泣くんじゃない,お眼々さん!
「いたっ!」
おれの横で書類を整理していたヴォルフが小さな悲鳴をあげた。
「どうした?大丈夫??」
「あぁすまない、驚かせたな。」
見てみると白磁の指先にぷっくりと、深紅の血が一滴盛り上がっている。
「紙の端で切ったらしい。たいしたことはない。」
そう言ってなにかで血を拭こうと辺りを見回すヴォルフの手を取り、
おれは傷ついた指先をぱくり、と口に含んだ。
「ユ、ユーリ?!」
「案外紙で切った傷って痛いんだよな〜。」
舐め取った血の下の、薄く削いだような傷とまた滲みあがってくる血を見て、
幼い頃母親にしてもらった『おまじない』を思い出す。
科学的な効果なんて無いだろうが、あれで不思議と痛みを忘れる事が出来た。
ヴォルフの傷に指を当て、大きな声でこう言った。
「いたいのいたいの、とんでいけ〜!!」
「・・・なんだそれは?」
「あれ?眞魔国ではこう言わない?」
幼い頃の思い出と共に、おまじないの事を話すとヴォルフは笑ってこう言った。
「それなら眞魔国ではこうだな。」
ヴォルフは正面からおれの両手を左右の手で取り、しっかり握り締めたまま、
自分の額をおれの額にこつんと当てて、笑っている。
「『泣くんじゃないよ、お目目さん!!』」
エメラルドグリーンの瞳が間近にあって、おれはどきりとしながらも、
幼い頃のヴォルフをこのやり方で慰めるコンラッドを想像してしまい、
今更ながらにちょっと羨ましく思ってしまったのだった。
|