若葉
「あれ?ヴォルフは?」
久々にスタツアして戻ってきた眞魔国には、
いつもなら文句を言いつつも1番に迎えに来てくれるはずの
大切な婚約者の姿が見当たらない。
目の前にいる苦笑いの名付け親兼未来の義兄予定のコンラートに疑問をぶつけてみた。
「あ〜…あいつなら、自室で臥せってますよ。」
「え?!臥せってるって…病気??」
詳しい事は何も語らずにただ変わらぬ苦笑いで
『会ってみれば分かります』とだけ答えるコンラートに
多少の疑問を感じつつも、ユーリはスタツアの後遺症で
頭の先から足の先まで見事に濡れたままで、
城中のヴォルフラムの部屋に急いだ。
「ヴォルフラム!!」
「ユーリっ!?」
ヴォルフラムはベットの上で上半身を起こした格好で休んでいて、
突然入ってきたユーリの姿に一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに満面の笑みを見せた。
「ユーリ、いつ戻ってきたんだ?」
「…見てくれよ、これ。」
ユーリはぐしゃぐしゃになった髪を、濡れた腕を、そっとヴォルフラムに突き出した。
「…ほんの今さっき、といったところか?」
そう言って、ヴォルフラムは濡れたユーリの髪に触れようと利き手を上げかけて、
そっと止めた。
そしてそのまま、まぁ今回は綺麗な水に落ちたようだし?とからかうヴォルフに、
ユーリは苦笑いで返した。
「まぁな。今回は下水でも酒樽でもないのが救いかな?」
「おかえり、ユーリ。」
「ただいま、ヴォルフ。…って、お前その腕どーしたの?!」
ユーリの落とした視線の先には、先ほどヴォルフラムが下ろした彼の腕があって、
そこには真っ白な包帯が無遠慮なくらい、ぐるぐると巻きついていた。
「これは…ちょっとな。」
「ちょっとな、じゃねぇよ!!…うわぁ、ほんとどうしちゃったんだよ?」
痛々しい包帯の手を取って、そっと指先で撫ぜてやる。
一体どうしてこんなことになったのか、傷が深いのか浅いのかも分からないので、
ユーリにはとりあえずそっと触れることしか出来ない。
「教えてくれよ、ヴォルフラム。一体何があったんだ?」
「それは…」
「俺のいない間に、戦いでもあったのか?これは人間にでもやられたのか??」
「…な、なにぃ!?ぼくが人間ごときにやられるはずがないだろう!!!」
「じゃぁ、本当の事を聞かせてくれよ!お前の身に一体何があったのかを…。」
しばらく無言で諮詢していたヴォルフだったが真摯なユーリの言葉に、ようやく口を開いた。
「…笑わないか?」
「え?」
「ぼくの話を聞いても笑わないか、と聞いているっ!!!」
「あ、あぁ、もちろん!笑ったりしないって約束するよ!!」
ユーリがそう約束すると、ヴォルフラムは2、3度深く深呼吸をしてから、
それはそれは小さな声でこう呟いた。
「…会いたかったんだ。」
「え?なに??聞こえないよ。」
俯くヴォルフラムの口元にそっと耳を寄せて聞き返したユーリに、
ヴォルフラムは今度は叩き付ける様な大きな声で同じ言葉をユーリにぶつけた。
「会いたかったんだ!おまえに!!ユーリに!!!」
「え?」
ヴォルフラムは白磁の頬も耳も真っ赤に染めて、潤んだ瞳でユーリを見つめた。
「でも…方法がわからなくて、でもどうしても会いたくて…その時思い出したんだ。」
「なにを?」
ヴォルフラムは震える声でユーリに答えた。
「お前がこちらに来るときの事を。…お前は、いつも水を使ってこちらに来るだろう?」
俺の意思ではないけどね、と呟きながらも頷くユーリを視界の端に入れながら、
ヴォルフは続けた。
「ユーリ、お前は尊い魂を持つ魔王だから、四大要素も喜んで従うだろう。
だが今までの様子も加味した所、お前は中でも水の術をもっとも得意としているようだ。
つまりそれはユーリの魂の資質が特に水の力を強く持つからではないかと思ったんだ。
だからつまり…そのおかげでお前は水の粒子の属する場所なら行き来できるのではないかと。」
真っ赤になりながら一気にまくし立てるように、説明するヴォルフの姿に、
ユーリは事の顛末の全てを見たような気がした。
きっとヴォルフラムは、地球に行く方法をいろいろ考えたのだろう。
けれどなかなかいい案は思いつかない。
誰に相談しようもなく、途方にくれかけていたときにふと思い出す、スタツアしている俺のこと。
そして思いついたのは、魂の資質。
ヴォルフの得意とするものは…炎術。
そして煌々と燃える真っ赤な炎の中に、きっと躊躇わずに手を差し入れたのだろう。
地球から引き寄せられる、その時を信じて。
「これは…火傷?」
無言で頷くヴォルフラムにユーリは咄嗟には返す言葉をもたなかった。
嬉しいとか、悲しいとか、そんな簡単な言葉では今の気持ちを表せなかったからだ。
けれどそのユーリの姿を、無言の返答と取ったヴォルフラムは、
小さく吐息を落としてこう言った。
「…考えてみれば、馬鹿な話だな。」
そして押し黙ったユーリにそっと視線を合わせて、ヴォルフラムは笑った。
「お前を迎えたり送ったりするのに、眞王廟の巫女たちに加えて今は亡き眞王陛下が
力を貸しているというのにぼくが、ぼく程度の魔力では、こうなることくらい、
わかっていた、はずなのに…。」
自嘲気味に呟いたヴォルフラムに、はっとしてユーリが視線を合わせると、
泣きそうに引き歪んだ顔のヴォルフラムがいた。
いっそ泣いてしまえば楽だろうにと、そう思えるような顔で。
「ユーリ…呆れたろ?」
「え?」
「待つことすら出来ない、馬鹿だと思うだろう?当然だけど。」
「そ、そんなことねーよっ!何でそんな風に思うんだよ。」
ヴォルフの肩を掴んで、エメラルドグリーンの瞳を覗き込む。
瞳は濡れて、いつもよりも深い輝きを持っていた。
「会いたいと思ってくれて嬉しいよ。でも…」
「でも?」
「でもどうして急に??スタツアするのは今に始まったことじゃないし…」
「それは…」
ヴォルフラムは腕を庇うようにして、ベッドから起き上がると窓辺に向かって歩いていった。
「ヴォルフ?」
「ユーリ、これ見てくれ。」
「これは…」
そこにあったのは、小さな鉢植え。
中にはひょろひょろとした小枝が一本刺さっている。
ユーリはその鉢植えに見覚えがあった。
ユーリの乗馬訓練の為、ヴォルフとコンラッドとともに森へ行った時、
またもやアオにふり落とされそうになり、必死にしがみ付いて森中を駆け回ったユーリを
追いかけてきたヴォルフの髪に絡まっていた小枝。
本当に、細くて、ヘロヘロで、どうしようもない感じだったけれど、
コンラッドが『これは挿し木で育ちますよ』と教えてくれたので、
そのまま持ち帰り大切に育てていたものだったからだ。
「よく見てくれ、ユーリ。生き返ったんだぞ?」
ヴォルフラムに促されて、もう一度その小枝を観察するとその枝の先には、
小さな新芽がついていた。
「芽吹いてる!!すげー!!生き返ったんだ!!」
はしゃぐユーリを見て、ヴォルフラムは笑った。
「よかった。」
「え?」
「ユーリが大切にしている、鉢植えだ。元気になったのを早く伝えたかったんだ。」
「ヴォルフ…」
ヴォルフラムが地球に来たかった理由がわかった気がした。
単純に淋しかった、会いたかったという気持ちもあったかもしれない。
でも、それだけじゃないのだろう。
こちらにユーリがいない間、グレタの世話をしているのもヴォルフだと聞いた事がある。
鉢植えも。
他にもきっとたくさん。
ユーリの『大切なもの』を、彼はこの地で守っているのだろう。
ユーリがいつ帰っても、悲しまないように。
むしろ、喜んでくれるように。
「ありがとう、ヴォルフ。」
ユーリはヴォルフラムの体を、ぎゅうと力強く抱きしめた。
「・・・ユーリ?」
突然のことに戸惑うヴォルフラムの耳元で、ユーリは小さく囁いた。
「俺の大事なもの、守ってくれてたんだな。」
「・・・ぼくには、それくらいしか、できないからな。」
ヴォルフラムの言葉にかぶりを振ってユーリは続けた。
「でもさ、大事なものを守ってくれるんなら、俺が一番大切にしているものも、
ちゃんと大事にしてくれよ。」
「一番・・?やきゅう、とやらの道具か?」
「違うね。」
「では、この国か?」
「うん、それも大事だけど。でも違う。」
「では、グレタか?」
「いや、もちろんグレタも大事だけど・・・。」
「では・・・なんだ?」
困惑に揺れる宝石のような瞳を見つめながらユーリは笑った。
「ヴォルフだよ。フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。」
一気に頬を朱色に染めたヴォルフラムの頬に、ユーリが優しい口付けを落としたのを、
目撃したのは、新緑の若葉だけだった。
2004/10/30
「若葉」とか時期外れなんですが、なんか甘めで行きたかったのでUP。
雰囲気としては公認婚約者が完全定着したくらいの関係だと思ってもらえればいいかと思います。
ヴォルフが何しても「かっわい〜・・」なノリの陛下って好きです(笑)
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