微妙な19のお題 08> 手を伸ばせば、すぐにあなたに届く距離で
目の前で、好き嫌いなく朝食を頬張る、ぼくの婚約者。
名前は、シブヤユーリ。
ユーリはこの国の王だ。
たった一人の、尊い人。
そんな人のために、何が出来るか考える。
一つ。
ユーリはこの国の王だが、遠い異世界で転生した為、
今ひとつこの国の常識に欠けている。
なので、ぼくはこの国のことをなんでもユーリに教えてあげよう。
「ユーリ、眞魔国では・・・」
「陛下!本日はこの国の成り立ちについて、お勉強いたしましょう!」
「げぇ!?ギュンター!!OK、分かった。・・・お手柔らかに頼むよ。」
無粋にも朝食中に飛び込んできたオフホワイトの僧衣の麗しの王佐に連れられて、
ユーリは席を立って行ってしまった。
ぼくを無視して行ってしまうな!と言葉が飛び出す前に、
ふと思い直した。
・・・そうだな、ぼくよりギュンターの方が教師としての実績もあるし、
なにより年の功、だからな。
残された朝食の席で、一人お茶に口をつけた。
今日はユーリと過ごそうと思っていたのだが仕方ないかと思い直して、
血盟城内を歩き出した。
待っている間に出来ること。
ユーリのために出来ること。
ユーリは、国政についてもよく理解していないから、
ユーリに分かりやすく上手く説明できるように、
ぼくが国政に携わるというのはどうだろう。
考えているうちに、グウェンダル兄上の執務室に足が向かっていた。
「兄上、お忙しいところ申し訳ありません。」
「・・・ヴォルフラムか。どうした?」
入ってきたぼくのことを確認するとあとは、
兄上の視線は書類の上を走り、手はせわしなくペンを動かしている。
あまりの忙しそうな様子に、口を挟む事が出来ずにいると、
僅かに手を止めてもう一度ぼくの方を見て、尋ねた。
「で・・用件は?」
「あ、はい。何かお手伝いが出来たら、と思いまして。」
「そうか。」
署名を終えたいくつかの書類が無造作に置かれていたので、
整理するついでに中身を読もうと、兄に許しを請う。
「では、それらをギュンターに渡すものと地方に回すものとに分けてくれ。」
「はい、分かりました。」
内容を確認しながら、振り分けていく。
ふと、その中の一つに目が止まる。
「兄上、申し訳ありませんが・・・」
「なんだ?」
「こちらのグランツ地方の税収とその配分についてなのですが、
割合に不都合があるように見受けられますが。」
手渡した書類に目を通すと、グウェンダル兄上は深く溜息をついた。
「これは前年度の繰越分も含めての値だ。
グランツ地方は今年は天候不順などが続いていたからな。」
「あっ!本当だ・・。」
「ヴォルフラム・・・何事も多角的に見ろ。」
「はい・・・。兄上。」
しばらくは手伝いを続けたが、結局は暇を貰って外に出た。
・・・だめだ。
結局、ぼくには兄上のようには出来ない。
こんな調子じゃ、国を動かすことなんて到底ムリだ。
ユーリが道を誤らないように、見てやることすら出来そうに無い。
今日は朝からどうにも調子が悪い。
なんだか、頭が上手く働いていないのかも?
こういう日には少し体を動かした方がいいというから、
少し剣術の稽古でもつけようかと、練習場に出てみれば。
「コンラート!?お前がどうしてここにいるんだ!!」
「どうしてって・・俺の部隊が練習中だから。」
苦手な次兄が人好きする笑顔でこっちを見ていた。
「そういうお前こそどうしたんだ?陛下は?」
「・・・ユーリはギュンターと勉強中だ。ぼくは剣術の練習に・・」
その時ふと思った。
こいつのことは苦手だけれど、剣術に関しては一目置いている。
だったらコイツに剣を挑んでみて、自分の腕を試してみるのはどうだろう?
・・・もしかして一度位、勝てはしないだろうか?
そうすればユーリの盾として側にいるぼくの価値も見えるじゃないか。
「・・・ウェラー卿。手が空いているのなら手合わせをしないか?」
その誘いにほんの一瞬驚いた顔をしたが、コンラートはすっと剣を構え、
視線だけで「いつでもどうぞ」と微笑んだ。
「結局、ぼくに出来ることなどないじゃないか。」
コンラートとの剣の手合わせは、最悪な結果で終わった。
思えば幼い頃から一度も勝てたためしは無かったが、
今は・・今回だけは負けたくなかった。
知識においてはギュンターに劣り、
国政を司るにはグウェンダルには敵わず、
ではせめてこの命をかけて盾になろうと考えても、
精神面でも支えの効く、万能の保護者がいる。
「では、ぼくは何のために?」
婚約者だと声を荒げ、
付きまとうだけでなんの役に立つというのだ?
それはただ、僕自身が離れたくないという我儘から来ているだけに過ぎないのだし、
むしろユーリにとってみれば、ぼくが婚約を解消し、
側から離れることを望んでいるのかもしれないのに。
「ぼくは、馬鹿だ。」
何にも出来ない。
何の役にも立たない。
そんな事実に気付いて、泣きたくない。
でも、自分が情けなくて、涙が出てきそうになる。
「くそっ!・・・どうしたら・・」
「あ!ヴォルフ!いたいた!」
必死に涙を止めているところなんて誰にも見られたくないのに、
加えて一番見られたくない相手がこちらに来る。
ユーリだ。
「どうした?勉強は終わったのか?」
なんとか声は涙声にならずに済んだが、瞳は上手く隠せるだろうか。
涙目を気付かれたくなくて目を合わせないようにそれとはなしにユーリを見たら、
何故かユーリは珍しく自分の靴先を眺めていた。
表情もいつもに比べて、暗い。
「ユーリ?」
「あ〜・・おれってさ、やっぱ信頼無いかな?」
「何故そんなことを聞く?」
「ほら国境近くの村のために溜池を作るって話があったろ?」
「あぁ、その話なら聞いた。」
「あの溜池、止めようと思って。」
「どうしてだ?溜池があればあの村も村人も暮らしが楽になるんだぞ?」
「でも、そのために、たくさんの村人の開拓した畑を潰さなきゃならない。」
「・・・それが、嫌なのか?」
「あぁ。だってさ、あの土地、あの村人たちが手を付けるまではまったくの未開墾地で。」
「うん。」
「そんなに痩せてないとはいっても、確かにあんまり取れるものは少ないけどさ。
でもさ、今まで必死に耕してきた土地なんだぜ?」
「うん。」
「それをさ、簡単には潰せないじゃないか。」
「ではどうする?このままではその必死に耕してきた土地すらも、
失うかもしれないんだぞ?」
「・・・わかんない。」
「・・・このへなちょこ。」
「分かってる。」
相変わらず靴先から目を離さずにつぶやくユーリに、おもわず溜息をついた。
でも、ぼくにもユーリに示してやれる、良い案など浮かばなかった。
ユーリをへなちょこと呼ぶなら、きっとぼくもへなちょこだ。
もう一度、溜息を一つ。
でもこれは、何も出来ない僕自身に。
「だったら、お前が来る場所はここではないだろう?ユーリ。」
「ヴォルフ・・・。」
「兄上はきっとこの話を聞けば、お怒りになるか・・いや、呆れてしまわれるかもしれないが、
きっとお前の思いを無下にはなさらないだろうし、」
「あぁ。」
「土地に関して言うなら、ギュンターに知恵を借りれば、
溜池以外の方法で水を引く事だって可能かもしれない。」
「そうだな。」
「それに、お前が国境の町の視察に飛び出していくなら、
間違いなくウェラー卿がついていくだろうから安全だろう。」
だからお前の来る場所はここではないだろう?と言葉を続けようとしたぼくを遮るように、
ユーリはきょとんとした顔でこう聞き返した。
「お前は?ヴォルフ。」
「ぼくは・・」
「お前ももちろん来てくれるんだろう?」
突然のことに、言葉を返せずにいると、ユーリはぼくに手を伸ばす。
「行こう。」
「ユーリ?!」
「・・・お前がいてくれてよかった。」
伸ばされた手に、無意識に手を伸ばした。
そしてほんの一瞬自分の手を重ねて、はっとして振り解く。
「ま、まったく、お前はへなちょこだからな。ぼくが側にいてやらないと何も出来ないんだから。」
触れた掌を隠すように腕を組んで、いつもどおりの踏ん反りポーズで、
吐き出すようにそういうのが精一杯で、
あとは真っ赤になった顔を見られないように足早に歩いた。
「へなちょこゆーな!!」
いつもの台詞を聞きながら、一人思う。
そうだ、ぼくにも出来る事がある。
ぼくは、へなちょこ魔王にぴったりの未熟な婚約者。
ユーリが迷った時。
立ち止まった時。
打ちひしがれて立ち上がれない時。
どんなにへなちょこであっても彼は魔王で、
魔王の仕事が、悩み、そして決断することである限り、
ユーリはこの運命から逃げられない。
そして彼の側にあるぼくには、与える知識も、
肩代わりする実力も、支え守る力もないかもしれない。
だからせめて__________側にいてあげる。
一緒に悩んで、一緒に泣いて、嬉しい事があったら一緒に喜んで。
ちょっとずつでいい。
一緒に大きくなっていこう。
だからぼくは、いつでもそれが出来る距離に。
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