< 夕焼け >
ここは眞魔国でも指折りの夕日の美しい場所だとコンラッドに聞いた。
不思議と今日は静かに景色に溶け込みたくて、
昼飯を済ましてからヴォルフラムを誘ったのだった。
馬を離れたところに繋いで、ゆっくりとベストポジションに座り込む。
ヴォルフラムも俺に倣って馬を置き、黙って隣に座り込んだ。
足を投げだし、ぼんやりと空を見上げる。
まだ日没までには時間がある。
そのままゆっくりと仰向けに寝そべったら、
視界の端っこに、体操座りのヴォルフラムが見えた。
ヴォルフラムもずっと遠くを見ていた。
どちらにも言葉はなくて。
ゆっくり、日が傾いてゆく。
時が流れるのを、肌で感じた。
『あぁ、夕焼けは地球と変わらない・・・』
心の中で、思うともなしに、言葉が溢れた。
一番夕焼けが美しくなるのはもう僅かのことだと思い、
隣にいるはずの同伴者に声をかけようと、転がったまま振り仰ぎ見た。
かくゆうヴォルフラムは、というと。
相変わらず体操座りのまま、頭を膝に預けて眠っていた。
いつもの独特な寝息が聞こえないところを見ると、眠りは浅い方だろう。
彼のハニーブロンドの髪の上には、燃える様な太陽の光が重なって、
赤銅色に煌めいていた。
そういえば朝に見た時はベッドの中で、
窓から差し込むキラキラの光が髪の上を踊っていたっけ。
昼は昼で黄みを増した、向日葵の様な色だったっけ。
本当にいつ見ても、目を奪われるほどの美しさだ。
「ユーリ?」
声を掛けられて、ハッとする。
どうやら無意識のうちに、彼の髪に触れていたらしい。
「ごめん。」
「・・・謝るな。別に嫌だったわけでは・・」
ほんの少し眠気を残した、とろりとした視線でヴォルフラムはユーリを見ていた。
「もうすぐ、一番綺麗な夕焼けだ。」
ユーリの言葉に促され、ヴォルフラムはそっと空を見上げた。
沈み行く太陽は、昼間の貫くような激しさを消して、
包むような温もりと光で世界を満たしてゆく。
空も、木も、水も、人も、・・・・魔族も。
それは隔たりのない、優しさだ。
真っ赤に染まる世界。
それは与えられた一日の終わりの合図。
「綺麗だな。」
「あぁ。」
どちらともつかない呟きがおちる。
そしてやはり、沈黙。
やがて日が落ち、辺りには夜の帳と涼やかな風が下りてきた。
「・・・帰ろうか。」
「あぁ。」
「夕焼け、やっぱ綺麗だったなぁ〜。」
「・・あぁ。」
ユーリの言葉に、気の抜けたようにヴォルフは返事をする。
いつもとは違うヴォルフの雰囲気にユーリは戸惑った。
「ヴォルフ??」
名前を呼ばれて、ヴォルフラムは不意に我に帰った顔をした。
「どうかした?夕日は、嫌いか?」
「いや・・とても美しかった。」
「そうか??」
「でも・・・」
一瞬口にするのを躊躇いながらも、思い切ったようにヴォルフラムは妙にきっぱりと言い放った。
「でも、ぼくは、やっぱり_____夜の闇の色が、一番美しいと、思う。」
「え?」
「闇色を恐れるものは多いけれど、ぼくは怖くなんてない。」
昇り始めた月が、微笑むヴォルフラムを照らした。
「闇色が恐れられるのは、死を連想するからだ。
けれど、死は新しい生に向けての休息のことだろう?
一日の終わりの休息を終えれば、また新しい一日が始まるように。
生きることも死ぬことも、それと同じだと思えないか?
闇は本当は一番優しい色なんだ。
新しい光に出会うための、準備をさせてくれるのだから。
それに・・・」
そこまで一気に言葉にして、ほんの一拍置いて笑うと最後の一言を、
そっと宝物のように口にする。
闇色は、ユーリの色だろう?
きょとんとした表情で見つめるユーリの目の前で、
僅かに目を細めて見つめてくるヴォルフの姿。
その中でも一際目を引く、ハニーブロンドの髪は、
先ほどまでとはうって変わって、細く輝く、金糸の光。
それ自体が光を放っているような美しさ。
だけどそれは、髪や見た目だけの問題じゃない。
きっとヴォルフラムの魂の光なのだろう。
真っ直ぐで真っ直ぐで、何処にいても、すぐに見つかる。
それはまるで、ヴォルフが好きだといった闇色の空の中でひときわ輝く星の光のように。
「ヴォルフラム・・・。それはきっと、婚約者の欲目だよ。」
ユーリはポツリと呟いた。
自分が心の中でヴォルフラムを絶賛していることなど、微塵もおくびに出さないままで。
2004/11/22
とても綺麗な夕焼けを見たので、陛下とヴォルフにもおすそ分け。
・・・でも、この二人ってば、お互いに夢中で景色どころじゃないですね(苦笑)
いい夫婦の日にぴったりの話になりました。
|