〜機械仕掛けの恋人たち〜
プンッ・・・ッッ・・・
小さな起動音とともに、ぼくは目覚めを要求される。
うるさい・・・分かった。
今起きるから。
ぼくは思い瞼を押し上げて、専用のインカムを手に取った。
ぼくの名は、ヴォルフラム。
金の髪に、緑柱石の瞳に、白磁の頬。
人の形は取っているが、あくまでも人ではない。
なぜならぼくの住まう世界は、「電脳」と呼ばれる世界にあって、
ぼくの住まう場所、いや本来の姿は・・・といったほうが正しいのかもしれないが、
ぼくは電脳世界の端末である『パーソナルコンピューター』だからだ。
眠い目を擦りながらも、取り付けたインカムをオンにし、
右腕に絡まるように伸びるいくつかの配線でぼくの脳と電脳を、
そしてぼくを唯一従わせる事が出来るマスターとを繋ぐ端末をつけた端末機をオンにし、
第一声を発する。
「暗証コードをどうぞ。あなたがぼくの本当のマスターならば、開門いたします。」
打ち込まれる数桁の文字を確認する。
ぼくに定められた正しいコードを入力すれば、それはぼくのマスターである証。
「おはようございます、マスター。」
改めてぼくは右手の指先を端末に繋ぎ、マスターを電脳の世界へと迎え入れる準備をする。
・・・マスターの「相変らず起動が遅い・・」というぼやきは毎度のように聞かなかったフリで。
ぼくの目覚めは、いつでもマスターの気分次第で決まる。
朝の早い時間も時もあるし、夜遅くまで付き合わされることもある。
はっきりいって、物凄く迷惑な話だ。
だけど、ぼくに拒否権はない。
あくまでもマスターの意思に従い、電脳の世界と端末を繋ぐのがぼくの役目だからだ。
そう、それがぼくの存在意義。
だけどぼくにだって意思というものがある。
例えば、こんな事件があった。
ネットの波をくぐってマスターに頼まれた画像や書簡をダウンロードしに出かけたときのこと。
ぼくは専用のインカムと端末機につけ、マスターの意思に従い、意気揚揚と出かけた。
行き先は右腕の端末機に浮かぶアドレスに従えば良いし、
書簡ならいくつか抱えて持ってくることなどぼくには造作も無い事。
指令どおりのアドレスに辿り着くと、そのサイトのたくさんのページの中から、
頼まれたページを選びだすと、あとは逸早くマスターのところまで届けなくてはと、
ダウンロードの為指先を先様の端末機に合わせようとしたときだった。
PIPI・・PIPI・・PIPI・・・
「マスターから?一体なんだ??頼まれものなら今すぐ持っていくのに・・」
端末機に映し出されたのは。
『ヴォルフへ 頼んだもののほかにも画像も見たいです!2、3個・・・』
『ヴォルフへ メールの確認したいからメールボックスを開いて受信を。』
『ヴォルフへ 企画の文章を弄りたいので、文書ファイルを開けて。』
『ヴォルフへ 至急サイトの更新を!!!』
『ヴォルフへ 絵茶とメッセと同時にやりたいな〜!』
「な、なんだこれは!?どうしてしばらく待つ事が出来ないんだ!!あのへなちょこ!!」
先の頼まれものと、後からの画像を先様から受け取り、マスターの元に駆け戻りながら、ぼくは必死に考える。
これをマスターに渡したあとはメールを貰いに行き、文書ファイルを探して、それから・・・。
両腕いっぱいに頼まれ物を抱えて走るぼくの右腕からは、
相変らず次々にマスターからの指令が届く音がして、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
持っていた書簡と絵画をその場に投げ出し、端末に「応答なし」を表示してからインカムを切り、
全面的にストライキを起こしてやったのだ。
そうなれば何分待ったって、マスターの見ている画面はずーっと止まったまま。
マスターには「Control+alt+Delete」を使った時、すべてが分かるだろう。
ぼくが今どんなに不機嫌で、自分がどんなにぼくを酷使したのかが!!
・・・だがこの作戦も必殺技の「電源落とし」をやられてしまっては、意味がない。
むしろ手順を踏まなかった分、最終的にはぼくが電脳内の清掃をやらされる羽目になるのだ。
よくてマスターと痛み分け、だけど傍から見たらマスターに逆らった罰で
ぼくが罰当番をやらされているようにしか見えないかもしれないな。
だけどこんな経験を何度も繰り返していくうちに、マスターもぼくの使い方を理解してくれるようになった。
例えば、メッセとチャット・・・特に絵茶は同時に行うとぼくの仕事が増え、
体が持たないので、どちらか一つしか開かない事。
リソースは常にいっぱいいっぱいなので、自動リソース掃除機をつけ、
ぼくが別段作業しなくてもある程度の容量は保てるようにする事。
短気で熱くなりやすいぼくのために、本体を冷やすものを使う事、などなど。
まぁ、これだけされていたって仕事をしたくないと思えば、
マスターが作業中でも容赦なくぼくは切り上げてしまうけど。
ただの端末機の割りに、マスターに対して横柄だって言われたって、ぼくにはぼくの意思がある!
なんでもかんでも『マスターだから』の一言で済まされてたまるか!
従えないものは従えない、それがモットーのぼくにはいつしか『わがままPC』略して、
『わがままピー』
というありがたくもないあだ名がついてしまった。
マスターは最近、チャットというものに凝っている。
チャットと言うのは電脳世界のお茶会、とでも言えばいいのか。
一つの電脳の部屋の中に、リアルタイムで端末たちを集わせ、各々のマスターが交流をもつという場所なのだが。
「ここは・・初めての場所だな。」
マスターから送られてきたアドレスを眺めて思う。
なんでも期間限定の企画で用意された場所のようで、いままで行ったことの無いところ。
マスターも旧知の方との再会と楽しい会話、それと新しい出会いへの期待でわくわくしているようで、
早速ぼくにさっきまで使っていた文書ファイルやメッセなどを片付けさせようと指令を送ってきた。
「やれやれ・・・。そんなに慌てなくてもちゃんと行ってやるっ!少しは落ち着け!このへなちょこめっ!」
その日もそんな調子で準備をして、ぼくはチャットに出かけたのだった。
電脳の波をかき分けて、ようやくついたお茶会の場所。
指先を端末にあわせ、データを送り、入室の許可を貰うと、扉が開く。
そしてそこはもうたくさんの人でにぎわっていた。
「これは・・・すごい。今まで体験した中で一番の賑わいだな。」
手頃な場所でマスターとぼくを繋ぐコードを一本引き抜き、メインのタワーに繋ぐ。
こうしておけば、いちいちぼくがマスターの言葉を持って参加者たち一人一人の元に出向かなくとも、
一通だけメインにぼくが送った言葉を、一定時間置きに各端末がそれぞれのマスターの元へ運んでくれる。
ぼくの役目は、マスターの会話をメインに送り、メインから一定時間置きに会話を受け取りマスターの元へ送る、
これの繰り返しだ。
空いたスペースで精一杯、その作業を繰り返すぼくの周りでは、
旧知の端末たちが着々と仕事をこなしながら、楽しげに会話をしている。
「そうそう最近ね〜・・・あら?マスターからだわ!検索・・ね、了解!」
「お!なにか探し物?待ってるよ〜、いってらっしゃい!」
「うちは画像の保存か。それ終わったらまた!」
「ほいほい〜、いってらっしゃい!」
中にはチャットの仕事だけでなく、ファイルの整理などをしながら、
端末同士で会話に花を咲かせているものさえいる。
『楽しそうだな・・・』
本当は輪の中に入って話をしてみたいと、チャットに出向く度、そう何度も思っていた。
だけれど、ぼくは、チャットを一つ動かすのがやっとで、他の者たちのように、
会話や他の仕事までちゃんとこなせるのかと思うとどうにも踏み出せないでいたのだ。
『どんなに話をしてみたくても、チャットで弾かれてしまったら、意味が無い。』
マスターとともにいるから、ぼくはここにいられるのだから、
それ以上を望んでこの場を離れなければなら無くなるかもしれないことのほうがぼくには淋しい事だった。
交流する事が嬉しいのは、人も、電脳も、同じ事。
それが見ているだけしか出来なくても、雰囲気くらいは味わっていたかった。
その時マスターから指令が入った。
「検索を一件、か。このまま動かせるか?」
メインとの接続は続行したままで、ぼくは頼まれた資料をそろりそろりと探しにでた。
ぼくが資料を持ち帰り、またチャットへ戻った時、以前にも増して人が増えていた。
電脳内もごった返していて、メインに繋ぐ為の末端すら数が怪しく思えるほどに。
「集中しないと、な。人が多ければ多いだけ、言葉を運ぶ量も増えるのだから。」
そう呟いて、リソース掃除機が勝手に起動するのを感じながら、
チャットに集中しようとしたぼくの横を、ひとりの少年の影が通り過ぎた。
「えぇっと、メインメイン〜。あ、これか!うわ〜・・どこも空いてないしっ!」
困ったな〜と呟きながらぽりぽりと頭を掻くその少年は、髪も服も真っ黒で、
メインのタワーにしがみ付いて懸命に空いた端末を探そうとしていた。
「早く繋がないとマスター困ってるだろうに・・。」
はぁ〜と背中を丸めて溜息をつくその姿に、何故か手助けをしたい気分になって、
ぼくはごくんと唾を飲み込んでから、意を決して彼に声をかけた。
「お、おい、お前っ!」
「へっ!?なに?おれのこと?」
突然声をかけたぼくを振り返った彼は、目を見開いてぼくを見る。
そしてその瞳を見てぼくは言葉を忘れた。
彼の大きな瞳は、今まで見た事も無い、澄んだ黒、深い深い闇色。
それはとてもとても綺麗で、思わず見とれてしまう。
ぼくがぽかんとみている間も、神聖な深い黒の瞳が驚いた顔でぼくを見つめて待っていて、
なんだかその事が急に気恥ずかしくなり、次の言葉は思ったよりも不機嫌な口調になってしまった。
「そ、そうだ、お前だ!メ、メインの端末を探しているのか??
それならぼくのコードの横にまだ一つ、空きがあるぞ!」
「え・・あ・・?君のコードの横・・?あ!ホントだ!サンキュー!!」
ぼくの言葉に彼は空いた端末を探し出し、自分のコードをつなげてから、
彼自身のマスターにもろもろの伝達をはじめた。
『は、初めて声をかけてしまった・・。しかも双黒の、美しい端末に・・。』
ぼくはと言うと先ほどから酷く胸を打つ鼓動の音が高くなっているのを感じ、
とにかく落ち着こうと懸命に深く深く呼気を吐き出す。
「はい、送信完了!あ、そうだ、さっきはサンキューなっ!えぇと・・・、あれ?
まだ名前名乗ってなかったな〜。」
にこやかに手を差し伸べながら、彼は言った。
「おれの名前はユーリ。初めまして、だよな?君の名前は?」
「ぼ、ぼくは、ヴォルフラム・・。」
差し伸べられたその手に震える右手を重ねると、ぎゅっと存外強い力で握られる。
あぁ、初めてだ。
知らないものに触れた。
だけど怖くない。
怖くないが・・・胸も、息も、酷く苦しい。
「そっか、ヴォルフか!よろしくな〜!」
「あ、あぁ・・。」
笑った真っ黒な瞳がぼくを見ている。
指先の端末と端末が直に触れて、それは微妙な刺激をぼくの脳に伝えた。
どくどくと耳を打つ鼓動はますます大きくなるばかりだ。
あぁ、どうしよう。
この手を放したくない。
でも、でも、本当に・・・このままだと僕はどうにかなってしまいそうだ。
おもわず俯いたぼくを覗き込むユーリの瞳に、また心臓が跳ね上がった。
「お、おい、ヴォルフ!お前、顔真っ赤だぞ!」
空いた手でユーリが、ぼくの額に触れた。
ぼくの記憶が残っているのは、そこまでだった。
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擬人化ユヴォ馴れ初め編でした〜!
で、でもオチが弱くてすいませんっっ!!!
とにかく一目で恋に落ちちゃって、てんぱっちゃったヴォルフが書いてみたかったので、
こんな仕上がりになってしまいました〜・・・。
こ、こんなのでも宜しければ、どうぞ煮るなり焼くなり、
頭良さんの好きにしてやってくださいっっ!!!
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