62.優しい体温(地球にて・・)
地球にやってきたヴォルフラムを連れて、
彼の見たいといった町へ行った。
おれの名前と同じ町。
歩けば、立てば、微笑めば。
いや、例えば不機嫌に眉間に皺を寄せたり、
拗ねて唇を尖らせたって、
見るものすべてを惹きつける、天使のようなヴォルフ。
甘いものが好きなのだって、
彼だとさまになるから底の浅い財布と知りつつも、
ついつい買い与えてしまうのだけど。
「これ、食べたい。」
指差した先にあったのは、甘そうなチョコバナナのクレープ。
アイス大盛りにして手渡せば、ほんわか嬉しそうに笑うヴォルフ。
美少年に似合わぬ大口で甘い甘いクレープを、
パクパクと食べ進める彼は、
食べることにやや夢中で歩くのがおぼつかない。
『あぶねぇな・・・手を・・・あ・・・・!』
ふと。
眞魔国での癖で、ヴォルフの白い手を取って歩きそうになって。
ここが、かの地ではなく、地球で。
それは許されないのだと、理性が、それを押しとどめた。
彼の手を取ろうと開いた手は行き場なく、
結局、一度緩く広げ、そして強く拳に握り締めた。
何事も無かったフリをして、しばらく、無言で歩く。
行き先はおれの好きな場所。
ヴォルフにも一度、見て欲しかった場所。
本当なら心躍るはずなのに。
「お袋に電話するな。」
「あぁ・・・。」
変な気まずさを振り切るように、
おれはおふくろとの約束だった、『こまめな連絡』を果たすため、
近頃見かけなくなった公衆電話を探した。
携帯を持たないおれは、
ようやく見つけた公衆電話のドアをギィと押し開ける。
それは長いこと使われていなかったのか、錆びた音が酷く響いた。
ドアが軋みながら閉まった瞬間、ほぅっ、とため息が零れる。
気持ちを落ち着け、受話器をとった。
押しなれたダイヤルを押す手元が、不意に翳る。
鈍い光を遮ったものの正体を見たくて、横を盗み見れば。
ほんの少し寂しげに、くすんだ電話ボックスの側面に
外側から背を寄りかけたヴォルフの姿。
片手ではぽつりぽつりとクレープを口に運びながら、
もう片手はゆるやかに背中に回していて、
硝子越しにはヴォルフの背中と硝子の間に、
広げてぴたりとくっついている白い手の平が見える。
それをみて。
気づいていたのかもれない、とそう思った。
ヴォルフは気づいていたのかもしれない。
おれのあの瞬間の葛藤を。
おぼつかない彼の足取りを、変わっておれが導こうとした、
あの瞬間のことだ。
そう考えたら、今こうしてヴォルフが
窓越しに寄りかかっていることさえ、
そんなほんの少し寂しい気持ちを紛らわすために、
仕掛けていることなのかも、なんて思えた。
眞魔国ではごく普通の出来事が、ここでは出来ないなんて、と。
それを理解したうえでの意趣返しなのではないかと。
がしゃんと、小銭が落ちる音がして。
ぷるると呼び出していた電話口から聞きなれた声が響く。
「あ、おふくろ?おれだけど。」
『ママでしょ、ゆーちゃん!』という
聞きなれたぼやきを耳に入れながら、
おれは硝子越し、背中合わせにヴォルフとくっついた。
この世界では繋げなかった手のぬくもりを探すように、
彼の手の輪郭に合わせてそっと。
「おれたち、帰るの少し遅くなるけど心配しなくていいから。
あ、でも飯は家で食うから。うん。じゃぁ。」
話が終わって電話が切れて。
ツーツーと途切れた音を出す受話器は肩口に乗せたまま。
そして、押し当てた手もそのまま。
手の平を当てた硝子は少しずつぬくもりを増していく。
それは挟んだその硝子の存在なんか忘れさせて、
すぐ側にヴォルフがいてくれるような気さえして。
まるで、何者にも邪魔されることなく触れ合っているかのようで。
だから。
硝子越しに、いつまでも、ヴォルフを感じていた。
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2007/11/8
『優しい体温』という単語のイメージが、
薄絹のようなものを挟んで、それがゆっくりと熱を持って、
相手に伝わるイメージだったんですが、いかがでしょう?
若干、CDドラマのネタバレっぽくありますが、
その辺はお好きなようにイメージしていただけたらと思います。
(地球デートの時の格好好きなんで書き手はそれをイメージして書きましたが。)
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