安眠
第27代眞魔国魔王陛下ユーリは頭を悩ませていた。
原因は…というと、自室の、自分のベットの、しかも!今!
現在進行系で自分の隣で眠っている、この金糸の塊のこと。
寝顔は天使もびっくりな美しさなのだが、寝相とイビキは悪魔のような
フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、その人。
彼はぐぐぴ…ぐぐぴ…と顔に似合わないイビキを発しながら、
その白い華奢な腕をしっかりとユーリの腰に回して爆睡中だ。
見た目より随分お歳を召しているせいもあり、めっぽう睡魔に弱い。
「お〜いっ、ヴォルフ!」
「う〜…」
「おい、起きろって!ヴォルフラム!!」
「にゃんなんら〜、ユーリ…ぼきゅはねむいんらぞぉ〜…」
煌めく深いエメラルドグリーンの瞳を半分だけ開けて、
ぐらぐらと揺れながらも、ユーリの話はなんとか耳に入っているようだった。
「どーしてお前は俺のベットに入って来るんだよっ!」
「それはぼくとおまえがこんやくしゃだからじゃないかぁ〜…」
まだ眠たそうな声のまま、それでも必死に応戦してくる。
「だ〜か〜ら!俺達は男同士なんだってば!」
「…だからにゃんなんだ…ぼくはねむいんら…用がないならねるっ!」
まったく…なんて我侭なやつ!!とちょっとむかつきながらもまた眠る、そんな毎日が続いていた。
「うふふっ、かわいい寝顔ねぇ〜。へいかも、ヴォルフも!!」
ある朝のこと。
「んぁ!?ツェ、ツェリさま!?」
「おはようございます、ユーリへ・い・か!!」
「お、お、お、お、お、お、おはようございますっ!ツェリさま!!」
目覚めるとそこには、愛の狩人ことセクシークィーン、ツェリさまがいた。
「い、いつ戻ってこられたんですか?」
「ほんの今しがたよ。早起きは得意ではないのだけれど、『早起きは3イソガイの得』とは
よく言ったものよね。貴重な陛下とヴォルフの寝姿が見れたわ。」
『早起きは3イソガイの得』??日本での類義諺なら『早起きは3文の得』といったところだろうか?
「きょ、今日はお早いですね。なにか、御用でも??」
「えぇ、今日は内々の食事会があって・・・そうだ!ヴォルフ!ヴォルフ!!早く起きて!!!」
「ぅ〜う、、、いやだ、三番目覚まし鳥まで〜・・・ん?は、母上っ!?」
「おはよう、ヴォルフ!今日は前からお約束していた食事会の予定でしょう?」
ヴォルフラムは起き抜けの半眼のままでしばらく考えていたが、思い当たる事があったのか、
ゆっくりと起き上がると一言、着替えてきますとだけ言い残し部屋を出て行った。
「くすくすくす・・・か〜わいい!寝起きのヴォルフも可愛らしいわ!」
相変わらず自分にそっくりな三男坊を溺愛していらっしゃる・・・
思わず零れそうになった欠伸を必死でかみ殺していると、
麗しの上王陛下が輝く笑顔で俺を振り向いて質問をする。
「そういえば、陛下・・」
「な、なんでしょう?ツェリさま??」
「ヴォルフったら、いつもあんな感じなの?」
「へ?!なんのこと、でしょうか?」
「いえ、だからね、いつもヴォルフったらいびきなんてかいて寝ているのかしら、とおもって。」
あんなに可愛らしい顔をして、確かにあのいびきは殺人的だ。
「えぇ・・いびきだけでなく、寝相もかなりのものですよ?」
「まぁ!そうなのね!!」
なぜか嬉しそうなツェリ様に思わず怪訝な表情を晒してしまった。
あの顔にあのいびき、あの寝相だぞ?!
むしろ「勿体無い」くらい思うんじゃないのか?
おれの疑問は顔に出ていたらしく、ツェリ様は可愛らしく「あらぁ?」と呟きながら、
楽しげにこう教えてくれた。
「だって、あの子のいびきを聞いたのなんて、本当に久しぶりだったから・・・。」
「久しぶり??いびきって結構常習的にやるもんなんじゃ・・?」
「でも、兵士として部隊に出ておいて、あのいびきではすぐに敵に見つかってしまうでしょ?」
「そりゃ〜、そうですね。」
「だから戦場に出て、いびきが出ないのは、決して、心休まる時がないからだわ。」
「あぁ・・。」
戦争、してたんだなと改めて少し悲しい気分になっていると、
その気持ちを察してか、勤めて明るい声が降ってきた。
「だからわたくしが知っているのは、幼い頃のほんの短い期間だけ・・・そうね・・」
ツェリさまは少し思い出に浸るように遠くを見て、それからにっこり笑ってこう言った。
「コンラートと一緒に寝ていた頃、だけかしら。」
「えぇぇ!?ヴォルフラムとコンラートが??」
昔は仲が良かったのよぉ!なんて可愛らしく叫ぶ上王陛下に、
『違いマス。一緒に寝てたというあたりが問題なんデス。』と心の中で呟く。
あぁ、心が狭いおれ。
でもさ!ちっちゃい頃のヴォルフだぞ?
今よりずっと、天使度が高くて、本当に絵画から飛び出してきたような可愛らしさだったんだぞ?きっと。
そんなヴォルフと一緒になんて・・・コンラート、許すまじ。
・・・・。
って・・・えぇっ!?
何でおれってばなんでコンラートに嫉妬なんてしてんの!?
「えぇ、コンラートと。あの子は本当に信頼していたから。」
「はぁ・・。」
いまだ嫉妬とショックから立ち直れないおれを尻目に上王陛下は加えてこうおっしゃった。
「大体人前でいびきをかくなんて、安心して眠っている証ですものね。」
その言葉に、はっとしてツェリさまを見つめると、彼女は意味ありげに笑っていた。
幼い頃だけだったヴォルフラムのいびき。
それはコンラートと仲違いをしてから、戦火が強まり、
先ごろまで彼に心の休まる時が無かったからだとして、
そうしたら、今、は?
おれと過ごす、日々は?
「安眠、ですか。」
その答えは、がちゃりと音を立てて開いたドアが遮った。
「お待たせいたしました、母上。そろそろ出立を・・・」
「あら、ヴォルフ。準備は出来たみたいね。」
ヴォルフラムはゆっくりと立ち上がるツェリさまの姿と
相変らずパジャマでベットに入っているおれを見比べて、
何かいいたげに眉根を寄せたが、何分母親の目の前だからかそれ以上は何も言わなかった。
「では、陛下。失礼致しますわ。」
「あぁ、いえ。じゃぁ、また。」
「では、ぼくも出かける。」
そしてそのまま連れ立って出て行こうとするよく似た後姿に、思わず声をかけてしまった。
「あぁ・・・。あ!ヴォルフ!」
「??なんだ?」
「あ、いや、何時ごろ、戻るの?」
「・・・今日の夜半には戻れると思うが。何故だ?」
「晩飯、食ってきてもいいけどさ、その・・・」
「だから、何がいいたいんだ!」
「その・・・、ベットは隣空けておくから!ちゃんと帰って来いよ!!」
そんなおれの言葉に本当に困惑の表情のヴォルフを、
ぷっ!と吹き出した上王陛下がドアの外に押し出した。
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