「ぶふっっ!!!」
「ぷっはっ・・・っ!おえぇ・・」
ついたところは前回スタツアした公園の噴水から。
ざばりと水から顔を上げると、視界の端を黄色いボールがぷかぷか泳いでいく。
その光景は?と、随分と遠い記憶を呼び起こせば、
そういえばボール遊びしてた子供のボールが噴水に落ちて、
それを掬い上げてやろうと思って水にはまったんだっけ、と、
なんとなくぼんやり思い出す。
「お・・ぇ・・・っ・・・」
しこたま水を飲んだせいか、はたまた彼の弱点である『揺れ』に晒されたせいか、
ヴォルフラムはぐったりだ。
「ヴォルフ、大丈夫か?」
「大丈夫・・じゃない。」
「ま・・・そうだろうねぇ。」
「でも、ユーリはいつもこんな目に合っているんだな。」
これを知ってしまったらさっさと地球から帰ってきて欲しいなんて、
もう軽々しくはいえないなと肩で息をし、辛そうなヴォルフが呟く。
普段は我侭ばかり言って、おれを困らせてくれるヴォルフだけど、
なんというか・・・こういうところがたまらない。
「いいよ、言えよ。早く帰って来いって。」
「ユーリ?」
「その方がお前も向こうで待ってくれてるんだなぁって再確認できるから、
おれ、嬉しいんだよ?」
おれの言葉にまだ青ざめた顔でヴォルフが笑う。
あぁこれでまた自ら『へなちょこ』と言われる場面を作ってしまったと若干後悔する反面、
その『へなちょこ』すらおれの活力なんだと知っているから赤い布でつながれた手を、きつく握った。
二人の世界に浸っていると、ふと視線を感じて周りを見渡せば、
驚いて目を見開いた子供とその後ろに見知ったメガネの彼が苦笑いで見つめていた。
そこでようやく、あぁそうかと思い出す。
男の子にはボール取ってやらないと。
それから村田には、ただいま、を。
ヴォルフごとざばりと立ち上がって黄色いボールを拾うと、子供の手の中に落としてやった。
だけども子供の視線は、おれには無くて・・・
「天使!」
ボールを受け取った子供は、瞬きすら忘れたようにおれの後ろに立つヴォルフを見つめ、
空いた手でヴォルフを指差し、こう叫んだ。
「て、んし?」
いきなり掛けられた言葉を戸惑うように、口にするヴォルフ。
おれは子供に『人を指差しちゃだめだよ〜』なんて突っ込むこともせず、
子供の言葉に頷いていた。
そうだろうそうだろう、うちの可愛いヴォルフラムは、
どっからどうみても天使だよなぁと。
納得する俺をよそに、ヴォルフは困惑していた。
「ユーリ、この子は双黒だぞ?」
「こっちで黒は珍しくないんだよ。」
常々おれが話して聞かせたことを思い出し、合点がいったらしいヴォルフは、
それでも『黒は高貴』と長年刷り込まれたせいか、
赤い布で繋がれたおれまで引っ張りながらひざまづき、
未だヴォルフを凝視する子供を、同じ様に興味深そうに覗きこむ。
「美しい黒だ。・・・だがユーリの色と比べると、どこか気品に欠けるがな。」
「それは、惚れた弱み、じゃないかな。」
「そんなことないぞ!これがユーリ以外で初めて双黒を見たというならいざ知らず、
ぼくは大賢者の色も見知ってるからな!
大賢者の黒より、ユーリのほうが断然美しい。ユーリは特別だ!」
『失礼しちゃうなぁ!』と苦笑する村田を視界の端に見ながらも、
おれは何も言えなくなる。
なにせ世間もお互いも認めた、公認の仲になったとはいえヴォルフの直球は、
嬉しい反面やっぱり照れくさいのだ。
眞魔国の言葉が目の前の子供に理解できなくって本当に良かった。
「ときにユーリ・・・」
「ん?なに?」
ドキドキと足踏みを早めた鼓動を収めることに集中しようとしていたおれに、
ヴォルフはこう問いかけた。
「『てんし』というのはどういう意味だ?」
「てん、し?」
「そうだ、今この子供が言っていたろう?その『てんし』とやらはどういう意味なんだ?」
ヴォルフの言葉に一瞬言葉に詰まる。
天使といえばおまえのことです、とはもちろん恥ずかしくていえないし、
なによりヴォルフの質問の答えにはなっていない。
だからといって天使の成り立ちや容姿を説明するというのもなんとなく難しいし。
結局おれは一番簡単で、無難な言葉で天使を説明することにした。
「んー、綺麗な人、ってことだよ。その子はお前を見て綺麗だっていってるんだよ。」
「・・・そうなのか?」
「そうだよ。向こうで双黒が珍しいように、こっちではお前みたいな美少年が貴重なんだよ。」
なるほどなと呟きながら頷くヴォルフを見てほっとする。
もちろんこの時のおれははまだこの言葉が、
後に小さな問題を引き起こすことになるとは思いもよらなかったわけ。
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