろうか?」
その言葉に俯いたグレタの肩が、次第に小刻みに震え出す。
「グレタ!?どうしたの?」
慌てて顔を覗き込んだユーリに、グレタは渾身の声で叫んだ。
「ばかっ!ユーリのばかっ!ヴォルフのばかぁ!!!」
「こらこらグレタ!親に向かってバカとは聞き捨てなら無いぞっ!」
「だって、だってっ!二人とも、ひどい、んだもんっ!!」
「グレタ、泣かずに話してくれ。ぼくとユーリが、酷いというのは?」
「だって!だって!グレタずっと待ってたんだもんっ!ユーリとヴォルフが結婚するの、ずっと待ってたんだもん!」
嗚咽の狭間で、必死に訴えるグレタに二人とも思わず、言葉を失う。
「初めて会った時からずっと、ユーリはグレタのことを『おれの可愛い娘』って言ってくれてた。
そしてヴォルフも、『ぼくの愛する娘』って言ってくれてた。グレタだって、ずっとずっと、二人のこと、
『大好きなお父様たち』ってちゃんと言ってたでしょ?ユーリとグレタとヴォルフはもう、
ずっとずっと前から『家族』だったんだもん!なのに、なのに二人とも、変な事・・いうからっ!」
反対なんてするわけ無いよ、だって二人の事こんなに大好きなのにと、泣きじゃくるグレタを、
二人は自分たちの間に挟みこむようにして抱きしめた。
「ごめん、グレタ。ホント酷い事言ったな、おれ。でも、お前の事を悲しませたかったんじゃないんだ。
ただ本当に、お父様が二人になる事を、許してくれるかどうか心配で。」
「すまない、グレタ。ぼくもグレタを愛している。ただ、ぼくもお前の気持ちが知りたくて・・。」
「分かってるもん。うちのお父様たちはしんぱいしょーで、大変なんだってことくらい。」
涙を拭きながらグレタが笑う。
そしてとても小さな声で二人に問い掛けた。
「でも・・じゃぁ、グレタも一つ聞いていい?グレタは、本当に二人の娘でいてもいいの?
『しんこんさんにはコブはおじゃま』じゃない?」
「誰がそんな事言ったんだ!?グレタは可愛いおれの娘だぞ!?邪魔なわけが無いだろ!
それに本当にお邪魔だったとしたら、グレタに結婚の了解取るわけないし!!」
「そうだぞ、グレタ!お前は男同士のぼくらの為に眞王陛下が授けてくださったぼくらの『宝子』だぞ?
そんなお前を邪魔に思うなんて、そんな事絶対ありえない!・・・というかそんな言葉を教えた奴は一体誰だ?!
今すぐこの場で叩き切って・・・」
「二人の気持ち、分かった!嬉しい!ありがとう!!」
結婚式には似合わない、怒気を孕んだオーラを放ち出す二人の首に齧りついて、グレタが笑う。
しばらくその暖かさを楽しんでから、ユーリは『そうだ!』と立ち上がった。
「大事な事忘れるところだった!村田〜、あれをくれる?」
「はいはい、ほら、これね。まったく、一時はどうなるかと思ったよ。」
ユーリは苦笑いの村田から小さな箱を受け取ると、中から小さなリングと細い銀の鎖を取り出した。
「じゃぁ、これも受け取ってくれるね?グレタ。」
「ゆびわ?」
「おれとヴォルフとおそろいだよ。でも・・・指に嵌めるのは、
いつか出会うグレタの大切な人のために空けておこうね。」
『嫁に出す気も無いくせに〜!』という村田のぼやきは無視する事にして、
ヴォルフの開けた銀の鎖に、ユーリが指輪を通し、それをグレタの首に掛けてやる。
「愛や絆は見えないものだから。せめてこんな記念日に、形に変えてみるのもいいよな。」
「あぁ、思い出も消えないものだけど、これがあれば何年先だって今日の日の事を鮮明に思い出せるだろうから。」
そんな二人の呟きを聞きながら、グレタは掛けられたペンダントをしげしげと見つめて叫んだ。
「わぁ!きれい〜!この飾り、お星様が手を繋いでるみたい!」
光をイメージしたユーリデザインのその指輪は、
朱茶の石を黒曜石とエメラルドが挟んだようなそんなデザインだった。
「じゃぁ、指輪のように、俺たちも手を繋いで!」
グレタを間に挟み、ユーリとヴォルフがそれぞれ左右の小さくて温かな掌を掴む。
「ぼく達三人の、門出だな!」
微笑むヴォルフにユーリが力強く頷くと、それをまるで見ていたかのように、祝福の鐘が鳴る。
三人でバージンロードを歩ききり、扉を開けた瞬間、コンラートが叫んだ。
「お二人さんっっ!ほら、忘れ物!!!」
「えっ!?なに??なにかおれ、忘れたっけ?」
その声に思わず立ち止まったユーリに、人の良さそうな笑みを返しながら、コンラートは言った。
「誓いのキス、忘れちゃ駄目じゃないですか!」
誓いのキス、の言葉に顔を見合わせたユーリとヴォルフの下から、グレタが嬉しそうな声を上げる。
「あのねっ、子供はねっ!両親が仲良しな方が、ずっとずっと嬉しいんだよ〜!」
「そうか?では、やらずに終えるわけにはいかないな。」
「当たり前だろ〜?それにヴォルフはもうおれのって見せ付けなきゃなんないんだし!」
ふふんと鼻を鳴らして余裕の微笑を向けてくるヴォルフに、
おれは万感の思いを込めて、深く、深く、口づけた。
長い口づけの間中、辺り一面に響き渡る、祝福の鐘の音を聞きながら。
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