KISS*******
「ユーリ、ゲームをしようか?」
王様ベットの上で、二人のんびりくつろいでいた時に、
そう持ちかけてきたのは、我が麗しの婚約者。
フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。
天使も裸足で逃げ出し、如何な美術品でも越えることは出来ないであろう美貌の持ち主は、
その才能を惜しげもなく披露しながら、俺を陥落させようとする。
「なんだ、ヴォルフ!!その天使の微笑み攻撃は卑怯だぞっ!!」
「ふふんっ!!これしきのことに陥落するお前が悪い!」
それはもう、理性を吹っ飛ばす美しさだ。
いたいけな青少年にはなんとも酷い仕打ちである。
あのね、ヴォルフ?
そんなことして、襲われたって絶対絶対ぜぇぇぇぇったいに、お前が悪いんだからなっっ!!
でももしそんな不埒なことに及べば、『決着』を主張する割りには恥ずかしがりなお前は、
きっと3日はクローゼットに篭城しそうだろ?
そうなったら、やっぱり俺がたえられないわけで・・・。
と、とにかく!この日常が滞りなく送れているのはひとえに俺のおかげだろう。
そこまで踏み込めない俺のへなちょこぶりに感謝して欲しいものだと思う。
そんな俺の気持ちをよそに、さっさとヴォルフラムは話を進める。
「なーに、簡単なゲームだ。ぼくの出す問題に、答えていけばいい。
ただ、何も無しに答えるだけではつまらないだろうから、
正解したら褒美をやることにしよう。」
「ご褒美?なにくれるの??」
「正解したら、始めに指定した場所に接吻をすることを許可してやる。」
え?それってご褒美?と思う反面、何かとツメの甘い婚約者に思わずにやけてしまう。
「なるほど、じゃぁ、キスしたくなければワザと間違えることも可能なわけだ。」
俺の言葉に一瞬きょとんとして、しばらく諮詢していたが思い当たる事があったのか、
急に眉根を寄せて顔を真っ赤にし、キッ!と俺を睨み詰める。
表情がコロコロ変わって、本当にヴォルフって可愛いな。
「う、うるさいっ!!ぼくはちゃんと間違えた時の事だって考えてあるぞっ!」
「へ〜!じゃぁ、俺が間違ったらどうするの??」
意地悪な物言いに、ぐっっと一瞬息を詰まらせるところを見ると、
案の定負けたときのことは考えていなかったようだ。
「じゃぁ!じゃぁ!!!お前が間違ったら、ぼくがお前に接吻するからな!」
「あぁ〜!?なんじゃそらぁ!!!」
かくしてゲームは始まった。
それは甘い、戯れ。
「ではまず、額の問題!」
「はいはい。」
むっとした顔で『返事は1回!』と俺を叱ってから、愛しの婚約者は問題を出す。
「この世界で、にゃぁ〜と泣く生き物は何だ?」
「これは・・忘れないよ。『ゾモサゴリ竜』!」
「正解だ。まぁ、まずは簡単な問題だな。」
ニコリと笑い、瞳を閉じる。どうやら、ご褒美を頂けるらしい。
「んじゃ、遠慮なく・・・」
ヴォルフラムの額にちゅっ、と触れるだけのキスを落とす。
「ふ、ふんっ!では、次は鼻の頭の問題、出すぞっ!!」
自分から起こしたゲームなのに、照れて真っ赤になっているあたりが、
またたまらなく可愛い。
「では、モルギフの正式名称は?」
「あぁ、ネグロシノマヤウィレム・デュソイエ・イーライ・ド・モルギフキシーだろ。」
「さすがにこれは、分かったか。正解だ。」
また同じく、口元には笑みを浮かべて、瞳を閉じる。
可愛らしい鼻の頭に、そっと口付ける。
「では、次は左目の問題。わが国の正式名称は?」
「え!?えぇっと・・・偉大なる眞王とその民たる魔族に栄えあれ、
あぁ世界の全ては我ら魔族から始まったのだという・・ええと、なんだっけ?」
「こらっ!お前は自分の治めている国の名前すらわからないのか!?」
さすがにこれには相当呆れたと見えて、ヴォルフラムは手を腰に当て、柳眉を寄せている。
「わ、ワザとだよワザと!!間違えたら、キスしてもらえるんだろ?ほら〜・・」
一国の宗主たる者が情けなや!の表情のヴォルフを何とか誤魔化そうと
目を綴じて顔を突き出すと、
ヴォルフラムは釈然としないのかぶつぶつ言いながらも左目の上にキスを落とした。
「では、もう少し簡単にしてやろう。ぼくのことをどの程度理解しているか見物だな。
右目の問題だ。ぼくの好物はなんだ?」
「これは分かるぞ!ネグロシノマヤキシーだろ!」
「正解。・・・話をしていたら、食べたくなってきたな。」
「じゃぁ、せめて朝食でリクエストしとこうな。」
珍味中の珍味といわれる食べ物をリクエストされる可哀想な料理長を思って、
ほんの少し猶予を設けておこう。
え?そんなに可哀想ならヴォルフを止めろって?
それはムリ。
だってネグロシノマヤキシーを美味そうに食べるヴォルフ、可愛いんだもん。
俺からヴォルフに。
右の瞼にそっと口付け。
触れる前に、ほんの一瞬目を開いたら。
金糸の睫が小刻みに震えているのを目撃してしまった。
「では、ぼくの趣味は何だ?」
「この場合、俺に謂れのない浮気容疑を掛けること。といいたいところだけど、絵を書くこと。」
「それは尻軽なお前が悪い!・・・腑に落ちない発言はあったが、一応正解だ。」
今度は右頬。
くすぐったかったのか、ヴォルフラムは小さく身じろぎした。
「では、左頬の問題。ぼくの夜着は何色だ?」
「ピンク。しかもベビーピンク!!!!
なんなら形状、素材、手触り、語れるだけ語ってやってもいいよ?」
「正解だ。そこまで記憶に残るほど見ているのなら、ぼくの色香に気付いて、
決着をつけようという気にはならないものかな、このへなちょこは。」
親の心・・・いや、俺の苦労ヴォルフしらずとはこのことだ。
次は左頬。
耐えられなくなってきたのか、艶やかな唇からクスッと小さな笑いが漏れた。
可愛い。
本当に可愛い。
クイズなんて放っておいて、キスの雨を降らせてやりたくなる。
「それでは、最後の問題だ。」
「待って!それならさ、俺からも問題出していい?」
突然の申し出に、ヴォルフラムは目を丸くしている。
「それは・・別に構わないが・・・。」
「じゃぁ、唇の問題。渋谷有利が愛しているのは?」
その質問に、更にきょとんとした表情を見せるヴォルフに思わず吹き出してしまう。
「なんだ?そんなに難しいか?この問題。」
「それは・・・物や事柄は含むのか?」
「いや。・・・てか、もっと素直に考えろよ!」
何でこんなに悩むんだか。
いつも自信たっぷりに、『お前の婚約者が誰なのか忘れたのではないだろうな?』と
迫っているというのに、この元王子は!!
答えなんて、俺の目の前にあるじゃないか。
悩みに悩んで、視線を合わせることもなく、とても小さな声でようやく出た答えは。
「それは・・・・・世界だ。世界の全て。」
「はぁ?!」
意外すぎるぐらい意外な答えに、おもわず気の抜けた声が出た。
「なぜそんな顔をする?」
「だってさ〜・・もっと素直に考えればさ〜・・」
すぐにお前の事だってわかるじゃん?
なのに、なんだ!?世界って。
不服そうに言葉を濁した俺に、ヴォルフは呟く。
「では、ぼくの答えが間違っているというなら、正解は何だ?」
「正解って・・・フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、に決まってるじゃん。」
その答えに何故か表情を強張らせ小さく小さく、ヴォルフラムはこう言った。
「それは・・不正解だ。」
「な〜んで!?これ、俺の出した問題なんだぜ?俺が間違うはず無いじゃん。」
「でも・・お前は、この世界を、命あるもの全てを、愛しているはずだ。」
泣き出しそうなエメラルドの瞳に、困った顔の俺が映ってる。
「目をつぶれ。不正解なんだから・・・。」
ヴォルフラムは、有無を言わさず俺の胸倉を掴み寄せ、
押し付けるように口付ける。
『愛しているのは、世界の全て』
それも正解_______でも。
「でも、やっぱりこっちも正解だよ。俺、ヴォルフのことほんとに愛してるんだぞ?」
泣き出しそうな瞳を覗き込み、囁く。
頬に手を添えて唇の端を指先で撫でる。
「・・・知ってる。」
触れる唇から漏れた小さな声。
「だってぼくはこの世界を、命の全てを愛しているお前を愛しているのだから。」
そう言ってもう一度、俺の唇に口づけた。
唇を離すと、雄弁な瞳にヴォルフの気持ちが揺れている。
『わがままぷー』の異名を持つくらいなんだから、
こんな時もしっかりわがまま言えばいいのにな、なんて思う。
本当は少し淋しくて。
出来たら、誰よりも何よりも、自分を見て欲しいって思ってるって。
そういえばいいのにな。
『わがまま』なんて言いながら、結局一番大事なところでは身を引いてしまう彼を、
両腕の中に抱きとめる。
「ユーリ?」
「さっきの問題は、ジャンピングチャンス付きだったので、ボーナスをあげような〜。」
「じゃんぴ?ぼうなす??」
眉根を僅かに寄せて、異世界語をたどたどしく繰り返す唇をしっかりとふさぐ。
あとは、ゆっくりと。
額に。
瞳に。
耳朶に。
首筋に。
ほんの少し、火照った頬に触れながら、もう一度あの質問を。
「もう一回きくけど。」
「なんだ?」
「渋谷有利の愛している人は、だ〜れだ?」
素直に言わないと、どうなっちゃうか知らないよ〜なんてコッソリ脅してみたりする。
「それは・・・」
耳元で囁かれたそれに、返すのは約束の口付け。
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