79.たとえばこんな愛し方(一風変わったユヴォ)
ユーリとの婚約を破棄し、
ぼくはビーレフェルトに戻った。
まわりには「長すぎた春は実のらずおわったか」と
揶揄されたが、ぼくらの心は酷く穏やかだった。
婚約者や配偶者という立場にこだわっていたのは、
ぼくがとても不安だったからなんだと
気づいたのはいつだったろう。
ユーリはぼくをどこまでも信じてくれたし、
ぼくも同じようにユーリを信じ、愛した。
それがいつしか、恋人のそれとは違う、
もっと深く広く、
それでいて確かなものだと
気づいたのはいつだったろう?
それに気づいたとき、
もはやぼくら二人は、
二人で一人と呼べるほどの近さだった。
それは確信にも似た、何かで。
そうしてそれを知ったとき、ぼくらはぼくらの意思で、
肩書きで縛っていた関係を解き、
ぼくはビーレフェルトの当主になった。
「本当にこれでよかったのかい?」
ユーリと婚約を解消したことで、血盟城を離れ、
ビーレフェルトへと戻ったぼくに、
大賢者が暇を見つけて会いに来た。
なんでも、大賢者としては、
ぼくらが別れたのは予想外の展開だったらしい。
「あぁ、これは二人で決めたことだ。後悔はない。」
きっぱりと言い放ったぼくを、
不思議そうに見つめる大賢者。
「渋谷のこと、嫌いになったから離れた、
ワケじゃないんだよね?」
メガネの奥で光る大きな瞳は、
ほんの少しユーリのそれと似ていた。
「離れても愛は消えない。
いや、むしろ大きくなる一方だな。」
「以前の君を知ってるから思うんだけど、
あれだけ渋谷を想って、
何の時でも追従してきた君が、
こんなにあっさりと彼の元を離れるなんて。」
「皆そういう。
でも、今のぼくらに最も大切なことはただただ二人、
側に居ることではないんだ。」
ぼくらが出来ることを。
この国のため、この世界のため。
ひいては愛する娘や家族のために。
そうしてユーリと二人、選んだこの道なのだから。
我が城のメイドが入れたお茶を、大賢者に勧めながら、
ぼくは片手で彼女へ退出を命じ、室内は二人きりになった。
「寂しくないわけ?」
「寂しくはないぞ?ここはもとよりぼくの城だし、
なによりぼくには娘がいる。
暇を見つけてはグレタが会いに来てくれるから、
ユー・・・陛下のへなちょこぶりに
振り回されないこと以外は、
血盟城に居た頃とあまり変わりも無いのだがな。」
ぼくのその言葉に驚いたのか、
飲みかけたお茶を吹きそうになった大賢者の動きを、
反射的に避けながらぼくは続けた。
「何か驚くようなことでも?」
「え?グレタちゃんはこっちにも来てるの?
娘・・・って事は君を父親として?」
「親の別れを理不尽に子供に押し付ける必要はないだろう。
まぁぼくとユー・・陛下とは、
正式には婚姻にはいたらなかったわけだが。」
決めるのはあの子だ、そういうと
まだ納得がいかないというように、
大賢者が呟く。
「血のつながりも、
それどころか形式的なつながりすらないのに?」
「無くてもあの子がぼくを
父と呼んでくれる誇りは変わらない。
ユーリがこの地を離れ、異界に行くこともあるのだから、
あの子の気が済むまでそう呼んでくれればいいと
ぼくは思っている。
それに例えぼくを父と呼ばなくなったとしても、
ぼくはグレタを愛している。
それに変わりは無いのだから。」
婚約者という立場がなくなって、
世間的に失ったものは沢山あった。
だけど心は。
何一つ変わることなく。
それはぼくとユーリが繋いできた絆を強く感じさせて、
余計に堅固になっていく気さえしていた。
ぼくのその思いを聞いた大賢者はしばらく逡巡して、
ぽつりと呟いた。
「じゃぁ、さ?」
注ぎ足したお茶を一気に飲み干して、大賢者は言う。
「渋谷のこと、好きなままの君でいいから、
僕と結婚しないかい?」
「断る。」
「気が変わるまで待っててあげてもいーよ?」
そういいながら空いたカップを差し出すから、
ぼくはおかわりの催促である、その合図のみにこたえる。
「それは無駄なことだぞ、大賢者。」
片手を腰に当て、注ぎ終えたポットを机において、
彼の目を見て、ぼくは言った。
「ぼくはもう・・・・誰も選ばない。
ユーリのほかには、もう。」
受け取ったカップの中で踊る、
琥珀色の水面を覗き込んだ大賢者は
飲み口を指先で撫でながら、しばらくそうしていたが、
肩をすくめ、一つ深い呼吸を落として、
困ったように笑いながら、こういった。
「それ、渋谷も同じこと、言ってたよ。」
「あぁ・・・二人で決めたといったろう?
これがぼくらなりの答えだ。」
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2007/12/13
一緒に側に居るという未来でなく、
同じものを見つめ同じものを目指すために
別れるという、愛。
ちなみに村プではありません。
村田さんはカマを掛けているだけです。
陛下には「五月蝿い婚約者居なくなったから可愛い子紹介しようか?」と。
答えは二人とも一緒ですが。
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