<恋人をすきなだけからかうんだね>
めずらしく眞王廟から出てきた村田が、中庭で拾ったのだといいながら、
一冊の手帳のようなものをおれに手渡してきた。
「何これ?」
「これ、フォンビーレフェルト卿の物だと思うから、返しておいてよ。」
見覚えの無い手帳。
おれも知らないのに、なぜ村田がこれの持ち主をヴォルフだと知っているんだ?
俺の胸に沸いた小さな嫉妬の炎が、村田に対しての語調を少しきつくする。
「なんでこれがヴォルフのって分かるの?」
「ん?使ってるところを見たから。」
飄々とした態度がまたまた気に食わない。
こんなの使ってるところ、おれ見たこと無いぞ??
むっとしているおれを見て、にやりと笑って村田が問う。
「あっれ〜?渋谷、妬いてんの??」
「あぁ、悪いかよ。」
だって好きなやつの事、自分だけ知らないなんてなんか悔しいじゃないか。
「んー。変な疑いかけられるのも、彼が可哀相だしね。
ちょっと、プライバシーの侵害かもだけど、中身、見てみたら?」
訳知り顔で笑う村田に促されて、おれはそっと手帳を開いた。
中に書かれていたのはたどたどしい文字の日本語の羅列。
しぶやゆうり、シブヤユーリ、渋谷有利。
平仮名とカタカナと漢字で書かれたおれの名前が並ぶ。
その下には。
おはようございます。
こんにちは。
ありがとうございます。
流暢な上級魔族語で一つ一つに注訳がつけられているそれは、
まだまだこちらの言葉に明るくないおれには読めなかったけれど、
きっと読み方なり意味なりを彼なりに書き留めたものだろう。
そして手帳にいくつもつけられた付箋。
その一つ一つを開いてみる。
名前、挨拶、動物、文化、生活と振り分けられたものの中に、
とりわけ細かく区分分けされた項目があった。
それは・・・『野球』
「これって・・・」
「いや〜、彼は熱心な生徒だよ。」
一体これが何の為に用意されて、いつどのように使われていたのかは一目瞭然だった。
・・・変な嫉妬して馬鹿みたいだな、おれって。
「拾ってくれてサンキューな!」
「まぁ、これをネタに好きなだけ彼をからかうことだね〜。」
少し意地の悪い言い方の村田に苦笑いで返す。
そんなこと出来るわけ無いって、お前だってわかってるくせに。
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